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さようならプジョー306,さようなら

 私の所有する自動車,プジョー306style(97年式,N3最終型)が,先日の土曜日に私の元を離れていきました。

 私が新車で買った最初の車で,私が初めて手に入れた外国車です。ついでにいうと私が最初に乗ったフランスの車でもあります。

 1997年と言えばインターネットが家庭に入り始めた時期でもあり,個人のホームページが少しずつ立ち上がっていた頃だと記憶していますが,当時よく見た306のページも,今ではほとんど見ることがなくなりました。

 そりゃそうです,306が世の中に登場したのは1993年で,日本では女の人の前髪がまだエビの触覚のようになっていた時代です。後期型のN5の販売が終了したのでさえ2001年ですので,そこからだってすでに8年が経過し,最初の車検で買い換えをするのが普通な日本の自動車事情において,未だに306を乗り続けている人はもう心中する覚悟の人だけといってもいいはず,です。

 私はN5が投入される1997年8月に,N3の国内在庫最後の3台を滑り込みで衝動買いした人でした。どうもN5のフロントマスクが好きにはなれなかったことと,ずっと昔から馴染みのあったPEUGEOTと306というロゴの切り抜き文字がの意匠がN5で随分変わってしまったことが気に入らなかったというのが大きな理由でした。

 プジョーも激動の自動車業界にあって,何年かごとに節目を迎えていますが,私にとっての憧れのプジョーは,つまるところN3が最後だったのだろうと思います。今でもN5とN3のどちらか,と言われれば迷わずN3を選ぶだろうと思います。

 まあ,N3にしてもN5にしてもそうですが,フロントがマクファーソンストラットとごく普通のもの,リアに至ってはトーションバーという旧世代のサスペンションは,実際に乗ってみると実にしなやかで,これがあのネコ足なのか!と思わせるものです。ボディ剛性も低くなく,ドアを閉める音やボンネットを締める音に,高音が響くことはありません。 運転の下手な私ですが,この車がボディ剛性とサスペンションの存在を意識するようになったきっかけになったなあとつくづく思います。

 がちっと切り立った端整なプレスラインはピニンファリーナとプジョーデザインチームの共同で引かれたものであり,個人的には306の柱となる線だと思います。ピニンファリーナがかかわらなくなったと言われる206以降のデザインとは,このプレスラインの主張がやや異なるように感じるのですが,これが1990年代初頭に登場したデザインかと思うくらい,少なくとも私の目には古くさいものは見えません。


 前置きが長くなりましたが,事の顛末はこうです。

 始まりは1週間前の日曜日の夜,滅多に話をしない父から電話がありました。こんなことをいうのも何ですが,父親というのは友達や同僚のような気安い存在ではなく,いわば会社の偉いさんのような存在ですから,父と話をするときと言うのは自分ではどうにもならないことを相談するときだけ,です。

 父が言うには,自分が乗っているイギリス製の高級乗用車(以前父は某ドイツの某最高級車メーカーの最上級クーペに乗っていたことがありました・・・)に故障が頻発,面倒臭いので手放すことにしたと,普段の足に使っている軽自動車が便利なので別に困るわけではないが,ゴルフバッグを積むときや,友人を乗せるときなど軽自動車ではまずい(しめしがつかん),かといって新しい車を用意するのはお金もかかってしまう,良く考えたら私がほとんど乗っていないプジョーを持ち続けていて,しかも結構負担に感じているという話を思い出し,そういうことなら自分が譲り受けようと考えたらしいのです。

 私は1997年に新車登録をしたプジョー306を,丸12年経過した現在において,走行距離がわずかに8300キロちょっとと,ほとんど走らせていません。別に特別に大事にしていたわけではなく,自動車がなくとも生活が成り立つ場所に住み,どんどん自動車を生活から外れた場所においてしまい,自動車を動かす事が億劫になってしまった結果です。

 ポルシェとかフェラーリとか,そういう資産価値のある自動車がほとんど走行しない状態であることは珍しくないそうですが,306のような車でこの走行距離は異例中の異例でしょう。

 おかげさまで2年に一度の車検を含み,トラブルらしいトラブルはほとんどありませんし,屋根のない駐車場に12年間おいていましたがカバーをずっとかけてあり,直射日光や砂埃を避けてきたことで,そんなに見た目も悪くないと思います。加えて私はタバコを吸いませんので,内装も綺麗です。

 経済的な理由も含めて維持できなくなったときには手放そう,でも維持できる環境にあるうちは乗るか乗らないかに関係なく持っていよう,そんな風に割り切ったのが5年ほど前でしょうか。ちょうど個人がそれぞれに自動車を持つ事が無駄に思えた時期でもあり,自動車としてプジョー306以上を望まない気持ちに変わりはなくとも,そもそも自動車を持つ事に疑問を感じて揺らいでいた時でした。

 ただ,今のプジョーは小型の207でも安全基準の関係で3ナンバー枠に拡大していて,私の好きな全長4000mm,全幅1700mm,重量1000kg程度のハッチバックという,以前なら珍しくも何ともなかったサイズが存在しません。また,1800ccのNAという普通のエンジンも,5速MTというこれまた普通のトランスミッションも,今や絶滅寸前です。

 プジョーには熱狂的なファンも多く,こうした今では珍しい自動車を持つ事には,それなりの理解があると感じます。中でもある意味でとてもお手頃なこの306という車は,今のプジョーにはない魅力がいっぱいで,10年経過すると誰にとっても無価値となる国産車に比べ,特定の人種には理解をしてもらえるのではないかと思います。

 私がへこたれて手放してしまうと,また306の個体数が減ってしまいます。

 それに手放してしまったら,もう二度と手に入れる事など絶対に出来ないでしょうし,さらにいうと200万円以下でプジョーはおろか1800ccクラスの普通の自動車が新車で買えることは実はそんなにありません。(といいつつ本日207の一番安い設定が189万円になりました・・・)

 遠のいているとはいえ,ごくたまに自動車を運転すれば,それはそれでとても楽しいことには変わりありませんから,例えば職を失うとか,引っ越しをするとか,修理代に100万円かかるとか,そういう事でもない限り,私が維持するのが責務のように感じていたのです。

