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StarTrek in Another World

 スタートレックには世界中にファンがいます。

 アメリカにはスタートレックがある,日本にはようやくガンダムが現れた,と私はよく言うのですが,先進国の向かう先には,大人も子供も夢中になるSF作品があるんじゃないかと,そんな風に思ったりします。そしてそれぞれに共通するのは,宇宙と未来とメカと,そして分厚い人間ドラマです。

 ガンダムと同じように,スタートレックもいくつものテレビシリーズが作られ,映画も公開されてきました。しかし,いずれも非常にマニアックで,ファン以外お断りが不文律になっているような気さえします。

 1つの大きな世界観があり,そこに緻密な設定が存在,すべての作品において矛盾が許されず,整合性を強く求められるのは,ある意味でガンダムと同じく国民的SFの宿命といえるかも知れませんが,その整合性が完璧であるほど,マニアや歓喜し,一般人は遠のいていくものです。

 さて,そこでシリーズ最新作の「スター・トレック」です。

 アメリカでは大ヒット,日本でもまさかのヒットを記録した今年の夏の映画でした。スタートレックでも,カークやスポックが出てくる作品は,国内では「宇宙大作戦」としてタイトルが付けられるのですが,本作品は「スター・トレック」とそのままです。

 本当なら映画館で見たかった私ですが,結局引き籠もってしまい,見る事が出来ませんでした。Blu-rayで出ることを心待ちにしていたのですが,それがようやく先日発売になり,今頃になって皆さんに追いついたというわけです。

 このお話,時代的にはTOS(The Original Series,要するに最初のスタートレック)の少し前,カークやスポックが若者であった頃を描いています。しかし,これが直接TOSに続くのかというとそういうわけではなく,別次元の物語として描くことでTOSに続く物語という役割から上手に逃れ,小さな矛盾や整合性の取れていない設定に対するマニアからの批判をうまくかわすことに成功しています。

 のみならず,マニアの視線におびえることなく,面白い事を遠慮せずにやっていこうという非常に前向きな力も加わって,自由にのびのびやってるなあという印象さえ感じます。

 スポックが感情をむき出しにカークを殴るシーンもおかしければ,マッコイが離婚して仕事を失ったから艦隊に入るという負け組根性丸出しなのもどうかと思います。チェコフが最初からいる(しかもかなりきもい)のも変だし,あの凄腕のスコットランド人エンジニアのスコッティが辺境に飛ばされているというのもおかしいでしょう。ちょっと仕草とかそっくりなので笑ってしまいますが・・・それに,カークとスポックでウフーラを取り合うのはいかがなものかと。よくあるバンドの解散の理由はバンド内恋愛であることを彼らは知らないのか!(そんなもの知りません)

 一番ひどいのはカークで,謹慎中に無断でエンタープライズに乗り込み,正式な辞令も無しに無茶な行動を起こし,何度も死にそうになりながら,最終的には大成功,表彰されて昇格するなんて,宇宙艦隊には規則はないんですか?

 そんな,バントのサインを無視して手当たり次第にバットを振り回したら,天性の才能に目覚めて外野に痛烈なゴロ,1塁で止まる気などさらさらなく躊躇せずに2塁を蹴り,3塁コーチが止まれというのにこれまた根拠のない直感だけでホームに突っ込み,砂煙が消えたらホームに指先1つで触れていて逆転満塁ランニングホームランにしちゃうような,そんでもってMVPまで持って行っちゃうような,そんな面倒臭いわがままな人がいきなり艦長になるなんて,私がクルーなら即刻船を下ります。命がいくつあっても足りません。

 なんか,傷物を集めてっていうあたり,なんか日本のスポーツマンガの典型のような気がするし,知恵と勇気と団結でどんな困難も乗り越える!みたいな流れになってしまいそうな気がして,ちょっと怖い気がします。かりにも人類の英知を結集した宇宙艦隊の旗艦エンタープライズですからね,愚連隊に任せるわけにはいかんのです。

 でも,いいんです。これは別次元のお話なのです。もはやなんでもありなのです。(だからといって好き放題しないところが,監督の腕の見せ所でもあります)

 そもそも娯楽至上主義のハリウッド映画で,監督自らも「マニアに向けて作ったわけではない」と公言してはばからないくらいですから,うるさいマニアがあきれて口をあんぐり開けている姿を期待しているんでしょうね。その分,何の知識もない人が,実に楽しく見る事の出来る映画になっています。スタートレックが理由も理屈もいらない映画になるなんて,私はちょっと驚いているくらいです。

 この映画の見所は,個人的にはテンポの良さと粋の良さ。はつらつとした若者が怖いモノ知らずで暴れ回る姿は実に爽快です。

 そしてキャストがまた素晴らしいです。カークのような生まれ持った直感の鋭いアウトローを描くと,どうしてもやんちゃなだけで終わってしまうのですが,思慮深さやリーダーシップ,そして時折見せる影の部分を見事に表現しています。

 スポックもそうです。ずばり,このスポックは男前の好青年です。おそらく,この映画でもっとも良い役者だったといえると思います。

 ウフーラもオリジナルをはるかに超越した美人で,もはやこれは反則です。

 カーデシア人の悪役ネロの演技も見事です。カーデシア人はTOSの世界ではTNGやDS9とは違った描き方をされていますが,TOSでの表現に比較的忠実で,実に陰鬱なイメージで描かれています。そもそもカーデシア人は遮蔽装置を持っていたり,小型のブラックホールを手なずけてエネルギー源にしているほどですから,ある意味最強の連中ですが,それがなぜ無鉄砲な地球人のカークに負けるのか,光と影によって表現された雰囲気が,それを説明しているかのようです。いやはや,Blu-ray万歳。

 キャストがみんな,まるで本当のクルーのように,仲良く結束して楽しく映画を作っていて,肩の力の抜け具合もよい塩梅で,スタートレックという大作に気負うことなく,自然に取り組んでいる姿が非常に好印象です。

 これだけヒットすれば,続編が出るのは間違いないんじゃないかと思っていますし,すでに家族や兄弟のような親しさで繋がったキャストの,強い結束感に基づく演技をもう一度みてみたいものだと思います。クルーの強い結束と信頼,これがスタートレック全シリーズに共通する背骨だと私は思うからです。

 外伝といいますか,スピンアウト作品といいますか,アナザーストーリといいますか,そんな雰囲気で,特に熱烈なトレッキーでもない人が,純粋に良質の娯楽を目指して作ったスタートレックは,鑑賞中のマニア的視点の維持も必要なく,作る方も見る方も楽しむ事に集中できる,大変に面白い作品でした。

速さは力

 なにやら,事業仕分けとやらが,毎日盛況のようです。

 ここ最近,毎晩のニュースを見ていても,この話が取り上げられない日はありません。

 確かに,無駄な予算にズブズブだった役人達が,上から目線の仕分け人の前で一刀両断にされる姿がテレビで放送されているのは実にわかりやすく,高圧的な突っ込みにあたふたしてファイルをめくる役人の姿は,政権が変わったことを強く印象づける「演出」としても,強烈な効果があります。

 まるで,大岡裁きとでもいうんでしょうか,いつの時代もお上や役人というのは民衆から遠いところにいて,なにかあるとやり玉にあがるものです。大岡裁きだって,厳格な法の適用という原則に反して弾力的運用を行ったことは,本当はあまりよいことではないはずですが,庶民感覚を重視した彼の判断が,多くの脚色の末,後世に名を残すほど下々の者に強いインパクトを与えたということだけは事実でしょう。

 今回の仕分け作業を非公開で行ったりすると,我々大衆は「やはり政治は密室で」と思う訳で,民主党は半ばあきらめかけていた庶民の政治への参加意識を復活させた点で,確かに素晴らしいものがあると思います。

