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イタズラ電話で考えたこと

 昨夜22時半過ぎに突然電話が鳴り,何事かと思って電話に出ました。有り体に言えば,不動産屋のセールスの電話だったわけですが,

  要件はなんだ -> 聞いてくれればわかります
  もう寝るんだが -> 聞いてくれないと寝れませんよ
  私には話を聞く理由がないんだが -> こちらにはあるんです
  なんであなたの事情を考えないといかんのだ -> 電話しているからです

てな,まるでちょっと賢い小学生と話をしてるような,かみ合わない会話でした。
しまいには,相当頭に来ていた私の口調を,おどけてオウム返しするような子供っぽいことを彼はやってましたが,それでも彼はこれまできちんと周りに話を聞いてもらってきたのでしょうから,随分恵まれた境遇だったんだなと,うらやましくなります。

 言葉遣いは非常にきっちりしてたので,さすが不動産屋とは思いましたが,言葉遣いとやってることのギャップがあまりに大きく,正直に言うと何度か思わず笑ってしまいました。

 今考えて見ると,腹が立つと言うより,真面目に応対したことが失敗だったなと。一種のイタズラ電話だったと考えれば,まあ水に流してあげられます。

 終止私を「ご主人は」と名前で呼ばず,どっかの名簿を買ってかけてきたんでしょう。ググってみると,それらしい不動産屋が近隣にありました。要注意ですね。

 不動産業界は今とても大変らしく同情もしますが,こんなことをやっても逆効果ですよ。景気が悪いときこそ効率を追求しないと,私に費やす時間で3人は電話できたでしょう。勧誘の電話は数ですよ数。ダメだと思ったら深い追いしないのがコツです。

 それはそうと,携帯電話のように相手の電話番号をブロックしようと考えたのですが,有線の電話は,相手の電話をブロックするどころか,相手の電話番号さえもわからないシステムになっていることに気が付きました。

 相手の電話番号を知る事は,毎月の追加料金と電話機の買い換えで対応できますし,迷惑電話おことわりサービスなる月々600円のサービスを申し込めば,一応遮断は可能ですが,外側からしたい放題の無防備な状態がデフォルトで,結構な金額の別料金で少しだけまともな状態になる,というのも,携帯電話やPC,ネットの世界に慣れていると,よくもこんな仕組みが成り立っていたもんだと,あきれてしまいます。

 悪いことをする人を占めだし,割に合わないことだと悪いことそのものをなくしていくことで全体を良くするという思想ではなく,悪い目にあった人を単独で保護すればそれでよい,というその場限りの発想も,いささか古い考え方のように思えます。

 つまるところ,有線の電話は,進化が完全に止まっているということです。セキュリティ意識も低いし,顧客を守るという思想も希薄で,ますます有線電話の商品価値は低下していくし,それに気が付かない人が増えることでしょう。

 昨日,私は電話を切った後にもしつこくかけてくる相手に対抗するため,電話線を抜いて寝ることになったのですが,このことで私の電話機はノードから外れてしまいました。

 電話は1台では何の意味もなく,2台以上あって初めて価値が生まれます。電話は台数が増えるほど価値が増大するものですから,私の電話機が外れれば,それだけ価値が低下するということになります。(初期のskypeを思い出して下さい。かけたい相手にskype入れてくれとわざわざお願いした経験はありませんか?)

 わかりやすい話で,私に電話をして勧誘すれば,私が引っかかるようなサービスだってあったかも知れないわけですし。でも,その可能性は電話線を外した瞬間にゼロになりました。

 当のNTTはなにをやっているかと言えば,有線電話の価値を上げるようなことは最近なにもやってません。Dモードも中止になりましたし,逆に携帯電話料金に維持費用の一部を負担してもらっている体たらくです。

 信頼性と確実性の維持をNTTは自慢し,それが売りだといっていますが,いってみればインフラですから当たり前の話で,ずっと以前からそれが売りであったことを考えると,維持されて当然の商品でです。現状の維持だけで先に進もうとしない,進化が止まったというのはこういうことです。

 今すぐにイタズラ電話を遮断する仕組みがない,このことに気が付いた昨夜の私は,改めてイタズラ電話で嫌な思いや怖い思いをしてきた人を気の毒だと思うようになりました。人生何事も経験ですね。

 私が高校生だったときの師は「電話は暴力だ,こちらの都合を考えない」と私に説きましたが,その究極の事態がイタズラ電話なんだなと思った次第です。

22世紀にも持続可能な世界

 先日読んだ,ある技術雑誌に面白いコラムがありましたので,紹介します。

 雑誌は「電源回路設計2009」で,P.77からの「太陽光発電を活かして22世紀を迎えるために」という記事です。著者の松本吉彦さんはずっと昔からトランジスタ技術誌などを舞台に高い専門性と的確な内容で活躍された大ベテランで,私も学生の頃から,この方の記事にお世話になった記憶があります。


 要点をかいつまんでいくと,

・数億年かけてストックされた化石燃料を燃やして成り立つ生活は,使い始めて200年,大量に使い始めて50年という短さの,異常行動である。

・化石燃料は増えない。従って省エネで10%使用量を減らしても,30年の寿命が33年になるだけである。省エネへの努力は間違いではないのか。

・そんなことより,無限のエネルギーである太陽光を利用するべきだ。

・太陽電池は,それを作るのに必要だったエネルギーが,それが寿命を迎えるまでに生み出すエネルギーを上回っていたが,現在,生み出すエネルギーが必要なエネルギーの10倍にまでなっている。