 幸い経済的な負担には耐えることが出来る状況にありますが,楽器やカメラのような小さいものとは違い,気軽に捨てたり修理出来ません。保管場所には不動産契約が必要になるほど大げさであり,その潜在的な能力は時に人の命を奪うことさえもあります。外の雨風に晒された機械製品が10年以上も放置されれば,どこかがおかしくなるのが普通でしょう。

 持っていたいから持っていよう,というようなお手軽なものとは違い,持つ事にもそれ相応の責任と義務が発生するのが自動車です。ここから先,資産的な価値も消え失せた古い自動車に,いずれやってくる廃棄処分の負担の大きさを想像すると,気が重くなってしまいます。

 その負担から逃げると言うより,今の私の生活では,その負担に見合うだけの利便性を,自動車を所有することから得られないことに悩んでいたというのが正しい言い方で,社会的に見て私が自動車を所有するのは(個人の勝手ではあるけども),とても贅沢なことだという後ろめたさを感じていました。

 父は続けます。もし自動車がなくても困らない生活をしていて,なんらかの負担を感じているのであれば,自分が自動車を必要とするであろうあと数年間代わりに乗ろう,名義の変更もちゃんとして,保険から車検から維持費から全部自分が引き受けよう,悪い話ではないと思うんだけども・・・

 確かに破格のお話です。資産的価値のなくなった自動車を,元々全車種中最低グレードの,しかも12年落ちのプジョーのマニュアル車で,さらに左右の横っ腹がへっこんでいる不細工な車に乗ってやろう,しかも50年以上自分の生活の中心であり続けた自動車生活を締めくくる,最後の車にしようというのですから。

 急な話に戸惑い,即答できずにいると父はさらに,心残りというなら,他の人に売ったりあげたりすることはしないと約束するし,車検が切れてしまった後でも廃車せず,保管しておいてもいいだろう,そして気が済むまで持っていたらいい,と言います。

 そして最後に,恩着せがましい言い方をするつもりはないが,下駄代わりに乗り潰すつもりはないし,乗らないときでも毎日エンジンくらいはかけてやる,と。

 この,毎日エンジンをかける,で私の心は動きました。今の自分が出来ない事を,父は簡単にやってのけることができるのです。私がこの車を持つ事は,半ば意地になっていたところがありますが,それは果たして,車のためになっていたのかどうか。

 車検の次に車を動かすのが次の車検だなんて,非常識にも程があります。それでも2年経って,キーをひねれば何事もなかったようにエンジンは一発でかかります。アイドリングは軽快で,やっと起こしてもらえたよ,と言っているように聞こえます。

 私はすでに,ドライバーとしてはもとより,オーナーとしても失格でした。

 自動車は,言うまでもなくモビリティのための道具です。人や物を少ない労力で動かすことが存在の理由です。置物でもなければ,意地で持つようなものでもありません。いわば生き物です。毎日乗って,調子を見て,それで初めて愛着だってわくものです。私のような距離感で愛着などわこうはずはありません。もし愛着を感じたとしても,それは私がただ「惜しい」と思うだけの,さもしい根性に過ぎません。

 私は数日考える時間をもらい,電話を置きました。一緒にこの車と時間を過ごした親友に連絡し,車を手放すことを伝えると,彼女はいろいろ思い出してポロポロ涙をこぼしました。そしてお別れの時には写真を残そうと言いました。

 翌日,父に改めて電話をし,父の申し出にありがたく甘えることを伝えました。父のことですから,気が変わったとかどうしても欲しい人が現れたとか,そんな話で誰かに譲った,という話もあったりするかもしれませんし,実は父の手元に渡ってから急にあちこちが壊れてしまい,修理代に何十万円もかかるとわかり結局廃車にすると言う結末があるかもしれません。

 ただ,父は,私よりもはるかに運転がうまく,自動車に対する情熱を持っています。父の古い友人には腕のいいメカニックがいて,私もお世話になりましたが,とても心強い方です。

 それだけでなく,周りには自動車に関係のある人たちがたくさんいるので,ひとりぼっちだった306は急に賑やかになったことに驚くことでしょう。あと少しの間ですが,最後にそういう境遇に置いてあげられるのは,とてもよかった事なのかもしれません。
 
 話としては,土曜日の夕方に,私の住んでいる場所の近くにある,父の知り合いの輸入車の中古車販売会社の店員さんがわざわざ306を引き取りに来られ,そのお店が東京から大阪に運ぶ予定になっている他の車と一緒に,トレーラーで陸送されることになっています。

 先日の土曜日の夕方,もう薄暗くなっている状態でしたが,その前日から続いた雨もすっかり上がり,時折晴れ間も見せつつ,綺麗な夕焼けが暮れてしまう頃に,306は軽快なエンジン音を響かせて,私の元を離れていきました。本当にあっという間の出来事でした。

 私はこの時生まれて初めて,自分の買った車が他の人の運転で走る姿を眺めることが出来たわけですが,買ったときからお気に入りだったリアエンドの丸い感じが遠くに消えていくのを見て,もうこれでお別れなのかと,言葉にならない寂しさを感じました。

 一方で,これでもう心配することはない,そんなすっきりした感覚も否定できずにわき上がってしまい,複雑な思いも感じました。

 現実に戻って駐車場の解約,JAFの退会など手続きを済ませ,名義の変更が終わってから保険の手続きをすることにしています。

 こうして,私個人は自動車社会との直接の接点を失います。そもそも居心地の良くなかった自動車社会ですから,そこに未練はありません。しかし工業製品として,あるいは文化の1つとしての自動車と,決定的な別離は寂しい限りです。

 自動車は今,大きな転換点にいます。化石燃料を動力源にする仕組みはもう限界に達し,経済的合理性をトリガに,次世代の自動車が覇権を競っています。ハイブリッドは過渡的な車なのか,本命は本当にEVでいいのか,動力源以外にインテリジェント化はどこまで必要なのか,ドライビングプレジャーを我々は失わずに済むのだろうか,環境や経済性,安全性と次の100年も両立出来るのだろうか,不安は尽きません。