 ただ,事業仕分けの内容を見ていると,ちょっとどうかなと思うものも散見します

 例えば,次世代スーパーコンピュータの開発予算です。廃止に近い縮減となったことが先日報道されています。どうも私はしっくり来ないのです。

 金額が減ったことが問題なのではありません。金額を減らしたその理由が,あまりに幼稚だと思うからです。

 いわく,

  世界一を目指す理由は何か

  2位ではだめなのか。一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか

  一番だから良いわけではない

  ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う

 ということで,廃止に近いところまできたというのを耳にして,私はまあなんと幼稚な議論であることかと,ちょっと情けなくなりました。

 おそらく,スーパーコンピュータがどういうものか,スーパーコンピュータがなにを計算しているのか,スーパーコンピュータがある場合とない場合の違いがどんな所に出るのか,というあたりが,リアルに見えていないんだろうなあと思います。

 居並ぶ先生方がどの分野のご専門で,どういうバックボーンをお持ちなのか,私にはわかりません。わかりませんから批判は避けたいと思いますが,もしスーパーコンピュータが庶民レベルで「そりゃ絶対必要だ」と言われるような国は,それはそれでかなりやばい国ではないでしょうか。

 スーパーコンピュータは道具に過ぎず,裏方です。しかもお金も人も時間もかかります。結果は一般の人には体験しづらく,あった場合となかった場合の効能の差が,使っている人以外には想像も出来ない分野で使われています。

 繰り返しますが,スーパーコンピュータは道具です。本当に欲しいのは,強力な計算力です。そのためのお金であることを,なぜ分かってもらえないのかなあと思う訳です。

 だから,

  世界一を目指す理由は何か
    -> そんな理由はありません。欲しいのは世界一ではなく,計算力です。

  2位ではだめなのか。一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか
    -> 2位でも3位でも全然構いません。自分達が成し遂げたい
      目的のために必要な計算力があれば順位は無関係です。

  一番だから良いわけではない
    -> その通りです。しかし自分達の欲しい計算力は
      結果として世界最高水準になります。

  ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う
    -> 当たり前です。世界一などどうでもよくて,とにかく
      今後も継続的に世界最高水準の計算力が欲しいのです。
      そのために,この事業を中断してはいけません。

 と,私なら反論するのですが・・・

 例えば,ある動画のエンコードに90分かかるとしましょう。10倍高速なマシンを導入すると,わずか9分で同じ結果が得られます。残りの81分は他の作業にまわせます。これはすごいことです。時間をお金で買う,と言うことそのものです。

 この事実があるからこそ,我々はお金と時間を天秤にかけ,どこまでならお金を出せるか,検討する事が出来るようになります。90分待てる人は安いコンピュータで待てばいいし,短縮した時間で稼いだお金が,かけた費用を超えるなら,それは迷わず10倍高速なコンピュータをすぐに買うべきです。とても単純な話です。

 以前は,いくらお金を用意しても5倍までしか買うことが出来なかったものが,今は10倍のものが買えるようになったとすると,技術的な限界ではなく,お金をいくら出せるかという経済的な限界に支配されるようになりますが,まさにこれが今起きていることだと言えます。

 もし,計算能力の需要がないなら,計算能力の供給に余力があっても(つまり技術的にその計算能力の供給が可能な状態にあったとしても),誰もその計算能力を供給しようとしないでしょう。

 しかし,これだけ頻繁に世界一が入れ替わり,ランキングに登場する顔ぶれも毎度コロコロ変わる状況は,計算能力の需要が旺盛である証拠であり,その需要に応える形で供給側がどんどん計算能力を高めるからです。

 先進国である日本だって例外ではなく,膨大な計算能力が必要とされています。世界一のスーパーコンピュータが必要かどうかを理由にするのではなく,それだけの計算能力がなぜ必要で,どこに使われ,どういう成果が期待できるのかということにこそ,議論を集中させねばならないのではないでしょうか。

 いや,私が知らないだけで,すでにやってるのかも知れません。そういう地味なところはカットして放送しているのかも知れないです。

 でも,そうだとしても,世界一とか,そんな無駄な話をする必要は全くありません。世界一が目的です,なんていうから,「それがどうした」っていわれちゃうのです。

 「ただ高速な計算機が欲しかったから」という理由で,ENIACは作られたでしょうか。弾道計算に使うから,という理由で予算が付いたわけです。

 Cray1はどうでしょうか。クレイ本人の動機は技術者として「世界最高の演算スピードを実現する」でしたが,同時に強力な計算能力が必要な人々に提供され,きちんとビジネスとして成立していました。つまり理由は需要があったから,です。

 で,次世代スーパーコンピュータです。理由は何ですか?で,世界一です,なんて,今時脳みそが筋肉で出来ているやつしか言いませんよ。こういうことに使います,だからこれだけお金がかかっても十分価値があるのです,と言わないと,お金なんて出てくるはずがないじゃないですか。小学生が親から小遣いをせびるときだって,同じでしょう。

 冒頭,「おそらく,スーパーコンピュータがどういうものか,スーパーコンピュータがなにを計算しているのか,スーパーコンピュータがあった場合とない場合の違いがどんな所に出るのか,というあたりが,リアルに見えていないんだろうなあと思います。」と書きましたが,これは仕分け人に対してというより,役人に対して強く言いたいことなのです。

 世界一などどうでもいい,しかし今必要な計算需要は結果として世界最高レベルである,今後継続してこの計算需要を満たすためには継続的な開発が必要で,中断すると海外にその計算能力を求めねばならなくなる,計算能力の低下と海外への依存は国家として大問題だが,その問題意識はあるのか?

 なぜ,こういえないのかなあと,本当に不思議です。

 幸いなことに,現時点でも富士通だけはこのプロジェクトに残ってくれています。しかも富士通は世界最高性能に匹敵するマイクロプロセッサの開発に成功しています。こうした基礎的な技術を持っていることで,荒唐無稽な夢物語に予算を求めることもなく,現実的な数字で予算の獲得が可能だったはずです。

 悪い癖で,神戸に次世代スーパーコンピュータ用の建物の建設が始まっているそうです。またしても役人は箱物から,なんですね。そこが重要なんじゃないでしょう。

 宇宙開発しかり,Spring8しかり,どんなことでもそうです。民主党の言う費用対効果というのは,こういうことでしょう。長い目で見ないといけないとか,短時間の費用対効果を求められても困るとか,そういうのは科学技術の性質を悪用した最悪の言い訳です。科学技術に無知な人ほど,こういう言い訳を考えるものです。元宇宙飛行士やノーベル賞受賞者の落胆が世の中を変えるわけではないのです。

 税金は無駄に使って欲しくありません。それは我々国民から集めたみんなのお金であり,有意義に使われることを望むからです。無駄に使うのではなく,有意義に使ってほしいから,私は科学技術に対する投資をやめて欲しくはありません。次世代スーパーコンピュータの役割をもう一度定義し直し,その計算能力は時間を買うことに繋がるという,投資を国から受ける形で,再検討されるといいなと思います。その結果,やっぱり必要ないな,という事になれば,それはやっぱり無駄だったということになるわけですし。

 まあ,こういう建前ででも,スーパーコンピュータに熱意をもつ若いエンジニアが育つ土壌できれば,いいですね。所詮人間は競争せずにはいられません。コンピュータが時間を買う道具である以上,同じ金額でどれだけの時間を買えるのかが常に競われるもので,それはつまり,あくなき計算能力の向上を意味します。

 計算能力が向上するという事は,同じ計算能力なら安く買えるということを意味しています。コンピュータの計算能力の向上があったから,我々の身の回りにコンピュータがあふれているのです。

 少しでも高速な計算機を・・・クレイが唯一目的にしたこのロマンを,次の世代にも引き継いで欲しいなと思います。NECが90年代に使っていたコピーを引用します。

 「速さは力」

リコーのGXRが作る素晴らしき世界

 リコーから発表になった新しいコンセプトのデジタルカメラ,GXRを取り上げないわけにはいきません。

 名前の由来として,同社のコンパクトデジカメGXシリーズと,かつて同社が発売していた一眼レフ銀塩カメラXRシリーズをあげたあたり,ついついニヤニヤしてしまうオッサンとしては,XRシリーズの面白さってなんだったかなと考えてしまいました。