・コストも下がっていて,油田を掘り,原油をくみ上げ精製するコストを下回る可能性が遠からずある。

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 さて,この段階で非常に大事なことがわかります。1つは太陽電池は,すでに投じたエネルギーよりも大きなエネルギーを得られる「打ち出の小槌」になっているということです。これは人類史上初めてのことです。

 もう1つ,それが技術的にも経済的にも現実的であるということです。打ち出の小槌には高速増殖炉も期待されていましたが,太陽電池の根本的な違いは,まさにこの点にあるわけです。

 この数字は私は未検証です。正しいと仮定すると知らぬ間にえらいことが起こっていたのだと驚きます。


 著者は続けます。

・火力発電所など,機械的エネルギーを電気エネルギーに変換する装置を含むシステムは,大きいほど効率がよい。従ってエネルギーの発生箇所には局所性がある。

・局所性のあるエネルギーを消費地に回すには,電力の場合送電が必要で,「グリッド」と呼ばれるこの技術によって,現在のエネルギー供給は成り立っている。

・しかし太陽電池による発電は,規模と効率は無関係であり,太陽の光さえあればどこでも同じように発電が可能。よってエネルギーの局所性はない。

・もし現在の送電システムに,局所性のない太陽電池による発電を組み込もうとすると,非効率的,高コストで,合理的ではない。

・そこで,これに変わる新システムを構築する必要がある。その柱は太陽電池,電力貯蔵,そして電力制御を行うパワーエレクトロニクスである。

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 なるほどなるほど,なぜ発電所はあんなに大きいのか,なぜわざわざ遠方から高圧で送電しなくてはならないのか,太陽電池となにが根本的に違うのか,が明らかにされました。


 そして,

・技術の革新は,その時々の当事者以外から行われることが多い。トランジスタの発明は真空管屋ではなく,コンピュータは電子屋ではなく,マイクロプロセッサはコンピュータ屋ではなく,インターネットは通信屋ではなかった。

・電力についても,電力屋以外から革新される時代が来た。電子屋,IT屋は,電力分野に進出してでっかい仕事をぜひやろう!

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 と結びます。


 電子工学や情報工学のエンジニアに,電力やエネルギーの仕事をやろうと呼びかけていますが,もう1つ裏側に主張があるように思います。

 それは,エネルギーとか電力とか,そういうインフラを抱き込む巨大な産業には,どうしても既得権があって,自らが今やっているビジネスを根底から変えるような変革を,最終的にするはずがないということでしょう。

 昨日だったか,太陽光発電の割合を国の目標レベルに引き上げると,天候によって総発電量が大きく変動して停電するんじゃないか,という意見に対し,国が実証実験を行うことにしたというニュースが出ていました。

 こういう懸念はもっともでしょうが,先のコラムを読んだ我々は,すでにこの懸念の根源が,エネルギーの局所性と19世紀の偉大な発明「グリッド」を引きずった故に出てきたものであることに気が付きます。

 そこで,これら前提の否定から入ろう,それには彼らのようなしがらみのない,電子分野,情報分野のエンジニアが挑戦しないといけない,と鼓舞しているわけです。

 こういう,指数関数的に拡大する理論というのは,胸のすくよな爽快感がありますね。先日もシェルが「これはペイ出来ない」と風力発電への投資を中止しましたが,これなどもやはり既得権を持つ者の性でしょう。

 しかして,電子屋,IT屋がこれらに進出するのは時間の問題だと思われます。すでにこれらの技術者は,電気自動車の分野に進出し,パワーエレクトロニクスを自分の庭として認識し,その世界観を共有しつつあります。

 技術に永遠はなく,常にスクラップ&ビルドです。19世紀の送電システムは偉大な発明でしたが,これとて同じです。永遠はありません。

 ただし,このコラムには1つ視点が欠けています。太陽光発電は,太陽電池以外の方法や太陽電池の黎明期にかかった膨大なコストによって現在があります。

 化石エネルギーは,初期の開発投資がそれほど大きくなかったと想像できるわけですから,そもそもそこが前提として違います。太陽光発電が地球と人類の負担にならないといえるのは,それら初期のコストをきちんと精算してからになるでしょう。しかし,私はその精算は,どんなに頑張っても当分終わりそうにないと思います。

 つまり,人類は,やはり「打ち出の小槌」を手に出来なかった,ということです。

 もっとも,このまま化石燃料に頼ることは不可能です。生き残るために現時点の収支を見て,何に投資するのが得策かを考えねばなりません。

 化石燃料は,燃やしてエネルギーにする以外に,プラスチックや化学薬品の原料にもなります。こうした「化石燃料でしかできないこと」のために大事に使うのが本来の姿であり,考えて見るとこれをただ単に燃やして使うなどと言うのは,100年後200年後の子孫たちにとって,卒倒するようなことではないでしょうか。

G-SHOESのさっと一品(魚料理)

 お気に入りの圧力鍋が新しいうちは,ちょっと抵抗があって出来なかった料理が「サバの味噌煮」です。

 しかし,購入から4ヶ月近くになり,鍋も傷がいっぱい付きましたし,恐ろしいことに取っ手の部分を落下させて壊してしまい,それをばらして組み立てて修理して使うようになって,そろそろやってみるか,と思い立ちました。


・サバの味噌煮(二人分)

[用意するもの]
 サバ・・・小4切
 味噌・・・大さじ2
 ショウガ・・・1かけ
 酒・・・大さじ4
 みりん・・・大さじ3
 砂糖・・・大さじ4
 水・・・180cc
 仕上げに味噌大さじ1,醤油小さじ1