 馬車の代わりにヨーロッパで登場した自動車は,当時最先端技術であった機械工業をバネにして上流階級の高貴な趣味として育ち,自由の国アメリカに渡ってからは大量生産されて生活に不可欠な移動手段となりました。そして大衆化し多くのバリエーションが生まれ,その人の人となりを示す装飾品という役目をも担うようになった自動車は,命を持たない人類の唯一の友人,といっても良く,やっぱり特別な存在だなとつくづく思います。

 私が今でも大好きなプジョー306。この車が教えてくれたことはたくさんあります。急激に身近に感じた世界,文化,異国への想い,当事者として考えさせられた車と社会の関わり。1つ1つが得難い経験でした。次に大阪に戻ったときに,少し様子を見させてもらおうと思います。もう自分で運転することはしませんが。

palmTXの電池が切れたとき

 PalmTXはあれから問題もなく,どんどん手に馴染んで普通に使える信頼性を維持しています。たいへんありがたいことです。

 あと,充電池が良く持つので,充電しないといけない,という感覚が希薄になってしまいます。連続駆動時間はそれほど長いと感じませんが,電源を切った状態での電池の持ちはなかなか良く,これはつまりスタンバイ電流が小さいのでしょうね。

 先日,ちょっとゲームで遊んで電池が減ったところに,1週間ほど充電をし忘れたのですが,そのせいで電池が切れてしまっていました。これまでの感覚だと「うわーやってもした」と一声上げて,メモリカードからバックアップを戻す作業をドキドキしながら行うことになるのですが,palmTXには不揮発メモリとNVFSがあります。

 充電を先に行って,ドキドキしながら電源を入れると,時計の設定画面が出てきてしまいます。まさにリセットがかかった状態なのですが,時計を設定すれば以前電源を切る前の状態にさっと戻ってくれました。

 いやー,ちょっと感激しました。確かに,このためにあのややこしいファイルシステムがあるのですから,正しく機能してくれないとこまります。でも,Palmの電池が切れたらデータも消える,に慣らされた頭には,半永久的にデータが残り続けるpalmには,さわやかな感動があります。

 これで電池が切れてもこわくありません。スタンドアロンで運用できるpalmというのはpalmではない,という気もしますが,すでにpalmがPCの処理能力に助けてもらって機能する必要はないくらいに高度な処理能力を自ら身につけている状況では,無理にPCと連携しなくてよいようにも思います。

 すでにPalmPreが大評判になって,webOSが次の世界を開くと言われる一方,当然palmTXは入手がほぼ出来なくなっています。私は本当に滑り込みで買った人ですが,本当に買って良かったと思います。

IrisBrowserの終焉

 いろいろ出来る事はわかったし,環境構築にそれなりの時間もかけたアドエスですが,例えば帰省とか旅行とか出張には便利でも,普段の生活ではそれほど便利にならないことがわかってきました。

 やっぱり,安定性の問題と,通信速度だけではなく端末そのものの動きも緩慢であることから,結局Twitterマシンとしてしか使い道がないことがわかり,それなら別に携帯でもいいんじゃないのかと,まあ理由はいろいろ考えつくでしょうが,やはり自然と遠のいたことが私にとってのアドエスだった,ということでしょうか。

 自ずとメンテもサボりがちなのですが,久々に私にとっての標準WEBブラウザであるIrisBrowserをアップデートするかと公式サイトに行ってみると,なんと開発元のTorchMobileが,BlackBerryのRIMに買収されてしまったのですね。

 BlackBerryの会社がWindowsMobileのソフトを配布するはずもなく,現在ダウンロードも出来なくなっています。残念です・・・

 これで,ますます選択肢が狭まってしまいました。もうアドエスはダメかもなあ。

映画と技術と体験

 PS3導入後,映画をBlu-rayで見る事が出来るようになり,私の映画体験も少しずつ変わって来たような気がします。

 オーディオにおけるLPレコードからCDへの移行や,カセットテープからMDを経てiPodに至る過程も進化だったと思いますが,映像,とりわけ映画というものを収める器としての物理メディアの変遷には,消費者のマインドを大きく変化させるものがあったなあとつくづく思います。

 それまで,能動的に足を運んでしか見る事が出来ず,かつ記憶の中に生きるもの,だった映画は,テレビの登場で自宅にいながら受動的に見る事が可能になりました。

 1980年代のVHSの普及により,1本15000円と非常に高価ではありましたが,欲しい映画をきちんと手元に残す事が許されるようになり,いつでも好きなときに見る事が出来るという全く新しい世界が実現しました。ただこの頃は,レンタルビデオが主流ですから,その点では映画を所有することは一部のマニアの趣味であったわけです。

 DVDの登場は,映画がレンタルされるものから購入され所有されるものへの変化を遂げる,本当に大きなきっかけでした。欲しい映画をいつでも見ることが出来るという夢が一部のマニアから解放されたことは,技術的視点から見た時の高密度光ディスクとMPEG2というディジタル圧縮技術の登場以上のインパクトがあったと思います。

 DVDを作って推進した人々も,映画のディスクが1枚1000円とか2000円になることまで想像できなかったと思うのです。ディスクの製造コストが下がることは分かっていても,それが下がれば下がるほどコンテンツそのものの価格が売価を支配するようになりますから,最終的な売価がそれほど下がるとは考えなかったと思うのです。

 しかし,今や音楽CDより安いDVDはごく普通です。こうして購入されることが前提となった映画は,全く新しい市場を創造され,映画制作の資金集めの手法さえも変えられてしまったわけです。

 こうした,映画と映画に対する対価との関係が大きく変化した次のステージとしてBlu-rayが登場するのですが,技術的にはDVDの延長上にありながらも,高画質化・高音質化によって与えられた仕事はDVDの時とはまた違って,制作者サイドの意図をDVDとは比べものにならないほど細かくかつ大量にユーザーに伝える「メッセンジャー」としての役割が大きくなったように感じます。
 
 一般に映像は扱うデータ量が大きいので,どうしても音楽よりも一歩後ろを進むことになりがちなのですが,技術が体験を変革していく可能性を残した最後の市場ではないかと,若干複雑な気持ちもあります。

 このように映画ソフトをめぐるユーザー体験は,まさに不連続です。テレビ放送が映画を一人でも楽しめるものに変え,VHSが映画をいつでも見られるものへ変化させ,DVDが借りるものから買うものへの革命を行い,BDが映像から意図を感じる本来の映画のあるべき姿に生まれ変わらせた,という具合に,ただ単に綺麗になった,便利になった,安くなったを越えたところで,我々の体験は不連続に劇的に変わりました。