 XRはKマウントのカメラで,ペンタックスの豊富なKマウントレンズを使う事の出来る,非常にコストパフォーマンスの高いカメラでした。基本性能に特化し,普段余り使わない機能や性能にはお金をかけず,お金のない高校生なんかにユーザーが多かったように記憶していますが,これはこれで重要な価値がありました。

 ボディは基本性能さえしっかりしていれば,そんなに高価なものはいらないというのが私の考えです。高価なボディにはそれなりの理由もあるし,持っていてうれしくなる精神面での寄与が良い写真を生むトリガになるのも事実ですから,高価なものを否定する気はありません。

 しかし,ボディよりも,レンズが支配する割合が大きいのが銀塩写真の世界ですので,あの個性豊かなKマウントのレンズが,あんなに安い値段で使えるなんて,なんてうらやましいカメラだろうとXRシリーズに感じた事は,実は何度かありました。

 これはつまり,GXRシリーズの面白さに繋がるといえるのですが,GXRは撮像素子と光学系を1つのパッケージにし,ボディには画像処理エンジンとストレージ,そしてディスプレイと操作系を担わせたものであるわけで,レンズの交換によるメリットと共に,ボディ側の進化やシリーズ展開が期待できるということです。

 リコーも含め,報道でもこの点はあまり積極的に触れていないように思うのですが,私はこれを強く期待したいです。(そのためには長くこのシステムを継続してもらわねばなりませんし,魅力的なレンズユニットが登場することが必須ですけど,これは大丈夫なような気がします)

 つまり,耐環境性能に優れた完全プロ仕様のボディや,超大容量のストレージを内蔵したモデル,超高速化や超高画質化という流れもあるだろうし,電池寿命が極端に長いモデルもありでしょう。もしかすると2つレンズユニットを取り付けてステレオ撮影が可能なモデルもありかも知れません。

 逆に,液晶画面も小さく,耐久性もやや低い安いボディというのもいいですね。最初にこうした廉価版を買っても,後で高級なボディに買い換えるというステップアップも出来ます。

 製造の難しい光学系を電気信号で分離したことで,もしかすると他社の参入もあり得るかも知れません。こればかりはリコーの考え方によるでしょうが,各社の画像処理エンジンの性能差による画造りの差を楽しめたりするかも知れません。

 コンパクトデジカメを作る力があれば,このレンズユニットを作る事が可能という点で,こちらも様々なメーカーの参入が可能でしょう。光学系の製造は出来ても,画像処理はまだまだ,という海外メーカーは多く,それこそCarlZeissのような高級品から,旧ソ連のレンズのようなマニアックなレンズまで,それこそいろいろな可能性が出てくるように思うのです。

 これはもしかして,M42のレンズ沼になる可能性が・・・いや,それはちょっと気が早すぎるか。他社の参入があった時点で,その夢を膨らませることにしましょう。

 いずれにせよ,システムカメラとして一歩を踏み出す決意が,最初に50mm相当のマクロレンズをAPS-Cサイズの撮像素子で用意したあたりでうかがえるのは,私だけではないと思います。その長く険しい,容易に撤退することを許されない世界に飛び込んだ英断を賞賛したいと思います。

 技術的には,1つのパラダイムシフトといって良いと思います。レンズとボディは,連動無しから機械式連動になり,やがて電気信号を用いるようになりますが,ここまでは光学系と制御系が分離していました。

 しかしGXRではこの光学系についてもレンズで完結し,制御系共々電気信号に統合してボディに伝達するという,1つの到達点に来たように思います。

 このことによって,光学ファインダーを捨てることになってしまいました。逆の言い方をすると,光学ファインダーのせいで,光学系を電気系にまとめることが出来なかった,とも言えるかもしれません。

 電気信号になってしまうと,もうなんでもありです。

 レンズユニットとボディの接続に無線を使ってしまえば,レンズとボディは一体である必要さえなくなります。TCP/IPを実装すればインターネットに繋いで,世界中のレンズユニットと接続出来ます。距離という物理的な壁を越えるのです。

 レンズユニットから無線LANでPCにつなぎ,PCでボディを代替する方法もありですね。PCの巨大な演算能力をもってすれば,もはや何だって出来ちゃいます。

 いやー,夢はドンドン膨らみます。

Haynesが作ったAPOLLO 11のマニュアル

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 Haynesというイギリスの出版社は,昔から自動車やバイクのサービスマニュアルを一般向けに編纂し販売することで知られています。

 日本では馴染みがないかも知れませんが,特にヨーロッパでは自動車は長く乗るのが当たり前で,日々のメンテはもちろん修理も極力自分で行う事が普通に行われているんだそうです。そのためのちょっとした部品や工具は,少し大きなスーパーマーケットなら手に入ったりします。

 ですから,ヨーロッパではサービスマニュアルに需要があり,本屋さんでHaynesのものが買えます。日本では自動車のサービスマニュアルは基本的にメーカーが整備士向けに発行するので,一般のユーザーには手に入りません。外国車の面白いところは,こういったマニュアルや部品が割と楽に手に入り,自分でなんとかしようと考えている人が世界中にいて,実際になんとかなってしまう場合が多かったりする,という点ではないでしょうか。


 日本でも,今ほどたやすく入手できたわけではないのですが,Haynesのマニュアルを手に入れる事は出来ました。私も先日手放したプジョー306(N3)のサービスマニュアルを持っていましたし,父は私が子供の頃に当時乗っていたBMWの320iのサービスマニュアルを持っていました。

 会社の知人で,メルセデスの300TD(W124)に乗っていた人も持っていると言っていましたし,やっぱり知っている人は知っているシリーズなんですね。

 そして,このHaynesの最新刊が,なんとAPOLLO 11です。

 6月頃の話ですが,いつも楽しみにしているWiredVisionのメールマガジンを見ていると,HaynesのマニュアルにAPOLLO 11が登場する,というウソのような話が出ていました。

 日本のamazonでも買うことが出来るという事で,年末発売に向けて予約を受け付けていたのを見て,迷わずポチってしまったわけですが,それが一昨日,私の手元に届いたのです。

 面白い事に,6月後半には日本国内でも洋書の専門店では販売されている一方で,日本のamazonでは現在も予約中,しかも価格は3000円を超える値段になっています。紀伊国屋で頼んでもこのくらいの値段になるようですが,実際に手元に届いた伝票によると,2162円と大幅に安くなっていました。

 USのamazonでも22ドルくらいでしたから,結局円高のおかげで安く買えたというのもあるようですが,いずれにしてもこの本が2000円ちょっとというのは,随分得をさせてもらいました。

 Heynesのサービスマニュアルらしく,青く,硬い表紙に,おなじみの透視イラストが笑えますが,中身は結構真面目な本で,ジョークな本ではありません。

 もちろん,Workshop Manualといいつつ,メンテナンスの方法や分解方法などが書かれた部分はほとんどないので,この点についてはウソなんですが,ではなにがのっているかといえば,アポロ計画という壮大なプロジェクトを,機器や機材という面から見たものであるという感じでしょうか。

 今年はアポロが月に着陸して40年というメモリアルイヤーであり,多くのアポロ関連図書が世界中で出ているのですが,多くはいかにアポロ計画が壮大だったか,という話が中心に据えられます。

 もちろん,一般にそれがもっとも重く,人類の歴史に刻まれることだと思うのですが,しかし材料学,信頼性工学,電子工学,コンピュータ工学,放射線工学など様々な科学技術分野はもちろん,生物学,医学,精神医学といった分野であったり,プロジェクトを率いるリーダーシップのありかた,定量的な評価を行う開発手法など,人間の行動様式について探求された結果など,多岐にわたる成果が幾重にも連なり,あの壮大なアポロ計画が成功,賞賛されるに至っているわけです。