[作り方]
 1.サバの皮の上から熱湯をさっとかけて臭みを取る
 2.サバの表面に十字の切れ目を入れておく。
 3.ショウガはをスライスする。
 4.圧力鍋に材料を全部投入。フタをして強火で圧が上がるまで待つ。
 5.圧力が「強」になったら弱火にして圧力を維持,35分煮込む。
 6.35分経ったら火を止めて自然冷却。
 7.圧が下がったらフタを開け,仕上げの味噌と醤油を投入。
 8.弱火で煮詰める。

[注意]
 味噌の種類によっては塩分が強かったり弱かったりするので味噌の量には注意。

アナログの大家に愚問

 アメリカの半導体会社にNationalSemiconductorという会社があります。

 日本ではナショセミと略す人も多かったのですが,日本では「ナショナル」は松下電器(現在のパナソニック)を指すことが普通であったというのが理由のようです。ですから最近はナショナル,と言う人も増えてきたように思います。

 このNationalSemiconductorに,この業界で知らない人はいないと思われるほど著名なエンジニア,Bob Pease氏がいます。

 NationalSemiconductorは,80年代には様々な半導体を手がけていた総合メーカーでしたが,90年代にアナログICに特化する戦略をかかげ,それでも個性的だったCPUやデジタル系のICから撤退しました。

 昔からアナログの名門だったNationalSemiconductorは,名実共にアナログICの専門メーカーになったわけです。

 NationalSemiconductorが名門たるゆえんは,かのBob Widlerが在籍し,ここでLM101などのアナログICを産み出し,その後も続々と優れた製品をリリース,多数のデファクトになった品種を擁することにあります。

 WidlerはFairchildで世界初のモノリシックOP-AMPを開発し,その後NationalSemiconductorに移籍します。ここでも彼は多くの製品を手がけることになります。

 今のOP-AMP,もっというとアナログICは,このWidlerによって設計されたものがベースになっています。つまり,WidlerはアナログICのお父さんですが,Bob PeaseはNationlalSemiconductor時代のWidlerをとてもよく知るかつての同僚で,自らも傑出したエンジニアです。

 残念ながらWidlerはジョギング中の心臓発作で若くしてなくなりますが,NationalSemiconductorのWebサイトにBob Peaseが持つページでは,彼の写真が掲載されています。

 Bob Peaseは中世の魔法使いといった風貌で,長い髪,伸びたヒゲのおじいさんです。そして非常にユーモアにあふれ,NationalSemiconductorがユーザーサポートの一環で放送していたアナログ回路講座のストリーミング放送では講師を務め,目の前でホワイトボードを仲間と共に真っ黒にしながら,難解な話を笑いながら説明して私などはすっかり煙に巻かれてしまいました。

 このBob Peaseが,とある日本の雑誌のインタビューで,ちょっと面白いことをいっているので,紹介します。

 アナログは人気がない,どうすればいいのか,という問いに対し,

  確かに人気がない。
  だけどそれがどうした。
  だからこそ価値があるんじゃないか。

 いやー,ほんとにまいりました。

グレイトな日本

 新宿のサービスセンターに行ったときの話ですが,ちょうどお昼時だったので食事でもするかと新宿西口をウロウロしていました。

 さすがに食べるところには困らないですね。ゆっくり食べられそうなところは少ないですが,その点を覗けば世界中の料理が食べられそうなところです。

 13時過ぎだったのでもうピークは済んだだろうと思っていたのが甘く,マクドナルドでさえも長蛇の列です。ハンバーガーなぞ列んで食べるようなものではありません。ファストフードなんですからね。

 で,ちょっと様子を見ていたら,どこも結構混雑しています。そんな中,比較的空いているうどん屋さんがありました。食券を先に買う立ち食いうどん屋スタイルですが,最近は立って食べないところが多くなっていますよね。ここも狭いながらも席があります。

 この店も,10分ほど前に通ったときには満席でしたから,ぱっと空いたのでしょう。さすがうどんは日本のファストフードです。

 なんとなくうどんを食べたいと思った私は,ふらふらとメニューを眺め,カツ丼セットを選んで店内に入りました。

 食券を買ってうどんを指定し,座席を確保して待つこと数分。お,なかなかおいしそうなうどんです。

 食べてみて,「あぁおいしい」と,思いました。

 ここのお店はうどんもどんぶりも関西風でした。だしの良い香りがしますし,少々歩き疲れた体には,強めの塩味がおいしいものです。

 ささっと食べて店を出ましたが,期待以上の満足度でした。

 食事をしながらつくづく思ったのは,日本という国はグレイトだな,です。

 食事を目当てにせずウロウロしていて,おなかが空きちょっと立ち寄ったうどん屋がおいしい,こんな話が当たり前に存在するというのは,やっぱ日本はすごい国です。

 確かに安価な食事を探すのは難しいかも知れません。しかし,世界中で共通化しているハンバーガーだって,ちょっと食べれば600円とか700円になるものです。手頃な値段でおいしい食事がさっと出てくるということは,超高級な料理と同じくらい価値あることだと思います。

 もし,私がミシュランの覆面調査員なら,日本版にだけ特別なページを設けて,こうした庶民的なお店にもハズレが少ないことを書き添えたことだろうと思います。

 なにかと日本に魅力がないと言われる昨今,日本を見直したお昼時でした。

痩せたトラ技

 先日,ふとしたことから20年以上前の「トランジスタ技術」を何冊か古本で購入しました。切り抜きもなく,多くの人が収納のために捨ててしまう「広告」も完璧に温存されている,今時珍しいものです。