 もちろん,BD自身はただの入れ物に過ぎませんから,それに見合うだけの再生環境がなければせっかく入っている制作者の意図をきちんと引き出すことは出来ません。ただ,昨今のディスプレイ技術は非常に高度なものがあり,買ってきてすぐに高画質が楽しめるように作られていると思います。マニアにはお金をかけて深掘りする楽しみが,一般の人には電源スイッチを入れるだけでそこそこ楽しめる環境が用意されているというのは,実に素晴らしいことだと思います。

 液晶のテレビも安くなりました。どんどん高画質化しています。大きな画面はBlu-rayをもっと楽しく見ることが出来ます。PS3も安くなりました。ぜひHDMIケーブルでPS3とテレビを繋ぎ,好きな映画をもう一度見直して欲しいなと思います。

エアなリアル

 さて,遅まきながらラブプラスを,この連休に少し触ってみることにしました。以下はネタバレも含みますが,非常にぬるいものなので,何の参考にもならないものと確信していますが,「それはいわないで」という人は読まない方がよいかもしれません。

 友人は私が購入直後に始めましたが,友達モードから抜けきれず,いたずらに100日を過ごしてしまい,寂しくゲームオーバーとなりました。まあ1回目はそんなもんだろうと私も様子を見るつもりで始めてみます。

 若かりし頃,ときメモ(もちろんセガサターン版)をやり込んだ経験から言うと,八方美人的にすべてのキャラと成就するのは非現実で(そういえば顔を赤らめた状態を最大で何人まで維持することが出来るかというゲームシステムに対する挑戦を,全キャラ全イベント制覇に飽きたらず,さらなる高見を目指してやまない猛者どもが,命を削って日夜励んでおりました),特にラブプラスでは友達モードから恋人モードに移行するのに誰か一人にしないといけないわけですから,スタート時点で「この人!」と決めてかかるのがよろしいようです。

 ということで,私の場合は寧々さんにお願いすることにしましょう。部活,委員会を完全にさぼり,バイトだけに勤しみます。とても気立てのいい彼女が要求するレベルはそれほど高くなく,着々とイベントをこなしつつ,各パラメータを上げていきます。「よし闘いの勘を取り戻したぜ」とつぶやきながら,10年以上前に構築したシナプスの結合がじわじわと修復されていくのがわかります。

 そうこうしているうちに62日目にして晴れて恋人モードに移行。残念ながら全イベント制覇を目指したわけではないので,ギャラリーには空きが随分ありますが,最初から高望みをするのはやめておきましょう。

 私は攻略法もなにも知らず,調べもしないで始めてしまったので,スキップモードもリアルタイムモードも,細かい違いが分かっていません。が,リアルタイムモードを選べるほど暇な人ではないので,ここはスキップモードでいってみましょう。

 スキップモードは友達モードと同じ手順でゲームが進んでいくのですが,パラメータは「彼氏力」と名前を変えており,学生一般から彼女という非常に狭い評価基準に変更されることにより,学生としての本分を捨て去り,彼女のためだけにレベルアップをすることになります。

 ところが,この彼氏力の上がり方が尋常ではありません。1週間も普通に予定をこなすと,ほとんどのパラメータがMAXになり,ハートマークが複数つくようになります。この状態でデートなどしようものなら,もうベタベタすりすりされて(して)しまい,とても時間がかかってしまいます。私の場合,1回のデートをこなすのにゆうに1時間を超えるようになってしまいました。これはもう普通ではありません。

 デートの間,人目を気にする(ゲームの中でも現実世界でもですが)必要があったり,どんなスキンシップをするかちゃんと考えなければならなかったりと,なかなかの集中力が必要になります。うかつにビールでも飲みながらやってしまうと,つい反応が遅れて人目MAXでおかしな所を突っついてしまい,彼女に「触るな」と怒られてしまいます。この反応速度の悪化に,つくづく飲酒運転の危険性を痛感します。

 時間がかかるからと言ってデートに誘わないとみるみる機嫌が悪くなってしまいます。夜寝る前に「何してる」とメールをすると「・・・普通寝てるよ」とこれまた怒られる始末。それでも返事が来るだけましで,仕舞いには返事もこなくなります。寂しいものです。

 デートに誘いにくいもう1つの言い訳として,最初はデートスポットの選択肢があまりに少ないことがあります。しかも,ときメモと違い,スキップモードでも現実の日付に連動しますから,200日経過しても映画も演劇も全然内容が変わりません。これではさすがにデートに連れ出すのは無理でしょう。

 彼氏力を上げておくと,時に彼女からデートのお誘いを受けることがあります。この場合自分が選ぶことの出来ないデートスポットに誘ってくれるので,こちらとしても大変ありがたいのですが,必ず誘ってくれるというわけではありません。3週間も放っておくと彼氏力はどれもハート4つのMAXなのに,彼女は完全無視という現実なら破局になっていそうな状態に陥ります。

 ということで,どうやらスキップモードではあっという間に彼氏力が上がってしまい,週の前半にはデートの約束を取り付けることが可能となり,しかもデート本番の週末にはほとんどの彼氏力が高レベルに達します。これでデートに臨むと所構わずベタベタすりすりで30回以上のキスをする羽目になってしまい,実時間で1時間以上タッチパネルを突っつき回すという試練になってしまいます。いや,これはまさに麻薬かドーピングか,というところです。

 これはいかんとデートスポットの開拓を画策しますが,どうも一人でその場所を訪れると「スポットレベル」なるものが上昇し,5回ほど繰り返せばデートスポットとして選択出来るようになることが分かりました。google先生は恋の指南役です・・・

 平日は夕方まで学校で過ごし,夕方はバイトを入れて夜は外出しデートスポットの開拓と,まさの彼女のために頑張る毎日。1つデートスポットに出来ると新たな場所が現れ,またそこを開拓するために日夜一人で訪れる,毎日ラーメン屋に通い,毎日ライブハウスに通い,毎日三つ星レストランに通い,毎日ショッピングモールのアクセサリーショップに通い,毎日甘味屋に通い,毎日誰もない秋の海水浴場に通い詰め,多くの場所を開拓できました。