 ただし,それぞれの分野の成果はあまりに専門的すぎ,実際に我々の生活の中に直接間接に組み込まれているものであっても,気付かずに過ごしてしまいます。

 そんな中,Haynesらしいなあと思うのは,アポロ計画を自動車という得意な視点で本にしたことでした。

 Heynesのマニュアルを見たことがある人ならわかると思いますが,最初はその車の大雑把な紹介,それと距離ごとの定期点検,その後各ブロックの分解方法と電気系統の図面が続き,最後に用語解説と索引となります。

 基本的にこれをフォーマットとしているわけですが,いつもと雰囲気が違うのは著者のアポロに対する熱い思いと,開発中の様々な機材の美しい(本当に美しい)写真がふんだんに使われていることでしょうか。

 もっとも,サターンロケットの分解方法や定期点検を書いても仕方がありませんから,一言で言えば「Heynesがアポロ計画のガイドブックを作るとこうなる」という,実に興味深い内容になっています。

 正直なことを言うと,これはイギリス人らしいジョークで,本当にサターンロケットや司令船の組み立て方や修理方法が書かれていると思っていたのですよ。「こんなの知っててどうすんねん」という突っ込みを,くだらないことに全力投球するHeynesに対する賞賛と共に送るつもりだったのですが,それがどうしたことか,大人も子供も読み物として楽しく,写真の美しさにため息をつき,そして散々語り尽くされたアポロ計画について初めて知る情報が満載であることに,驚くことになりました。

 ほら,アポロ計画の関連の本というのは,舞台が宇宙ですから,どうしてもそういう方面の話が中心になるじゃないですか。私はこんな人ですが,宇宙とか天体とか星とか惑星とか相対性理論とかケプラーとかコペルニクスとか,あんまり好きではありません。好きなのはロケット(特にロケットエンジン),宇宙船,コンピュータ,宇宙服,生命維持装置,通信や制御装置といった機材,システムです。それに,人間である以上,スイッチは押したいし,つまみはひねりたいですから,あの強烈なコンソールもちゃんと見たいわけです。

 だけど,そんな本ってなかなかなかったのです。

 この本は,アポロ計画の概要に始まり,ロケット,司令船,着陸船の構造や詳細,開発の経緯などが書かれています。

 例えば,アポロ計画の成果の1つに,集積回路を使った超小型コンピュータの開発成功が挙げられます。私のようなコンピュータ工学に興味のある人間にとって,この成果はとんでもなく大きいものなのですが,私は日本のアポロ計画関連の本で,このApollo Guidance Computer(以下略してAGC)について詳しく触れたものを,見たことがありません。

 しかし,この本は貴重な写真と共に,その開発の経緯や役割が書かれています。もっとも,Haynesのマニュアルですので,アーキテクチャや回路図,プログラムの書き方が書かれているわけではありませんが,コアメモリの製造現場の写真,初期のブレッドボードの巨大なラック,そして自らの背丈ほどに積み上がったテストのプリントアウトに列んでほほえむソフトウェア技術者のMargaret Hamiltonさん(メガネっ娘属性の人にはたまらんものがあるんじゃないですか)と,始めて見る写真にドキドキしました。

 もちろん,司令船のコンソールもちゃんと詳細に書かれています。そしてなんといっても宇宙服です。初期の宇宙服からアポロ計画に使われたものに至る過程がしっかり記述されており,写真がその進化を雄弁に語ります。

 アポロ計画が好きな人にはもちろんですが,私のように少し宇宙開発に距離を感じているような人にとっては,アポロ計画が決して地球外生命体からもたらされたオーバーテクノロジーで一足飛びに作られたものではなく,あるいは一握りの天才が閃きと勢いで作り上げた奇跡ではなく,我々人類が1つ1つ基礎から積み上げて作った成果であったと認識させ,身近なものだと感じさせてくれる,正義のガイドブックであると思います。

 だって思いませんか,そこらへんのアポロ計画の本を見ても,すごかったんだなあ,というくらいの感想しか出てこないでしょう?私のような,月面着陸が生まれる前の話で,物心ついた時にはスペースシャトルが往復していた時代の人間にとって,やっぱりアポロ計画というのは,今ひとつリアリティがない,歴史の上のお話です。

 この本が素晴らしいのは,それが現実であったことを教えてくれることです。

 簡単に手に入るかどうかは分かりませんが,この本は中身を見ずに買っても損はしないと思います。英語?いや,そんなものは大丈夫です。写真を見るだけでも十分楽しいです。宇宙に興味のあるお子さんへのクリスマスプレゼントなんかに,最適ではないでしょうか。

安価な地デジブースターを考えてみる

 PCでテレビを見ることも板に付いてきた今日この頃ですが,多摩川沿いに住む私としては神奈川県の住民にもかかわらず,テレビ神奈川が安定しないという問題点にいまいちすっきりしていません。

 地方UHF局(テレビ放送からVHFが廃止された暁にはこの表現はどうなるのでしょうね)にそんなに躍起になるのもどうかと思うのですが,なにげにテレビ神奈川は面白い番組をやっているので,実は気に入っています。

 例えば「岡崎五郎のクルマでいこう」は全国枠でないのが惜しい良い番組だと思いますし,「天体戦士サンレッド」も楽しみにしています。実家にいた頃はずっと見ていた「探偵ナイトスクープ」もテレビ神奈川で放送されています。

 そんなわけで民放では最も見ているテレビ神奈川ですが,私の環境では少し受信レベルが低く,アンテナブースタなしではドロップがひどくて,満足に見ることが出来ません。

 そこで半信半疑で導入したのが,YAGIのDPW02というアンテナブースタです。ゲインは低く,その代わりノイズも小さいという「もうちょっと足りない」という用途に向けたアンテナブースタだそうですが,私が購入した6月時点のamazonの価格が約4300円とリーズナブルなわりに,私の環境では劇的な改善が見られました。

 ただ,安定受信ギリギリのところのようで,天候が悪いときなど,一瞬ですがドロップが起きているような感じです。別に実害もないのでほっときゃいいんですが,夜も眠れないくらい気になるのはやはり性格の問題でしょうか。

 アンテナブースタにもうちょっとゲインがあったら違うかも,そんな素人的な考えが浮かんで,少しamazonを散策してみました。すると,以前は見つからなかったユニデンのRB30Uというアンテナブースタが,非常に安価に出ているではありませんか。

 約3200円という値段ですが,ゲインは標準で30dB,NFは3.0dB以下というスペックです。ゲインは連続可変出来るようになっているので,安い割には使い道が広そうです。

 一方で私が今使っているDPW02ですが,ゲインは12から15dB,NFは2.0dB以下とローノイズが光るスペックです。価格は当時は4300円ですが,現在は3600円くらいまで値下がりしているようです。うむー。

 ノイズの差というのは実は結構大きいことが後々わかるわけですが,ゲインがこれだけ違ってくると,受信安定性も多少は良くなるんじゃないかと思いました。これも後々誤りであることがはっきりとします。

 そもそも,アンテナブースタというのは,テレビの手前に置いて使うものではなく,アンテナの直下に置いて,ケーブルや分配機による損失をカバーするために入れる一種のバッファと考えるべきものです。弱った電波を増幅する機能は確かにありますが,テレビの受信には電波の強さだけが重要なのではなく,ノイズの少なさ,平たく言うと電波の質こそ重要です。

 私のようなアパートでは,各部屋に分配するロスを補うためすでにブースタが入っているはずで,そこから何十メートルも同軸ケーブルで引き延ばされた後の電波を,室内のブースタで再び増幅したところで,一緒にノイズも増幅することになってしまい,電波そのものは強くなっても電波の質は改善しません。

 このあたり,なかなか直感的にモヤモヤするのですが,自分自身へのまとめとして書いておきます。同じくモヤモヤしている方は,辛抱して読んでスッキリしてください。

 まず,SN比についてです。信号とノイズの比率として馴染みのある数字ですが,通信分野ではSをキャリアの強さとしてCN比,もしくはCSNと書くことも多いようです。

 SN比は電力比で示され,信号レベルをS,ノイズレベルをNとした場合,

SN = 10*log(S/N) (dB)