 「トランジスタ技術」は1964年10月の創刊です。まだまだ真空管が全盛の時代で,電子回路もまだまだこれから新しい回路やデバイスが登場するという,とても面白い時代だったのではないかと思います。

 私は生まれていないので伝聞に過ぎませんが,当時の電子回路技術者は,原理も使い方も全然違い,不安定で壊れやすい固体素子「トランジスタ」に対して,相当の焦りがあったそうです。

 真空管ならお手の物だったベテランほど,トランジスタには手こずったと聞きますし,口の悪い人の中には,まだまだこれからというトランジスタにあった,あまたの欠点をあげつらい,「だからトランジスタはダメ」と結論したりしたそうです。

 デバイスを作る方もしかりで,当時の精鋭が終結した真空管の設計や製造部門が,半導体の部隊を非常に低く見ていたことはよく知られた話です。

 ただ,そういう逆風が殊更強かったのも,一方でトランジスタの可能性を認めざるを得なかったからだったのでしょう。ベテランほど危機感が強く,そんな人ほどトランジスタが使いこなせず,この時に一斉にエンジニアの世代が入れ替わったと聞きます。

 新しい時代のデバイスの使いこなしでふるいにかけられたエンジニアが,今の我々の大先輩に当たるわけですね。

 閑話休題。

 「トランジスタ技術」といえば,あの分厚い広告で知っている方も多いでしょう。当時広告が多いことで知られた「マイコン」や「I/O」をも寄せ付けない分厚さで,他を圧倒していました。

 それほど広告が効果的だったのでしょうし,また「トランジスタ技術」がプロのエンジニアが読む雑誌だったということでしょう。子供だった私も,トラ技の広告を眺めていると,なにか背伸びをしたような気分になったものです。

 正確に調査をしたわけではありませんが,1970年代のトラ技は15mm程度,これが20mmを越えるのは1980年代に入ってからで,最も分厚かったのはおそらく1985年くらいではないでしょうか。

 手元にある1987年12月号の厚さを測ってみると,なんと26mm。

 ちなみに今月のトラ技(2009年1月号)は,13mm。実に半分になりました。

 1980年代中頃,日本の半導体産業は売り上げで世界の頂点に立ち,日本の電子工業界はまさに肩で風を切っていました。Japan as No.1などと言われ,自動車を含むあらゆる分野で日本の存在感が増した,そんな時代でした。

 LSIの集積度はどんどん上がり,新しいことがどんどん出来るようになりました。コンピュータがワンチップに収まり,後にマイコンブームと呼ばれる時代がやってきました。

 今回購入した1984年から1987年までの7冊のトラ技の広告を見ていると,そんな当時の空気を感じることが出来ます。

 300MHzを越える帯域とリードアウトカーソル付きのアナログオシロスコープは計測器メーカーなら登らねばならない山であり,菊水,リーダー,松下通工,日立,ケンウッド,岩通,YEWと,国産の計測器メーカーが果敢に挑戦していました。そのほとんどがオシロスコープから撤退した現在を,誰が想像できたでしょうか。

 LSIメーカーも,マイコンや周辺のチップで攻勢をかけていて,32bitのCPU,256MbitのDRAM,ISDNコントローラやLCDコントローラなどを積極的に展開,冷蔵庫くらいの大きさのコンピュータがいよいよデスクサイドにおけるくらいになる現実に,明るい未来を見ていました。

 今や押しも押されぬOrCADも,当時はまだまだキワモノソフトの時代です。パソコンでCAD?値段が168000円?そんなCADつかえるかよ,と当時の人はみんな思ったでしょう。

 やたら目に付くのはフロッピーディスクドライブです。秋葉原の部品屋さんの広告は例外なく自作マイコンの部品供給源となっていて,そこには必ずといっていいほどフロッピーディスクドライブが出ています。ほとんどが5inchですが,YD-274なんていうフルハイト(今で言う5インチベイ2つ分の高さです)の2Dドライブが84000円に斜線となっています。ううう。

 ヒューレットパッカードの広告も目立ちますね。電卓のHP-16Cの広告なんか初めてみました。それにミニコンの広告も出ています。HPPAですか・・・これはもしかすると,後にPA-RISCと呼ばれるものの源流,ですかね。でも冷蔵庫並みにでかいですよ。

 ラジオ会館の広告では,店主の似顔絵が描いてあります。なるほど,これが,あんな風になるというわけですね・・・でも,なくなった店もあるので,とても寂しいです。

 こういう雑誌ですから非常に少ないのですが,時におねいさんが出てくる事もあります。いやー,80年代ですねえ。逆にいいですね,ここまでくると。

 今はつぶれた会社,お店もたくさんありますね。藤商電子,Otec,コムスポット寝屋川,ニノミヤ,亜土電子,SNKなんかは求人広告が出てますね。日本テクサですか・・・そうですか,200人近い社員がいたんですね。あ,キーエンスが大証二部に上場したと広告が出ていますよ。

 秋月の広告は別格ですね,当時も。今も昔もぎっしり細かい文字で書いてあったように思うのですが,昔の方がはるかにスカスカです。しかし昔の方がはるかにマニアックで,今読んでいてもワクワクするのはなぜでしょうか。

 80年代に30mm近い分厚さを誇ったトランジスタ技術ですが,その後のバブルの崩壊と「失われた10年」と呼ばれた不況の中,広告はどんどん減って,トラ技は薄くなっていきました。