 日曜日は午前中にも外出出来ますから,夜に開いていない場所を訪れることが出来るのですが,デートに誘わず毎日曜日に開拓を続けていると偶然(でもないんでしょうが)彼女がそこにいたりして,帰宅後「彼女をほったらかしにして一人でお出かけとは何事か」とメールで怒られたりするわけです。

 このスポットレベルという概念ですが,冷静に考えてみるとなかなか理にかなったシステムです。彼女をデートに誘うのに,行ったことのない場所にいきなり行くなんてのは,相当リスクの大きなものです。だから何度も下見に出かけ,その結果デートに使えると判断して初めて,デートスポットになる,これは現実世界でも同じです。情報誌を読んだだけで分かったような気分になるのとは違い,自ら体験し,生きた知識として昇華されなければならないあたり,時代の変化を感じさせられます。なかなか素晴らしいと思います。

 また,不意に真面目な質問をされることもあります。アメリカの独立宣言の起草者は誰だとか,接客のスキルをなんというかとか,cats and dogsってなんの慣用表現かとか,注文を取るのに使っているハンディターミナルの正式名称はなんだとか,いろいろ試してくれるのですが,念のため私はズルをしてgoogle先生に確認してみることにしています。

 そんなこんなで季節は秋のまま,彼女の制服も夏服のままですが200日を越えて,すでにベテランカップルとなりましたが,まだまだ開拓済みのデートスポットは半分ほども訪れていませんし,これが実時間における冬,春,夏と1年も繰り返されるのかと思うと,気が遠くなると同時に,さぞやバグ出しは死ぬ思いだっただろうなと,心の中でスタッフに敬礼です。

 後で知ったのですが,公式ガイドブックは今月末の発売なのですね。ソフトの発売から約1ヶ月ほどしないと,公式な攻略法が出てこないというのもなかなかだなと思いましたが,その,彼女は高校三年生の秋という人生がかかった大事なときにデレデレデートなんぞしてて良いのか,と心配になりますし,プレイヤーだって高校二年生の秋ですから,そろそろ真面目に先の話を考えなければなりません。

 彼女は推薦狙いなのか,などと妙にリアルなことを思いついた敗北者たる友人の高い見識に膝を打ち,だとすれば春からのデートは女子大生の彼女とデートってなことになるのか・・・それはかなりうらやましすぎるが,そんなことで受験は大丈夫なのかと,すっかり目線は親御さんです。

 同じ問題は年下のキャラを選んだ場合はもちろん,同い年でも進路の話からは逃げられません。ときメモでは卒業ですべてが終了するようになっていたためそこは触れる必要もなかったのでしょうが,「告白されてからがスタートだ」というコンセプトのゲームにおいて,やはり先々の話に触れないわけにはいきません。そう,青春とは毎日楽しいことばかりではないのです。

 まず最初にに三つ星レストランで食事をし,ショッピングモールで買い物をして同じレストランでお茶して帰るという,さすが二人ともバイトに心血を注いでいるだけお金持ちだなと思わせるようなデートを毎週毎週繰り返すようになっているのですが,こういう高校生活もありだったのかもなあと遠く過ぎ去りし日々に思いをはせる一方で,正直なところ彼女のご両親に会わせる顔がない,という保護者モードになることもしばしばです。(だって彼女の家の前で人目MAXでベタベタすりすりってご近所でも評判になってしまうじゃないですか)

 ところでもう1つ,この話に触れないわけにはいきません。彼女が自分の好みにあわせて変化するという,アレです。

 彼女はなかなかナイスなタイミングでこちらの好みをきいてきます。髪は長い方がいいか短い方がいいか,髪の色は明るめがいいか黒がいいか,洋服はかわいいのがいいか清楚なのがいいか,好きな色は明るめがいいか暗めがいいか,そもそもの女性の好みはおとなしいのがいいか活発なのがいいか,と,いろいろ尋ねてきます。

 私としては自分の好みなどどうでもよくて,したいようにしてくれればそれで良いのですが,こういう場合に「なんでもいいよ」は最低最悪の返事だとこんな私でも知っていますので,一応好みを伝えます。

 一貫性がないことがどれほどマイナス要素になるかは分かりませんが,とりあえずここは初志貫徹。同じ事を聞かれても答えはぶれずに,いつも同じ答えで通します。もちろん変えた髪型や服装を「ばっちり」と褒めることも忘れません。

 結果彼女は,すっかり落ち着いたお嬢さんになってしまいました。近頃なんとなく制服が似合わなくなってきたように思います・・・本当にそれでいいのか?

 まだ始めてから1週間も経過していません。近いうちに公式ガイドブックも出ることですし,相変わらずgoogle先生は私の愚問にも優しく答えてくれるでしょうから,まだまだいろいろな仕掛けを楽しめるのではないでしょうか。

 もし週末にデートの約束がある状態でデータのセーブを行うと,デートをすっぽかしたことになるという,これまたリアルな縛りにおののき,しかしセーブせずに電源を切るとこれまたえらく怒られ,ついつい電源を消せずいる私は,「愛という窮屈をがむしゃらに抱きしめた」などという懐かしいフレーズを少しだけ思い出し,激しい自己嫌悪にさいなまれながら,明かりを消した部屋に浮かぶバックライト輝きに抱かれ,深い眠りに就くのです。

ラブプラスを眺めた休日

 孤独にさいなまれる現代人の心につけ込み,手を出した人の精気を吸い取り,廃人にしてしまうと一部で話題になっているゲーム,ラブプラス。

 あくまで「ギャルゲー」という範疇にあるこのゲームが異例のヒットを飛ばしています。一部には欲しくても買えない「難民」を生み,運良く手に入れた人々は自分の好みの服装や髪型にしてくれるという現実には滅多に起こらない事態に悶え,自分を最終的に裏切ることのない「恋人」に魂を奪われつつあるようです・・・というかNintendoDSに8x4を塗るなよ。

 それはそれとして,かのゲーム,なぜ品薄になるかといえば,一人で10本も買う猛者がいるのも理由の1つでしょうが,やはり想定外の人が買っているというのが一番の理由でしょう。発売数日で5万本という数字は,なかなか大したもんだと思います。