 となります。ま,これはいいですね。

 次に雑音指数NFです。NFはある系における,入力と出力のSNの比を示します。つまり,その系を通ることで増える(もしくは減る)雑音がどれくらいあるのかを示すわけですね。入力の信号レベルをSin,ノイズレベルをNin,出力の信号レベルをSout,ノイズレベルをNoutとすると,

NF = (Sin/Nin) / (Sout/Nout)
= (Sin*Nout) / (Sout*Nin)

 となります。もちろん,それぞれの入力は電力です。

 もし,ある系が発生させるノイズがゼロだったとすると,ノイズの量は増えも減りもしませんから,入力と出力のSNが変化しない,つまりNF=1(=0dB)となります。

 さて,アンテナブースタ,同軸ケーブルや分配器など,チューナーまでのトータルのNFを考えてみます。なぜなら,結局のところ電波の品質,すなわち受信レベルというのは,系全体のNFが低いほどよいことになるからです。

 今,直列に繋がっている機器のそれぞれのゲインをG1,G2...とし,それぞれのNFをF1,F2...とします。全体のNFをFTとすれば,

FT = F1 + ((F2-1)/G1) + ((F3-1)/(G1*G2)) + ((F4-1)/(G1*G2*G3)) + ...
+ ((Fn-1)/(G1*G2*...G(n-1)))

 となります。(各値はdBではなく真数です)

 これを見て分かるように,NFに対する個々の機器のゲインの影響は後段になるほど小さくなります。また,初段のNFとゲインがもっとも系全体のNFに影響を与えることもわかります。

 ということはですね,同軸ケーブルのようにゲインは1以下,ノイズは増えるという装置を初段に置いてしまうと,後段でいくら高性能なブースタを入れてもほとんど効果がない,ということになるわけです。

 逆に,初段にブースタをいれてしまえば,後段に分配器や同軸ケーブルを入れても,あまり影響を受けなくなります。同軸ケーブルの長さを無視できる,分配する数を気にしなくてよい,というのが,アンテナブースタの本来の役割であることがおわかり頂けるでしょう。

 参考までに,いくつかのデータを紹介しましょう。

 まず,パッシブな機器のゲインとNFに対する考え方ですが,例えば分配器は2分配の場合に,4.0dBほどの損失があります。1つのエネルギーを2つにわけるのですから,損失が3.0dB以下つまり半分以下になることがないのは,ごく当たり前の話ですね。

 それで,この分配器のゲインはというと,-4.0dBとなります。ではNFはどうかというと,これは4.0dBとなります。結構なノイズ源になっていますね。

 同じように同軸ケーブルはどうかというと,BS用の5Cタイプ(直径5mmの太いやつですね)で,10mあたり約2dBの損失があります。安いケーブルは損失が大きく,高いケーブルは損失が小さいので,長く引き延ばすなら高価なケーブルを使わないとダメだとわかります。

 もし20mも伸ばすと,そのゲインは-4.0dBとなり,NFは4.0dBまで悪化します。これはなかなか強烈です。

 チューナーにも損失があります。空から飛んでくる電波のエネルギーを消費して信号を得ているわけですから,これも当たり前の話です。いわゆるゲルマラジオってやつは電池がいらないラジオですが,これは電波のエネルギーだけで音まで鳴らしてしまうゆえ,音も小さく感度も低いわけです。

 そのチューナーですが,損失は通常5.5dBと言われています。

 ここで分かるのですが,各部屋に分配されたその先で,複数のテレビやDVDレコーダを繋いで電波が弱った時に,各部屋でブースタを用いると効果がある場合があります。

 もちろん,チューナーの手前にブースタが入っていてもあまり効果がない,というセオリーが変わるわけではありませんが,それでも複数のチューナーを接続して電波が減衰してしまうような状況だと,室内のブースタでもそれを補う役割くらいは期待できるということです。

 さて,2分配器を入れ,同軸ケーブルを20m伸ばした先にチューナーを1つ繋げたケースで,トータルのNFをこれらの数字を使い,ちょっと計算してみると,さっと21.88となります。13.4dBというところでしょうか。

 ここでゲイン30dB,NFが3.0dBのブースタを用意します。最初にアンテナ直下にブースタをいれて,そこから2分配器と同軸ケーブルを経た場合のNFは,ざっと2.02です。ブースタのNFが3.0dB,つまり約2ですので,2分配しても20m伸ばしても,ほとんど悪化していないことがわかります。これはすごい。

 次に2分配器から20mの同軸ケーブルを経て,チューナーの手前でようやくブースタを入れた場合を計算します。すると12.52となります。ブースタなしより幾分良くなっていますが,やはりアンテナの直下が一番良いというのがよくわかります。

 では,今度はブースタをローゲイン・ローノイズのものに変えてみましょう。ゲインは12dB,NFは1.5dBとします。ゲインは先程のブースタの1000倍に対し,16倍まで低くなっています。これだけ低いとさすがに芳しくない結果が出るかと・・・

 まず,アンテナ直下に入れてみます。先程と同様に計算すると,2.70となります。このブースタのNFは1.5dB,つまり約1.4ですのでゲインが低い分,かなり悪化しているのがわかります。16倍程度のゲインだと,2分配とケーブルの損失を補うのは,けっこう重たい仕事だということになりますね。

 次に,このブースタをチューナーの手前に入れてみます。先程同様計算すると,9.73となります。

 比べてみましょう。

 ブースタの種類 アンテナ直下 チューナー手前
-------------------------------------------------
 ブースタなし    21.88     -
 ハイゲイン     2.02     12.52
 ローゲイン     2.70     9.73

 ハイゲインのブースタの場合,アンテナ直下で効果てきめん,です。ローゲインのブースタではゲインが小さく,後段のロスを補いきれないようです。

 しかしチューナーの手前に入れた場合逆転します。ローゲインはノイズの小ささを武器に,ハイゲインよりもいい値を出してきます。

 つまり,今回のケースでは,アンテナ直下に入れるならゲインが高い方がよく,チューナーの手前にいれるならゲインよりもノイズの小ささが重要だ,と言うことになります。いやー,面白いですね。

 で,この結果ですが,私の実験でも同じような傾向になりました。

 アンテナブースタを,現在使っているローゲイン・ローノイズであるDPW02から,ハイゲインのRB30Uに交換し,受信レベルが最も高くなるようにゲイン調整つまみを調整して比べたところ,若干ですがRB30Uの方が受信レベルが下がりました。ほんのわずかですし,どちらのブースタでもドロップなど発生しなかったのですが,値が揺らぐ際の中心値が少しだけRB30Uの方が低い傾向を示しました。

 またRB30Uのゲインを最大(つまり30dB)にすると受信レベルが低下し,映像が出なくなってしまいました。かといって最小(つまり10dB)にすると,これもまた受信レベルが低下して,映像が出なくなりました。ゲインを最大にした場合の受信レベル低下の原因が,チューナーへの過大入力によるものなのか,それともトータルのNF悪化によるものなのかは,信号レベルの測定を行っていない(測定したいなあ)ので,今回の検討だけではちょっとわかりません。

 受信レベルが最大になる時のゲインについても,実測する手段がなかったのですが,DPW02と同じゲインになっていると仮定した場合,結果として受信レベルがやや低くなったという傾向から考えると,ノイズが多いか少ないかが決め手になっているんじゃないかと推測できます。

 計算した値そのものにあまり自信はありませんが,結果は式の意味自体は反映していると思います。ゲインやNFなどの指標が,アンテナブースタを適材適所に用いるために不可欠な情報であるという事を,今さらながらに知りました。

 しかし,RB30Uが1つあれば,アンテナ直下でもチューナの手前でも,ゲイン調整つまみをうまく使えば,どちらでも実用上問題のない程度に利用出来る,ということもまた事実ですので,今から買うならRB30Uをおすすめしておこうと思います。安いですし。