 トラ技は景気の変動をその分厚さに反映することが多く,薄くなってもまたしばらくすると分厚くなるものでした。分厚くなると「もうかってまんな」という気分になったものです。しかし,今回は違っていました。

 景気の低迷と海外半導体メーカーの台頭により,トラ技の広告が減っていく中,インターネットの普及という大きな流れが押し寄せます。広告媒体の変化,雑誌の売り上げの低迷という雑誌一般に見られる影響を受け,前半のメーカーによる広告に加え,後半の部品屋さんなど小売りの広告も軒並み削減。

 そして,景気の回復した(といわれている)ここ数年も厚さは回復せず,現在も薄くなり続けているようです。おそらく,ですが,30年前の水準になっているのではないかと思います。

 どおりで,2009年1月号の広告を読むのは簡単だったのに,1987年12月号の広告は,たっぷり1時間以上もかかってしまいました。面白かったからいいのですが,この読み応えは確かに往年の「トラ技」です。

 以前は一度目を通した広告はゴミとして処分していましたが,今にして思えば本文と同じくらい面白いだけに,もったいないことをしたと思います。前述の通り,トラ技は買ってすぐに「三枚に下ろす」のが流儀なので,広告の生存率も低いでしょうから,せめて今回の広告だけは,スキャンして残しておこうと思います。

1950年代から60年代の902回路を味わう

 6月と7月と続けて,誠文堂新光社から復刻になった「無線と實驗401回路集」と「無線と實驗501回路集」,私はオリジナルはみたことがなく,復刻を渇望していたわけでもないのですが,復刻されるにはそれ相応のニーズがあったということでしょうし,なにより熱い時代だった1950年代から60年代にかけての電子回路技術に触れる絶好の機会と,両方とも買いました。


・無線と實驗401回路集 復刻版

 まだ「無線と實驗」よ呼ばれていた頃に別冊として出ていた回路図集です。1950年代ということですので,デバイスなら真空管の回路が全盛,製品としてはテレビ(もちろん白黒)のキットが出始めたころではないかと思います。

 誠文堂新光社は,割とこの手の回路集をちょくちょく出していたようで,私も電子展望別冊の301回路集と333回路集は見たことがあります。

 私は,回路図を見るのが大好きなのですが,こうした古い回路図をまとめて見る機会が得られたことは非常に楽しくありがたいことですし,また当時は便利な実用書として誕生したはずのこの本が,復刊の段階でアーカイブとしての機能も期待されている事実が,非常に興味深いです。

 実際に登場する回路が今使えるのかと問われれば,ほとんどだめでしょう。そんな中で,ラジオ受信機の発展の歴史を回路図で追いかけるというページがあり,これは今も立派に通用すると思いました。

 ということで,この本を買ってなにか作ろうと思っても,何の役にも立たないでしょう。バーボン片手に楽しむのがおすすめです。


・無線と實驗501回路集 復刻版

 先の401回路集に遅れると約1ヶ月で復刻されたこの本は,401回路集に100回路追加したものではなく,全く新しい501回路を集めたものです。1960年代を中心とした回路が集められていますが,この本は実は1970年代初頭まで版を重ねて売られていました。ロングセラーには訳があり,これもやはりプロ向けの実用書だったということでしょう。

 401回路集とは違い,501回路集は1960年代ですから,真空管回路はもはや完成の域に達しており,半導体による回路が時代の先端を走り始めます。そして今でも時々目にするような回路に出くわすこともしばしばです。

 401回路集は娯楽であるのに,501回路は勉強になります。アナログ回路がある意味で頂点に達したと言える時代でもあるわけですから,ここから得られるヒントも多く,なるほど30年ほど前まで売られていたというのも分かる気がします。

 後半に出てくるテレビの回路図は,401回路集とは比べものにならないほど高度化し,いかにテレビが当時の先端産業であったのかを感じます。また,巻末にはRCAのカラーテレビの回路図が出ています。モノクロテレビとは比べものにならない複雑さ,巧みに組み合わされたアナログ回路の妙技を見ていると,これが当時のアメリカの実力だということと,当時の日本はこれをモノマネしていただけなのだ,ということを思い知ります。やがて日本に追い詰められたアメリカはテレビの製造から撤退しますが,その生まれはアメリカにあることを,我々は時々思い出す必要があると思います。

 こちらも,この本で何かを作るのは難しいでしょう。作り方を具体的に書いていないこともあるし,実はミスも結構あります。この本くらいになると酔っぱらって読むのは難しいので,寝る前にちょっとずつ読み進めるというのが,おすすめです。


 とまあ,こんな感じで,とても楽しく見せてもらいました。実用的に使えるかといえばどちらもNoでしょうし,資料的価値があるかと言われても,それほど大げさでもないように思います。

 ですが,誠文堂新光社はこの時代,電気電子関係の書籍を多く出しており,当時を知らない私も「おもしろい」と思える本があります。図書館などでたまに目にするとワクワクするのですが,そうした本が当時を知る人たちの懐古主義を直接のきっかけとして,もう一度世に出ることは,それらを初めて目にする私のような人たちにも新しい勉強のきっかけを与えるものかも知れず,歓迎されるべき事だと感じます。

エンジニアのみなさん,心の準備は出来てますか

 一応プロの設計者として,こんなことを書くのは恥をさらすようで迷いましたが,要するに私の不勉強なだけのお話なので,ネタを投下します。私と同じようなオッサンどもは認識の甘さに絶望して涙せよ。

 さてさて,それなりに知られた回路図の回路記号,最近ちょっと様子が変わったことにお気づきでしたか?