 今年は,日本人男子を洗脳した「ときめきメモリアル」の発売から20周年というメモリアルイヤーであり,おそらく登場した女の子もみんなおばさんになっていることと存じますが,私も初代のPCエンジン版ではなく,数年後にセガサターンの高性能のおかげで効率よく全キャラ全イベント完全制覇をさせて頂きました。今となってみればとてもとても良い思い出です。

 ラブプラスという恋愛ゲームが,告白後をメインとしたコンセプトで登場したことは,数々の亜流を生んだときメモの正統継承者である可能性が高いと私は勝手ににらんでいましたが,進化したであろうユーザーインターフェース,ユーザーエクスペリエンスを体験しないわけにはいかないだろうと,とりあえず買ってみることにしました。

 先々週家電量販店に足を運ぶと,やはり品切れ。買う気満々の客をまたも手ぶらで帰してしまう失態です。(このとき,私は難民が出ていることを知りませんでした。)

 もしやと思って帰宅後調べて見ると,やはり品薄で某巨大掲示板には難民スレが立っているほどです。CDやDVDのような追加生産の楽なメディアではないROMですから,再発売まではちょっと時間がかかるかなと半ばあきらめていると,大阪では有名な量販店の通販サイトで在庫ありという情報を手に入れました。そう,今時彼女を手に入れるには情報弱者であってはならないのです。

 ところが,残り2本。新規会員登録を行っている間に売り切れてしまい,激しい競争が生んだ格差社会に絶望したのですが,その数日後,あろう事か同じお店で在庫が復活。登録が済んだ私はさっさと購入し,晴れて難民キャンプを後にしました。

 土曜日に届いたそれは,何の変哲もないパッケージでした。「シンプルな白いパッケージは中身を想像させないためのコナミの良心だ」と言わしめたパッケージは,実は穴場であったイトーヨーカドーで母親に買ってきてもらうためのアシストなのかもしれません。

 事前に電池も充電してあり準備万端,早速名前の登録を行ったところで友人がうちにやってきました。

 最初は「きもい」「絶対やりたくない」「アニメ声は受け入れられない」などと強がっていた友人は,パッケージを見るとがぜん興味を示し,やりたそうに眺めています。

 私は,まるで親友が自分と同じ人を好きだったと知ったときの気分を思い出しながら,友人にゲームを勧めてみました。

 かくして,しばらく没頭している姿を私は見ていました。時にニヤニヤし,時に「こいつか」と面倒臭そうにする友人の無様な姿と一緒に,ゲームの進み方も見ていました。でもあまりしっかり見ると,自分がプレイするときにつまらなくなると,あえて見ないようにもしていました。

 100日経過して,友人は誰からも告白されることなく,高校を卒業してしまいました。友人は述懐します,勉強も部活も頑張った,でも寂しいと。嗚呼,青春。10代後半の輝かしい時間はもう二度と返ってこないのだよ。

 私は結局,この土日に名前の登録をやっただけで終わってしまったのですが,友人のプレイを見ていて,実に感心したのです。

 まず適度なボリューム,年下,同い年,年上という高校生にとっては重要な年齢差をフルカバー,タッチパネルによる快適なUIと,経験豊かな声優陣による会話シーン,基本システムはときメモのそれを踏襲しつつ,メールなど高校生に必須のアイテムをきちんと取り込み,「んなあほな」という設定やイベントもときメモを彷彿とさせます。

 NintendoDSのハードの限界に挑戦した(かどうかはわかりませんが)ポリゴンによる表現は見ているうちに脳内補完が入って違和感が消失,ぬるぬるした独特のクネクネも,別におかしいと思わなくなってくるから不思議です。

 男の一方的な「あんなこといいなできたらいいなあんなゆめこんなゆめいっぱいあるけど」がたたき込まれているゲームソフトを目の前にし,これは「心の風俗」ではないかと心配になるのですが,作り手のベクトルにぶれがないからこそ,馬鹿馬鹿しいを越えて,その向こうにある桃源郷にたどり着くことができるのかも,しれません。

 てことで,真骨頂である告白後の世界を,私はまだ見ていません。見るためにはそれ相応の努力が必要であり,私は未だ,大海に漕ぎ出すその覚悟が出来ていないのです。

 近頃,電車や街中でNintendoDSを持っている人がいると,持ち方が縦か横かを気にするようになりました。外でやるのはちょっと恥ずかしいゲームです。

 とりあえず,次の連休で頑張って見たいと思います。すみません。

 でも,全キャラ全イベント完全制覇には公式ガイドブックが必要なんだろうなぁ。隠しコマンドとか隠れキャラとかあるんだろうか。

SnowLeopardがやってきた

 8月最後の土日,民主党の大勝だとか台風だとかインフルエンザだとか,もうとにかくいろんなことが一気にやってきてお疲れ気味なところですが,Macの人にはもう1つ大きな祭りが控えています。そう,MacOSX10.6 SnowLeopardです。

 表面的には1つ前のバージョンであるLeopardとほとんど変わらず,しかし見えないところでは多くの部分をブラッシュアップし,次の世代を担うべき新機能を組み込んできました。

 見た目の派手さがない今回のアップグレードは,本来なら深く静かに進むはずだったのですが,どういう煽られ方をしたのか,あるいは何か抗しがたい引力でも働いているのか,各メディアがこぞって好意的に取り上げています。

 GrandCentralDispatchやOpenCL,64ビットカーネルなど,コンピュータ工学的な見地から,個人用のコンピュータもここまで来たか,と思わせるものがありますし,大きなアイコン,書き直されたFinder,キビキビとした動作(得にプレビューによるPDFの閲覧はいいですよまじで),という直接ユーザーの利益に繋がる改良も満載されて,それでいて価格はたったの3300円。はっきりいって実費みたいなもんです。

 2年かけて開発し,新機能満載のOSを,わずか3300円で売るというのは,アップルの収入源がOSではないという現実もあるでしょうが,販売店へのうまみも少ない低価格商品をあえて投入するのですから,やはりそれなりの戦略があると考えるべきです。