 さてさて,私の環境ではDPW02の方が僅差で良い結果になったわけですが,そうするとRB30Uが余ってしまいます。これは年末年始に,実家の地デジアンテナ大作戦のために取っておくことにします。

 実家の地デジ化は,難視聴対策による共聴システムが地デジに対応しておらず,対策の予定も未定であるため,室内アンテナによる不安定な状態で暫定的に行ってあります。

 室内アンテナですから,部屋を閉め切ることが多く,雨や雪などで天候が不順になりがちな冬には厳しいと思うのですが,難視聴対策のための共聴システムの地デジ対応は全国的にもようやく問題提起がなされたばかりと,遅れている分野です。

 役所をあてにしていてはせっかくの地デジテレビがもったいない。待っていても結局自前でアンテナを用意しろと言われる可能性もなくはないので,もう自分でやっちゃいます。

 ただ,今の私の鈍くささで実家の屋根の上に登れば,間違いなく命を落とすでしょうから,ベランダ設置タイプのアンテナを利用する予定で,少し前に新発売となったDXアンテナのUAH800を手配しました。

 これは通常の八木アンテナの20素子相当の性能を持つ平面アンテナで,この種のものとしては際立った性能を持っています。もう八木アンテナなどは,価格の安さを除いてはメリットなどないんじゃないかと思うほどです。

 これを2階のベランダに取り付け,恒久対応としようと考えています。

 しかし,従来の共聴システムと入れ替えてしまうと,アナログ放送がみれなくなってしまいますので,これを生かさねばなりません。実家の配線の状態がよく分からないので今は結論を出せませんが,今は取り外して使っていないCSアンテナ用の配線がベランダに残っているはずで,これでとにかく室内まで引っ張り込み,ここにアンテナブースタを入れてから,地デジテレビが設置された部屋まで引っ張ろうと思います。

 しかし,ベランダとは言え,真冬の作業は寒いだろうなあ。風呂場の天井裏にある分配器やブースタに手を出すのも嫌だなあ。

地デジPCその後

 地上デジタルテレビへの移行をPCベースで行ったのが6月ですから,もう4ヶ月ほど経過しています。大容量1TBで無尽蔵に録画可能,ダブルチューナーで裏番組もしっかりサポート,xxxがyyyしてzzzなので@@@という点も素晴らしく,残しておきたい番組はMacのturbo264HDでH.264にして保存しています。

 今のところ番組を取り逃したことは少なく,その点では信頼性も低いわけではありませんが,時に復帰に失敗していることがあり,完全に任せられないなあと言う気分があるのもまた事実です。

 当初復帰の速さと仕組みの簡単さからスタンバイを使っていましたが,これだと1週間に一度くらい復帰に失敗します。考えてみると2GBもDRAMがあるんですから,そのうち1bitくらいころっと化けてもおかしくないわけで,それがスタンバイ前の内部状態と食い違っていたら即暴走です。実に危ういです。

 ということで,サスペンドを使う事にしました。仕組みが複雑ですし,デバイスやドライバがちゃんと対応しないと不安定になりますが,休止前の状況をHDDに残す方法であり,復帰時にはすべてのデバイスが一度リセットされる点でも,信頼性としてはこちらが上のように思います。

 結果,復帰失敗は1ヶ月に一度くらいの割合に減りましたが,それでも起きてしまった事実は消えません。

 そこでさらに,復帰後再起動をかける設定を行いました。復帰はあくまで再起動を行うためのトリガに過ぎず,録画はあくまで再起動後の綺麗な体で行うわけです。

 今のところこの方法で問題は出ていません。

 それでも心配なのは確かです。かといって電源を入れっぱなしにするのは,機器の寿命の問題もあるし,それに停電があったら完全にアウトですので出来ませんしね。

 そう考えると,PCではなく,ちゃんと信頼性のある専用機を買うのが筋なのかも知れません。データの融通性の高さをとるか,信頼性を取るか,難しいところです。

 もう1つ心配なのは,故障や破損です。

 汎用品ばかりですので,壊れたら買い直せばいいだけのことですが,問題はチューナーです。xxxをyyyするのに,特殊なチューナーが必要なわけですが,現在私のつ買っている製品は対策が行われており,xxxをyyy出来なくなっています。

 「けいあん!」でその筋に知られるメーカーの製品が,今やxxxをyyy出来るチューナーになっているのですが,私は一応予備機としてこれを9月に1台だけ購入してあります。xxxをyyy出来る事も確認済みです。

 こうして考えてみると,家電品の値段と今回PCを用意するのにかかったお金とを,単純に金額だけで比較して損得を云々するのは間違っているなあと思ったりします。やっぱ信頼性という点で,専用機にはかないませんね。

どんな本を持っているかを把握する楽しみ

 以前書いたかも知れませんが,MacOSXには,Booksというフリーソフトがあります。名前の通り蔵書管理のソフトです。蔵書管理など面倒なことこの上ないのですが,人間誰でも記憶力は落ちますし,一方で長く生きていれば当然所有物も増えるわけで,両方の限界点から私はこの年齢で蔵書管理の有用性を感じた,ということでしょうか。

 特に私は,実家と自宅に分けてあること,一部はPDFになっていて実体が廃棄済みだったりするので,持っているかどうかではなく,どこにどんな状態であるのか,を覚えておかねばなりませんが,これはなかなか大変なことです。

 BooksはISBNコードをiSightで取り込み,amazonにアクセスして書名や表紙の写真などを引っ張ってきてくれる便利なソフトです。それでもドイツ製ということでちょっと馴染まないUIがあったりして,手放しに満点を上げるソフトとは言えません。

 原則雑誌は登録しない,手に入れたらその日のうちに登録,場所と状態を正確に記録することなどを運用規則として決めてから登録を初めて約7ヶ月,ようやく登録が終わりました。

 全部で1369冊のエントリとなりました。もっと多いかと思いましたが,こんな程度なんですね。もっとも雑誌も入れれば2000冊くらいになりそうです。

 手元にある本は新しい本が中心ですし,冊数も400冊くらいですから比較的簡単に登録が終わったのですが,実家にある本が難航しました。実家に屋根裏にある倉庫に段ボールにいれてある本を1冊1冊取り出し,ISBNコードをデジカメで撮影します。(というのも実家にはまともなMacがないからです)

 ISBNコードがない古い本や,雑誌の別冊などは書名などのデータを記録するため,奥付を撮影します。また,ISBNコードの有無にかかわらず表紙の写真も撮影しておきます。(というのも実家にはスキャナがないからです)

 撮影したISBNコードの画像ファイルを直接Booksに流し込めればいいのですが,どうもそんなことは無理なようで,1つ1つ自分でコードを読み取って,テキストデータにします。このテキストをコピペしてBooksに打ち込み,amazonにアクセスします。

 ところが古い本はamazonにあるはずもなく,結局書名を手で打ち込むことに。さらに表紙写真がありませんから,撮影したデータをPhotoshopに取り込み,ゆがみをとって色を調整してコピペします。

 それでも撮影忘れがあったりするので,次の機会に撮影するようにメモを残し,また実家で撮影してきます。これを何度か繰り返して,ようやく実家のデータも揃えることができました。

 Booksの面白いところは,このデータをWEBに置くことができることです。FLASHを使ったもので,表紙をブラウズしたり,検索を行ったり出来ます。生成されたデータをサーバーに置くだけですので,とても簡単にWEBベースで私の蔵書を公開出来るというわけです。

 他人に自慢するような蔵書ではないので,ここで公開することはしませんが,私自身は例えば会社で「あの本どこにあったかな」という疑問をその場で解決出来ますし,本屋さんでも同じ本を二度買うことを避けられます。

 でも,こんなことをしていたら,持ち物全部をデータベース化しないと気が済まなくなりそうで,なんか病的な自分が嫌になります。そうだ,電子部品の在庫データベースを作るってのはどうかなあ・・・