 私の場合,そもそもの始まりは先日の「電子工作マガジン」でした。回路記号が一部変わっているという記事が出ていたのですが,なるほど他の記事中の回路記号もよく見ると随分変わっています。

 例えばある技術系の出版社なんかでは,JISの規定には正確には従っていないものを慣例として使い続けていたりするそうですが,これはわかりやすさを優先した結果とのことです。少ない例ですが,設計の現場でも会社によって,同じ部品が微妙に違う記号になることもあり,そのへんは割に緩やかなものなのかも知れないと思っていました。(JISに従わないことはやっぱりダメなんですよ,基本的には。)

 それでも,電気回路が生まれると同時に回路記号が誕生したと考えると,もう100年近い歴史があるわけで,その間電気回路に関わる人間の共通言語として,それほど大きな変化もなく今日まで受け継がれているわけです。

 こういうことを実感するのは,戦前の技術関係の書籍を見たときですが,70年前の旧字体の本文を読むのには苦労しても,回路図は私でもさっと理解できます。楽譜にせよ,回路図にせよ,記録はただ残っているだけでは意味はなく,相手に読まれねばならないわけですから,変わらないことも大事なことです。

 なのに,まさか抵抗の記号が変わるとは・・・まずは下を見て下さい。

ファイル 211-1.jpg

 随分と変わっていますね。一番の衝撃は抵抗の記号でしょう。安くて地味な部品で影が薄く,その記号のインパクトで少年の記憶に残る抵抗が,あるいはベテランにとってはトランジスタよりもICよりも重要な意味を持つ抵抗が,とうとう四角い箱にまで貶められています。そりゃーないぜ。

 LEDの記号も微妙に変わってます。特に矢印の向きがミソなのですが,これは「非電離電磁放射を表す2本の矢印の図記号は,特定の照射体が示されないときは,矢先を右上へ向けること」なる決まりがあるそうなので,図記号の上下が反転しても,常に矢印だけは右上を指し示さねばなりません。

 ただし,JIS Z 8222-1の回転の例では,矢印も一緒に回っているので,右上を指し示していなくても間違いとはいえないみたいです。JISのうっかりミスだとは思いますが・・・電子工作マガジンを見てますと,ちゃんと右上を向いています。旧JISの記号では矢印が下に向くようわざわざ全体を回転させてあるので,これはちゃんとこの件を意識しているものと思われます。お見それしました。

 スイッチの記号もかわってますね。ここにはありませんがトランジスタの記号も少し変わっています。ここにはトランスを例として挙げましたが,コイルなどの巻物は,記号では巻いていません。これであの導線をグルグル巻いたコイルをイメージしろというのでしょうか。電子ブロックの説明書にあった,回路記号を擬人化したかわいいイラストもこんな無味乾燥な記号をベースにしないといけないというのでしょうか。

 
 ここまで変わってしまうと,もう少し経緯を調べたくなります。

 これらの新しい記号は,1999年にJIS C 0617シリーズとして制定されました。旧JIS(JIS C 0301-1990)については廃止されているので,原則的に併用は出来ないことになっていると考えるべきでしょう。

 変わった理由ですが,IECという国際規格にあわせた,というのが一番わかりやすい理由でしょう。なんでIECにあわせるの,と聞かれれば,それがルールだからです。

 GATT(関税と貿易に関する一般協定)には,工業分野における理不尽な参入障壁を除外する目的も含まれていて,工業規格とこれに基づく評価手続きについて1979年に合意されたものが1994年5月にTBT協定として改訂,合意されました。

 TBTとは貿易の技術的障害(Technical Barriers to Trade)という意味で,後の1995年1月にはWTO協定に包含されることになり,ここにTBT協定はWTO一括協定として加盟国すべてに適用することが決まったのでした。日本も言うまでもなく,WTO加盟国です。

 よって,新しく制定されるJISについては国際規格であるISOやIECに対し,内容や様式などに矛盾がないように作られます。また,制定済みのJISについても,順次改訂作業が行われています。どうですか,たかが抵抗の書き方1つで,WTOにまで話がいってしまいましたよ。

 今回の回路記号についても,IECによって決められた記号が存在し,以前よりJISとの乖離が何かと問題になっていました。旧JISであるJIS C 0301はどちらかというとJISとIECの両方の顔を立てるような思想があったそうですが,新JISであるJIS C 0617はIECそのまんま,ということのようです。

 旧JIS時代にもよく言われたのがゲートICの記号です。我々が見慣れているANDゲートやORゲートの記号はMIL記号といわれ,元はアメリカの軍用規格でした。

 実際,ANDゲートはICで供給されるわけですが,IECはこの点を合理的に考えて,四角い箱に入力と出力を設け,箱の内側にその機能を記述することが基本になっています。だから,IECの決まりに従うと,四角い箱の左に入力,右に出力を出し,内側に「&」と書くのです。

ファイル 211-3.gif

 そんな・・・まるでキン肉マンやないか・・・

 IECに準拠した回路図やICの仕様書は度々目にしていましたから,私も戸惑った記憶があります。MIL記号は日本ではJIS X0122として規格化されていましたが,こうした論理回路の図記号もすべてIECに倣うことになって,新JISであるJIS C0617に統合された際に廃止されてしまいました。もしかすると若い人たちは,80年代のパソコンの回路図を肴にちびちびやる楽しみを持てなくなるかも知れません。