 コンピュータの専門家なら,64ビットカーネル,GCD,OpenCLの3つだけでも1万円以上の価格を払うことを躊躇しないでしょうが,それがどんなものなのか,知る必要さえない一般の人々に(誤解のないように言っておきますが,こんなややこしい話を知らずともその恩恵に浴することが出来るのがMacOSXのよいところです),今すぐ役にも立たず,見た目にもほとんど変わったところがない新OSに,将来の投資として1万円を出せるかと聞けば,それはおそらくNoです。

 しかし,これらの新しい技術を「多数派」にしておかなければ,システムとしてのMacを優位な位置にとどめておくことが出来ません。64ビットCPUと広大なメモリ空間,マルチコアプロセッシング,そしてGPUの演算パワーの開放と,これからの10年を担う重要な技術のスムーズな導入は,そのプラットフォームがこなせる仕事の優劣に直結します。デベロッパに移行を促すにも,それがメリットになると説得出来ねばなりません。

 マイクロソフトはOSが収益の会社ですから,商品の価格を下げるのは難しい話で,だからUI周りをいじって目新しさや派手さという,一般の人にわかりやすくお金を出しやすい機能を前面に押し出すのだ,といううがった見方もできるでしょう。実際,Vistaには目に見えないところにある,非常に重要な機能の拡張がいろいろ仕込まれています。

 AppleはOSに巨大な開発費用がかかっても,それをOSで回収する必要はありませんから,見た目に派手なことをせず,本当にやりたいことをやって,しかも価格に対する自由度をも駆使できることになります。

 ふと考えてみると,作る側のモチベーションにも差があるのではないでしょうか。お金を出してもらうためにUIを変えて派手にしよう,などという動機で仕事をするには,その変更や改良になんとなく納得がいかずとも,それを仕事と割り切らなくてはならないでしょうし,無言のプレッシャーだってかかるでしょう。

 一方で「今のOSから見た目は変えなくてもいい,ただしもっと洗練させてもっと綺麗に書き直して,より完成度を上げるのに時間をお金を使って下さい」と普通は言われることのない開発ゴールを与えられた時,開発者の目的意識は否応なしに高まることでしょうし,おかしなプレッシャーから開放された,気分的なゆとりが産み出す品質の高いコードが,安定性と納期に大きなアドバンテージを与えることでしょう。

 結果として64ビットカーネルにGCDとOpenCLという最新技術を,バグや動作の問題をほとんど耳にすることのない信頼性,約束通りの高速化と一緒に,より洗練された操作体系にくるんで,SnowLeopardは予定より早い発売日に発売されることになりました。

 もう1つ,SnowLeopardの重要な意義として,IntelのCPUへの移行の総仕上げという記念碑的な意味合いがあると思います。Rosettaはオプションとして残りましたが,PowerPCのコードをほぼ完全に消し去ることは,初めてIntelのCPUを搭載したMacが市場に投入された時からの悲願だったに違いありません。

 しかし,PowerPCでは動作しないSnowLeopardに,不平不満をいう声はほとんど聞こえてきません。1つにIntelへの移行がほぼ終わったという事実,1つにそれでもPowerPCを使わざるを得ない人にとっては,ほぼ同じ操作系を持つLeopardが残っており,少なくとも見た目に大きな違いがなく当分このままでいけそうだという気分がある,ということだと思います。どちらも非常に周到だと思いませんか。特に後者の作戦には舌を巻きます。

 ユーザーの反発を避けつつ,アーキテクチャの根本的な刷新を行って,その時々にやるべき先行投資をきちんとやる,Appleは昔からこうした移行劇が得意ではありましたが,Windowsの世界はIntelかAMDかでもややこしい話があるのに,Appleはこの点は見事だと思います。


 そんなわけで,MacOSX10.0のころから(もっと言えばMacOS7.5のころから),OSの発売と同時に自ら志願し人柱になり続けてきた私は,ここ最近のトラブルの少ない安定したOSに,巣立つ子供を見守る親のような気分で,うれしさと寂しさを噛みしめておりました。果たして,ユキヒョウは私の喉元に牙を立てる事になるのか!

 今回,一番面倒だったのは,実は入手でした。

 Leopardの時は発売日の夜に川崎のヨドバシに買いに行きました。なんの問題もなく手に入ったのですが,今回は川崎まで行くのが面倒だったこともあり,帰り道にある大井町のヤマダ電機に足を運びました。

 大井町のヤマダ電機は規模も大きいですし,ここ最近「Macに力を入れていてよく売れている」という提灯記事を何度か目にしており,「どうしてこれが売っていないのだ」と何度も期待を裏切られて来た事も忘れて,アキバでは深夜販売もやってるような話題の商品を,まさか発売日に売ってない,なんてことはないだろうと,心配もせずに売り場に向かいました。

 しかし大井町のヤマダ電機,またしても私の期待を裏切ってくれました。

 私の周りには2台のインストール対象のMacがあり,どちらもアップグレードを行う予定です。シングルライセンスが3300円,一方5ライセンスのファミリーパックが5600円です。激安なのはこのファミリーパックで,Macが2台あれば,もうその段階でファミリーパックを買う方がお得という話になります。

 ここ最近のMacの売れ方や,既に家族で1台から個人で1台の時代になっている状況を考えると,今回の値付けだとファミリーパックがかなり売れそうだと,私は思っていました。

 発売日の夜,ヤマダ電機のSnowLeopardコーナーに足を運ぶと,ファミリーパックは価格だけが出ています。店員さんに声をかけると,シングルライセンスだけ在庫があると言うではありませんか。

 はっきりとは言わなかったのですが,入荷していないと言ったような口ぶりです。発売日がずれたのかと思って他のお店にもないのですか,と聞いてみると,他のお店のことまではわかりませんと,逃げられました。少なくとも発売はされているようです。

 ここでSnowLeopard祭りに参加するため,損を覚悟でシングルパックを2本買う手もありましたが,ファミリーパックが限定という訳でもないでしょうから,買わずにかえりました。私はヤマダ電機については,お店を出るとき1円も使っていないことが大半です。買う気満々の人を手ぶらで逃すことは最大の失敗だと,私は店頭に立っているときよく言われたものです。