疑惑のエコナ

 花王という洗剤メーカーが放ったエコナという食用油は,脂肪が付きにくいという触れ込みで市場に投入された,ベストセラーです。特保指定という役所のお墨付きまでついていれば,効能に半信半疑な人であっても,まさか危険な食べ物とは思わないでしょう。

 しかし,数年前,ヨーロッパで報告されたある報告が,エコナを地獄に落としました。

 私は電気屋であって化学屋ではありませんから詳しいことはわかりません。それゆえ無責任な話になるかもしれませんが,私の理解ではこうです。

 エコナを製造する過程で出る生成物の濃度が結構高く,悪いことにこの生成物には発がん性が指摘されている,というお話です。

 まあ,生成物を全部除去していたら純度100%になってしまうわけで,そんな非現実な話もないでしょうから,既知のやばそうな不純物だけ除去して出したら,後日別のやばいやつが見つかった,ってなもんでしょう。

 花王としても,そう易々と危険性を認めるわけにもいかないので,化学屋としての客観性とメーカーとしてのプライドにせめぎ合っている状態ではないかと思います。

 個人的には,安全安全といいつつ,その根拠は「実験方法が国際基準と違うから危険とされるデータは信用できない」といったような,危険というデータの否定が中心であるかのうような印象をもちました。そんなに安全というなら,自分達の客観的なデータで説得すればいいんじゃないかと思います。

 その上,来年2月に当該成分を減らした改良品を出す予定だとか,特保指定を自主的に取り下げたとか,ほんまに安全なんか?と思うような動きを見せています。

 どうも,この改良品を2月に出すというのがひっかかります。私たちの世界でも,密かに改良品を出す事はありますが,それでも改良前の製品が危険だったり欠陥を持っていることはありません。もっというと改良はコストダウンや生産性の向上,耐久性や外観の改良であって,その製品の性能を期待して買って下さった方を裏切るようなことはありません。でもエコナの場合,どうもその辺が不透明な気がしてならないのです。

 消費者はバカではありませんから,こういう話があると敏感に察知するものです。花王は返品に応じるようになりました。最初は電話をした人だけに返送先が伝えられたようですが,最近は電話無しでもホームページにある住所に送れば返品できるようです。

 実は私も,未開封のエコナクッキングオイルを1本持っていました。今使っている1本は自分で買ったもので,もうすぐなくなります。これは使い切るつもりです。

 未開封のものは,母がお歳暮かお中元で頂いたもので,たくさんあっても困るからと分けてもらったものです。

 正直,エコナはおいしい油ではありません。コーン油のような香ばしさとか,紅花油のさっぱり感とか,そういう感覚からは遠い油だと思いますが,そこは健康のためと割り切る現代人が多いという事でしょう。

 危険な可能性があり,メーカーも回収をしている,しかもいずれ改良品が出て特保指定を自ら取り下げるなどという話を聞かされてしまうと,わざわざ新品を開封して食べようという気が起きないのも無理からぬことで,かといって油ですから気軽に捨てる訳にもいきません。

 そこで,申し訳なかったのですが,別の荷物を持ってきてくれたクロネコヤマトのおっちゃんに,エコナを着払いで持っていってもらうことにしました。

 4日ほど経過し,花王から私に宅急便が届いていました。中身は1000円分の商品券です。送料に1000円ですからね,花王も大損害です。大丈夫なんやろか。

 それに,一般消費者もさることながら,OEMや業務用に出荷したエコナの対応も大変なはずで,関係者はもう寝る間もないくらいの状態ではないかと,お察しします。

 さらにびっくりしたのは,印刷された定型文に書き添える形で,手書きの謝罪文がかかれていたことです。安全性云々は別にして,心配をおかけしたという内容なわけですが,私としても心配なので返品したのですから,その誠意は十分に伝わって来ます。手書きの謝罪文というのは,想像以上のものがあります。

 改良品を頑張って出します,とあるので,思わず頑張ってくれと思ったのですが,この1000円分の商品券で改良強化新型エコナを買うことが,この誠意に対する私のお返事になると考えています。
 

カセットコンロの買い換え

 ここ数日でめっきり寒くなって,少し前にはあれほど暑苦しいと思っていた土鍋が恋しい季節になりました。

 私も冬は土鍋を使った料理を自宅で友人と囲むことが多くなるのですが,そうなると欲しいのはカセットコンロです。

 カセットコンロは1980年代に登場し,それまでホースか電線で繋げるしかなかった一口コンロをコードレスにし,取り回しのよさだけではなく,足を引っかけて鍋をひっくり返すという命にかかわる事故を激減させたに違いなく,結果として一家団らんに革命をもたらした大発明だと個人的には賞賛しています。

 実はボンベが1つ100円程度とそこそこ安く,滅多に調理をしない独身者は,立派なコンロを都市ガスで使うよりも,基本料金を考えるとカセットコンロの方がずっとお得になるんじゃないかと思います。

 私も電磁調理器に変えるまで,カセットコンロを常用していた時期があり,なかなか便利に使っていました。ただ,高熱にさらされるため劣化がはげしく,塩分や油分がさらに追い打ちをかけて,3年もすると見るからに「危険」な様相を呈してきます。

 原理が単純なだけに一瞬使えそうと思うのですが,いつしかカセットコンロの下にたまった酸化鉄の粉の山をみると,これがどこから落ちてきたのか考え込んでしまい,火を着けようと伸ばした手を引っ込めてしまいます。

 そもそもガスのような得体の知れない物騒なもの(私が電気屋ではなく化学屋なら逆を言っていたように思いますが)に警戒感を持っていた私は,最後には電磁調理器に切り替え,以来IGBTとコイルが鉄の鍋と一緒に紡ぐ美しいハーモニーに酔いしれ,現代科学の偉大な勝利に祝杯を挙げる日々を送る事になるのですが,今週は寒いので土鍋で鍋焼きうどんにしようという話になりました。

 ところがかつて使っていたカセットコンロを見やると,まるでデロイアの砂漠に朽ちるコンバットアーマーのようです。

  鉄の腕は萎え 鉄の脚は力を失い
  埋もれた砲は二度と火を吹くことはない

  狼も死んだ 獅子も死んだ・・・
  だが砂漠の太陽にさらされながら巨人は確信していた
  若者は今日も生き 若者は今日も走っていると

  巨人は若者の声を聞いた
  吹きわたる砂漠の風の中に 確かに 聞いた


 あれ,前がかすんで見えないや・・・ちょっとダグラム全75話見て来ます・・・

 ・・・

 ・・・戻ってきました。Not even justice,I want to get truth.

 えと,なんだっけな,そうそう,カセットコンロでしたね。

 ということで,次世代制式カセットコンロの導入のため,会社の帰りに大手家電量販店に行ってきました。枯れた商品ですが,今まで数多くの私の期待を裏切り続けたお店のことです。価格が高いだの在庫がないだのと,結局通販で買うことになるような気がしますが,行くだけいってみます。

 面倒臭いので結果だけ書くと,イワタニのCB-CG-8というモデルを,2780円のポイントなしで買いました。ネットでは2980円に10%のポイントって感じですね。てことはネットだと実質2700円ですね。いやー,毎度毎度ふっかけてくるなあ,ここは。

 以前のものより火力が強く,しかもボンベを常時暖めてガス圧が下がらないという,一歩間違うとアフロ確実なギミック搭載で気分もブーストアップな商品ですが,2006年発売ですので事故が起きてリアルアフロになってる人がいたら,すでに話題になっているでしょう。

 早速使ってみますが,全体に剛性が低く,土鍋を置くと重みで歪みが出ます。これでは松任谷正隆さんと田辺憲一さんから厳しい意見が飛び出すことは必至ですが,もしかすると柔よく剛を制す,この歪みがボディ全体をサスペンションにして接地性能や追従性能を高めているのかもしれません。でもそれって初代CR-Xだよなあ・・・故ポール・フレール先生はそんなCR-Xの大ファンだったしなあ。

 中国製に見られるような精度の低さはなく,そこは(表記を信じるならば)さすがに日本製というところでしょうか。テフロンでコーティングされているので吹きこぼれも簡単に掃除ができて,全体的に不満はありません。極めて無難な買い物だったと思います。