 いやはや,海外製の設計ツールなどを使っている人の中にはすでに見慣れた人もいるかもしれませんが,それでも長年親しんできた回路記号を手放すのは抵抗があるものです。なかには意地になって使い続ける職人堅気な人もいたりするでしょう。

 しかし,そんな旧世代なオッサンを屈服させる仕組みを,お上はきちんと仕込んでいました。学生への洗脳です。

 実は,2004年以降の高校の教科書は,新JISに従った記述がなされています。ということは,抵抗はギザギザではなく四角い無愛想な記号に,ANDゲートは額に&マークに,すでになっているのです。

 てことはですね,もう2年ほどすると,ギザギザの抵抗を見たことがない学生が社会に出てくることになるのです。すでに大学の授業では,先生が黒板に書いた抵抗の記号に「なんすかそれは」と質問が飛んでいるという話ですし,これは非常に困った事になる可能性があります。

 新人:先輩,回路図にあるこのギザギザはなんですか?
 先輩:ん?これはよ,抵抗だよ,なんだ,こんなもんも知らずに卒業したのか!
 新人:抵抗はこう書くことになってるんですが。
 先輩:んなわけあるか。ったくゆとり世代もここまできたか・・・
 新人:ほら,JISを見て下さい。
 先輩:(うわ,ほんまや)
 新人:これだからファーストガンダム世代はよ・・・

 という,血で血を洗う世代間闘争に発展する可能性が高く,電子工業界は分裂の危機に瀕します。

 抵抗もコイルもひどいですが,極めつけはこれです。

ファイル 211-2.jpg

 これ,なんの記号かわかりますか?オペアンプです。額には無限大の増幅率を示す「∞」マークが!嗚呼!

 オペアンプの回路はただでさえややこしい場合が多く,回路図を使っての世代間交流はかつてのようにスムーズには進まなくなったといってよいでしょう。我々が使い慣れたあの三角形の記号は,いずれ消えゆく運命にあるのです。嗚呼,なんたる悲哀!

 ただ,IECの記号には,そこまでやるか,と思うほどの合理性や厳密さがあり,その筋のマニアにはたまらないものがあると思います。図記号は単なる象形文字ではないということでしょうか。

 ここでは詳しくは書きませんが,これら図記号を回転させて書く場合にも,制御フローとプロセスフローが直交するよう意識した上で正しく回転させる必要があります。これが徹底されれば,確かに見やすく,書く人の癖に依存しない回路図になるでしょう。回路図は芸術作品とは違いますので,個人的にこの思想には賛成です。(回路図から人となりが見えにくくなるので面白味は失せてしまいますが)

 その上で,全世界のエンジニアと回路図で交流できることが保証される世界というのも,良いものであるかも知れません。特に新興国であるインドや中国では,今後ますます若い優秀なエンジニアが育ってくるでしょう。彼らと意思疎通が出来ることは,なにかと便利でありがたいことかも知れませんね。

 それはそれとして,IECの抵抗の記号,昔のままではいけなかったんでしょうか。私の知るところ,アメリカでもヨーロッパでも,やっぱり抵抗はあのギザギザなんです。無理に四角い記号にすることはなかったんじゃないのかなと,今でも思うのです。

 最後にもう1つ,こういう大事な話をきちんと啓蒙するのが役割であるはずのトランジスタ技術と日経エレクトロニクスに「なにやっとんねん」と声を大にして言いたいです。

バナナ存亡の危機

 ちょっとした雑談。

 バナナが絶滅の危機なんだそうです。

 その昔高級品だったというバナナがそこら辺で安価に手に入る果物になって随分経つわけですが,そのバナナがまさか絶滅とは。

 現在食べられているバナナは,昔食べられていた種類のバナナとは違うのだそうですが,昔のバナナはなんと病気(パナマ病といってバナナのガンと言われているんだそうです)によって絶滅したんだそうです。

 それでバナナ栽培の会社がなんとか探し出して,その病気に耐性のある種類のバナナを作るようになったとのこと。ところが最近,今のバナナにも耐性がなく,治療法もない新パナマ病が流行しているらしく,主な生産地であるラテンアメリカへの上陸も時間の問題ということです。

 今年の春には中国でも大きな被害をもたらしましたし,発生地であるマレーシアから徐々にその被害は拡大しているそうですが,こういう話ってもっときちんと報道して欲しいなあと思うわけです。

 バナナを食べたときのことを思い出して欲しいのですが,種がありませんよね。食用のバナナは種なしなのです。つまり種では増えないということです。

 現在のバナナは,挿し木で増やされたもので,いわばクローンです。突然変異も耐性獲得も全く期待できないのはそのせいです。

 厄介なのはこの新しいパナマ病は,他の種類のバナナにも広がる可能性があったりするそうで,もし本当ならバナナ存亡の危機です。

 一方,バナナは遺伝的な多様性が乏しく,病気や環境の変化に対応するのが下手くそという意見もあり,ほんとかどうかは別にして,もはや遺伝子操作で強いバナナを作るしかないという意見も出る始末です。

 私個人はバナナが好きではないのですが,栄養価の高さ,独特のおいしさ,手軽さから見た実用的価値に加え,プランテーションの代表的品種であり,列強の支配と植民地の搾取の歴史の生き証人として,バナナが消えることには寂しいどころか,かなり問題だなあと思います。

鍋でおいしくご飯を炊く

 一人暮らしを始めたときに「とにかく米さえ炊ければどうにかなる」という考えのもと,3合炊きの安い炊飯器を買って使っていたのですが,購入後10年を経過し,とうとう満足にご飯が炊けなくなりました。