 個人的な考えですが,私のように電気に依存する人間でも,やはりエネルギーは分散させた方がよいと思っています。特に液化ガスは熱源としては優秀で,これを少しでも確保しておくと,災害などの時にも役に立つと思います。

 最後に軽くレシピですが,市販の白だしの素を買ってきて,これを1:6で希釈,だしはこれだけでokです。うどんに白菜,鶏のもも肉にかまぼこや椎茸,焼き豆腐やネギなど思いつくままに投入し,一煮立ちしたら頂きます。とてもおいしかったですよ。
 

二子玉のライカ

 すでにプロの道具としてより,お金持ちの道楽となって久しいライカですが,写真を楽しむ人間の間に横たわるライカ原理主義には,確かに抗いがたいものがあります。

 こういうことを言っているのも日本人だけのような気がしなくもありませんが,ライカ自身も自分達の製品のどこが支持されているかをよく分かっているので,そこから外した製品を作ってこないところは,さすがだなと思います。イタリアもドイツもフランスも,それぞれ相容れないほどの個性があるのに,こういうところは共通していますよね。

 私はライカには今ひとつ魅力を感じない人で,つくづくNikonとPENTAXの国に生まれた良かったと胸をなで下ろしているのですが,世界で最初の直営店を銀座にオープンしたというニュースを聞いたときには,ライカもよく分かっているなあと感心したものです。

 さて,続く2号店が出来るというので聞いてみると,なんと二子玉川の高島屋です。

 確かに世界中のブランドが軒を連ねる二子玉の高島屋ですが,だからといってライカの直営店を出してどうすんのかなと,興味というよりに心配になりました。Nikonが御殿場にアウトレットモールを出すのとは訳が違います。

 そのオープンが先週だったので,この土曜日に偵察してきました。

 まず,やや薄暗く照明を落とした上質な内装,ぴしっとした服装の店員が,一見さんを遠ざけています。展示された品物はすべてガラスケースに入っており,手に取ってみることなど全然出来ません。カタログは完備されているようですが,同時に写真集なども用意されており,こういうところをちゃんと押さえているところに好感を持ちました。

 でも,まるで宝石店のような値札と,宝石に匹敵する値段のカメラが鎮座していますが,これじゃますますここでライカを買うのは難しいんじゃないでしょうか。

 扉などもなく,非常にオープンなスペースではありますが,その入りにくさは通りすがりに目で追いかけるのがやっとという雰囲気です。仮に用事があっても,一度足を止めると,また翌日に来る羽目になるでしょう。

 うーん,中学生の時にはじめてエロ本を買った時を思い出しますね。

 しかも,お客さんは誰もいません。

 私は,彼らの放った「貧乏人は来るな」オーラに強い向かい風を感じ,すっかり戦意を喪失しました。まさにATフィールド。この見えない壁を越えた人は,どれだけいるのだろうか・・・そこにあるのは屍です。

 最初から一人で入るのは無理とふんで,友人に一緒に来てもらいましたが,すっかり戦意を喪失した私は友人の方を見て「やっぱ無理だわ,せっかくだけど帰ろうか」と尻尾を巻いて逃げるつもりで横を向くと,いつもの間にやら彼女は私のはるか先を歩いてグングン店に近づいています。

 おいおいおい・・・と手を伸ばした時には,彼女はすでにお店の中にいました。なんと突入成功です。いやはや,カメラマンはファインダー越しなら怖いものがなくなるといいますが・・・

 やむなく私も彼女の後を追いかけて店内に入ります。

 お店には私と彼女の二人だけです。しかし明らかにライカを分かっていない人丸出しで,しかもお金の匂いの一切しない貧乏人であることが見透かされていますから,店員さんも無理に声をかけてこようとはしません。

 私も,カメラとレンズがいくつか展示されている程度だと見るべきものも少なく,店に入ったことを本気で後悔したほどでした。はっきりいって,秋葉原の真空管専門店の方が100万倍楽しいです。

 実は,レンズキャップやボディキャップなどのちょっとした小物が確実に手に入る場所として期待している所もありました。しかし,仕立ての良さそうな高価な革製のカメラケースがいくつかあった以外に,そうしたオプションのたぐいがあるような気配もなく,もしかすると言えば出てくるのかも知れませんが,そもそも尋ねにくい空気が充満しているので,はっきりいって電車で新宿までいった方が楽です。

 私は,はっとしました。

 このアウェイな感覚はなんだ,と。

 これをホームと思える人でないと,ライカを買う資格はないのか。その価値を認めるだけでは全然足りないというのか。

 無邪気に「これなに~」と私に聞く彼女の背中を押し,私は頭の中を真っ白にしながら,そそくさとお店を後にしました。撤退です。

 しかし,一矢報いたと思うのは,私たちが店に入った後,数人続けて店に入ってきたことです。みんな興味はあるんですね。入りたいとも思っているんですね。でも,やっぱり入りにくいのです。誰かがいればそれでも入りやすいんでしょうが,誰もいない所に入り込んでいくのは,二子玉川のような場所だからこそ難しいのです。

 窒息寸前で意識が朦朧としている私は,近くにあるカメラのキタムラに逃げ込み,NikonとPENTAXの中古品に囲まれ,その傷を癒しながら,「ここが私の居場所だ」とつぶやいて,2800円のレンズを買うかどうか迷っていました。幸せを噛みしめていました。

 真面目な話,銀座の直営店が出るとき,売れなくても儲からなくてもいいと言う事でしたから,ライカとライカのカメラを見てもらう機会を作る事,現在の顧客はもちろん将来顧客になりそうな人,あるいは顧客になる条件を備えた人の貴重な意見を吸い上げる場所として機能することが,最重要なのだと思います。

 すでにライカを持っている人,あるいはこれからライカを負う人にとって,サロンのような役割が期待されているのだと思いますが,ヨドバシやビックでカメラ自慢をするじいさんがこういうお店に吸収されてくれると,我々のような買い物客は待たずに買い物できるなと思いました。

 ただ,私のような人でさえ,ライカがとっても格好良く見えました。これは事実です。M8もM9も実にかっこよかったですし,無骨なS2も実物は流麗で,手に取ってみたくなりました。X1も展示がありましたが,写真よりもずっと格好良く,特に上からの眺めが実にいいです。値段によっては買ってもいいかなと思わせる魅力があります。

 レンズも双眼鏡も展示がありましたが,やっぱり高いです。ただ,その重厚さは手に取るまでもなく,見ているだけでも十分に想像が付きます。そして,フードが格好いい。ライカの角形フードはなんであんなに格好いいんでしょうね。

 かつて,ライカのM3は業界を震撼させ,特に「俺たちはライカに迫った」と勘違いをしていた日本のカメラメーカーを,完膚無きまでにたたきのめしました。

 ライカとM3に恐れをなした日本のメーカーは,しょんべんをちびりながら,ライカが手を付けていなかった一眼レフに逃げ込みます。ライカは王者の風格で,敗走する敵を追う事はしませんでした。

 しかし,ここで敵を逃がしたことが仇になり,大量生産技術と電子化技術でカメラを高級品から日用品にした日本のメーカーに,ライカは土俵際まで追い込まれてしまいます。

 ミノルタがライツと技術提携した際に,ミノルタの社長が恩返しのつもり,と言ったことはよく知られたエピソードですが,この時,果たして日本側に奢りはなかったでしょうか。

 自動車メーカーと同じく,資本が入れ替わり立ち替わり,そのオリジナリティを維持するのも苦しかった時代があったと思うのですが,Mシリーズをデジタルカメラのブランドとすることで明確なメッセージを発信した覚悟はすばらしく,今のライカは良いスタンスを保っているなあと感心しています。

 私の場合,一生オーナーになる事はないと思いますが,その輝きを失わず,今いる顧客を大事にして,写真の歴史と文化にこれまでと同じ足跡をきちんと残して欲しいと思います。

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