 いつもよりも多めのご飯を炊くと生煮えになることが多く,特に3合を炊くと確実にアウトです。

 ある時,夕食を一緒に食べようと友人が来たときに多めにご飯を炊いたのですが,この時はわずか数分でスイッチOFFになってしまいました。中を見ると当然お米がぬるま湯の中に沈んでいる状態です。

 これはさすがに続行不可能と判断し,ここから先は鍋で炊くことを思いつきました。IH調理器(電磁調理器)を手に入れた際,母親から厚手のIH対応の鍋をもらったのですが,この鍋の説明書にいろいろなレシピが載っており,ここにご飯を炊く方法が書いてあったのを思いだしたのでした。

 ご飯を鍋で炊く・・・そもそも,鍋でおいしく炊けるなら,炊飯器など専用の道具が売れるはずがありません。考えてみて下さい,パンを作る,魚を焼く,餅をつく,シチューを煮込む,ケーキを焼く,シューマイを蒸す,それぞれ専用のマシンが必要なのに,それらは本格的に料理に取り組む人々が買う物です。

 しかも炊飯器は基本的に国内専用。最近は主としてアジア各国でも売れているそうですけど,北米やヨーロッパで「一家に一台」ではないでしょう。

 なのに,ご飯だけは炊飯器です。しかも一家に一台です。ここから導き出される結論は1つ,ご飯を炊くのが難しいから,でしょう。

 ご飯を炊くのは火加減が大切で「はじめチョロチョロなかパッパ赤子泣いてもふたとるな」は,炊飯器全盛のご時世でも知らない人はいないでしょう。

 はじめチョロチョロ    水を吸わせる
 なかパッパ        強火で一気に沸騰
 赤子泣いてもふたとるな  弱火でムラしている間にフタあけるな

 という意味だそうですが,マイコンの登場によってこの火加減を自動で細かく制御し,実においしいご飯を確実に炊くことが出来るようになったわけです。

 このままでは食べられませんし,捨てるしかない3合のお米ですから,躊躇していても思案していても始まりません。とにかくその厚手の鍋にお米を投入です。

 説明書によると,沸騰したら弱火で12から15分,よく蒸らして食べろ,とあります。随分簡単ですが,こんなことでおいしいご飯が炊けるなら,炊飯器はいりませんよね。

 出来上がりました。ぱっと見るとつやつやしていておいしそうです。
食べてみました。・・・うーん,おいしい。

 友人も絶賛したご飯だったのですが,私の場合は油断するとおかゆを作ってしまう炊飯器を使っていたせいもあり,そのおいしいこと。あれ,こんなに簡単にご飯って炊けるものなんだっけなあ。

 考えてみると,飯ごうを使ってご飯を炊いたことは誰でも一度は経験があると思いますが,あれも考えてみると不思議な物でした。あの時は,やっぱり炊飯器で炊いたご飯の方がおいしいと思ったものですが,今回は違います。鍋の方がおいしいです。

 炊飯器を買い直さないといけないというプレッシャーから解放され,そして根っからの探求心が頭をもたげ,おいしいご飯を安定して確実に,そして手早く炊くにはどうすればいいかを半年以上研究しました。

・お米をとぐのはさっと3回
 あまり頑張ってといでも意味がありません。3回がベストです。

・水の量はお米と同じ量が基本
 カップで同じ量の水を入れます。ただ,お米をといだ時に水が綺麗に切れないものですので,心持ち少なめがよいようです。

・吸水時間は最低30分
 「はじめちょろちょろ」に相当する部分です。冬場は1時間かけましょう。

・沸騰まで一気にいこう
 「なかパッパ」です。IHは温度の立ち上がりが速いのでこういう用途にはぴったりです。しかも鍋全体が熱源ですので,温度の偏りも小さいです。実に理想的ですね。大体5から6分で沸騰に達します。

・沸騰したらしゃもじでよく混ぜる
 これが大事です。炊飯器では出来ないことの1つ,沸騰したらよくかき混ぜるのです。ムラがなくなり,お米が立ちます。

・弱火にして12分から15分
 私のIH調理器は,弱火にすると間欠制御となりますが,ガスで弱火というのはなかなか難しいですから,やはりIHならでは,です。1/5合までまでなら12分,2合以上は15分弱火にします。ここでタイマーを使って,15分経過したらスイッチが切れるようにしておくと便利です。ガスではこうはいかんです。

・蒸らしに15分から20分
 炊きあがってもそのままではコツコツしてあまりおいしくありません。フタをきちんとしてじっくり蒸らします。この時,軽くかき混ぜておくとなおよいです。大事なことは,フタについた水滴を鍋に落としてはいけないということです。


 こうして出来上がったご飯は,お米の銘柄に関係なく,実においしく食べることができます。米粒の間に適度に空気を含みほくほくとしたご飯は,歯ごたえのある堅さと噛んだときの弾力を持ち,香りと甘さが広がります。

 鍋でお米をとがないとか,お米を洗った後ザルできちんと水を切るとか,備長炭を一緒に入れるとか,火加減をもっと細かく調整するとか,手間のかけ方はいろいろあると思いますが,私はこの程度でよいと思ってます。炊飯器と同じくらいの時間と手間ですからね。

 で,結局安定しておいしいご飯が炊けるということで,炊飯器を買うことはやめました。全自動でないとダメになったとき,買うようにします。

 大したノウハウではないですが,案外簡単に,しかもとてもおいしく,ご飯を鍋で炊くことは出来るもんだ,というそんなお話でした。

 

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