 翌日,20年来の友人と,吉祥寺で久々に会う約束があったので,吉祥寺にあるヨドバシで再チャレンジを試みました。16時半頃に行ってみると「入荷未定」とあります。入荷した数量が少なく,売り切れたのだろうと想像が付きますが一応店員さんに話を聞いてみることにしました。

 すると,やはり売り切れたと。今日の14時頃までは残っていた,シングルライセンス品は大量にある,という返事でした。入荷未定が気になったのですが,これは単純に通常品だけにメーカーに在庫があればすぐに入ってくるし,なければ時間がかかるという意味で,はっきりした納期が分からないという意味で書いているので,入手が難しいという意味ではないという話です。

 しかし,翌日の日曜日には人柱になってみたい私としては,手に入らなかった(それもあと少しの所で逃した)ことの悔しさも手伝って,なかなかすっきりしない気持ちでいました。

 友人は奥さんが今実家に戻っているため,ステートが何年ぶりかの独身状態に遷移しているのですが,かわいそうに財布の紐はしっかり握られているため,自由に遊ぶわけにはいかなかったようです。(奥さんが不在の間の2週間,夕食を作り置きして冷凍してあるという話を聞いて私は戦慄しました)

 しかし「結婚式に来てくれた友人と飲むの~」と私をだしに使い,飲み代として特別予算の獲得に成功したとのことで,普段は思い通りにならないことを思うがままにやりたいと,17時前からラーメン->回転寿司->焼き鳥という,およそ大人の飲みとは思えないような濃厚フルコースを二人で堪能しました。(私は食べ過ぎで動くのもままならなかったです)

 焼き鳥の次に飲みに行こう,とふらふら20時頃(そう,20時頃です)に歩いていると,偶然ヤマダ電機が目に入りました。つくづくヤマダ電機に縁があるなあと考えていたのですが,一応ファミリーパックがあるかどうかを見ておこうと思いつきました。

 ほろ酔い気分で階段を上がってMacのコーナーへ行くと,なんと普通にファミリーパックが売られていました。こんな事もあるんだなあ,と思いながら無事に購入,私の中で初めてヤマダ電機のランクが1つアップしました。なんか吉祥寺のヤマダ電機は,商品の並べ方1つとっても商売の基本に忠実で,好感触でしたよ。

 ということで,入手に手間がかかった上,偶然に近い形で買うことが出来たSnowLeopardを,日曜日にインストールしてみました。

 私は基本的にクリーンインストールは行わず,アップグレードで使っている人です。確かに互換性の低いドライバが残ったり,設定情報の不一致に悩まされることもありますが,現在の環境をそのまま引き継げることはとてもありがたく,結局そうして今まで使ってきました。幸いなことに,それでも特に問題を出さないのがMacOSXの良いところです。

 バックアップは普段からTimeMachineで取っているので,万が一の場合もまあなんとかなるでしょう。躊躇せずDVDをセットし,インストーラを起動します。

 RosettaとQuickTime7はオプション扱いになるので,カスタムインストールを選択。ここでそれぞれにチェックを入れて,後は放っておくだけです。

 私のMacBookProで約1時間。特にトラブルもなく無事に終了しました。

 その後Xcodeをインストールして,作業は終了。

 ぱっと触ったところ,特に問題はなさそうです。いつも一部の設定が引き継がれないままおかしな動作をしたりするものですが,今回はそれも少ない印象です。

 一通り機能を試し,その過程でWindowsの開け閉めなどFinderの動作の軽快感に満足して,これなら使えるという感触を持ちました(ただ,とある古いUSB機器のドライバがはじかれてしまいました。これはもう捨てましょう)。口元に血の付いたユキヒョウの壁紙も見ましたし。

 そうなると,次に試したいのは64ビットカーネルです。

 私のMacBookProはEFIが64ビット対応ですので,デフォルトは32ビットカーネルでの起動ですが,「6」「4」キーを押して起動すると64ビットカーネルで動いてくれます。

 SnowLeopard発売直前に,ローエンドの機種では32ビットカーネルしか動かない,これはアップルの差別化戦略だ,けしからん,という記事がでていたことで,MacBookのユーザーは(先の友人もそうですが)複雑な気持ちのようです。ただ誤解のないように言っておくと,カーネルが32ビットでもアプリは64ビットモードのものが動きますし,そのオーバーヘッドもほとんどない,というのがアップルの公式見解です。

 Windowsの場合,32ビットと64ビットは全く別のOSとなるため再購入,のち再インストールが必要になってしまいますが,MacOSXの場合は32ビットモードと64ビットモードが1つのOSに統合されているハイブリッドシステムですので,ユーザー(特に一般のコンスーマ)にとって,その違いを意識しなければならないシーンはほとんど存在しません。(PowerPCのバイナリさえ動くOSですからね)

 また,64ビットになって最も重要なメリットであるメモリの話も,Leopardなら(厳密にはTigerの10.4.4から)32ビットカーネルでもPAEによって32GBまでサポートしていますから,1プロセスが使えるメモリサイズに制約があっても,多くのユーザーにとって32ビットか64ビットかは気にしなくても良い話です。

 どっちでもいいならデフォルトを64ビットカーネル起動にしたっていいじゃないか,と思うところですが,いかにMacOSXとはいえ,カーネルが64ビットなのにドライバが32ビットでいいわけはなく,64ビットのドライバがなければ周辺機器は動作しません。

 デフォルトで64ビットカーネルが起動するのはXserveだけなのは,普通のユーザーは互換性と実用性から32ビットカーネルを選ぶのが自然であるというAppleの意思表示でもあります。もちろん,MacBookのEFIが32ビットなので,どうあがいても64ビットカーネルで起動できないという問題はあるかもしれませんが,だからといって64ビットになるメリットはありませんし,32ビットでも十分64ビットCPUを使いこなせるのですから,私自身はこの点を今は問題だとは考えていません。


 それとは別に,せっかく64ビットカーネルで起動できるマシンが目の前にあるのですから,試して見る必要はあるでしょう。てことで6と4を押しながら再起動しました。

 別に動作に問題がないだけなら32ビットカーネルで動かそう,と思っていたのですが,実は私の場合,64ビットカーネルにしたことで大きなメリットを得る事になりました。それは,eSATAのExpressカードが抜群の安定度を見せるようになったことです。

 半年ほど前,なかなか安定せず散々な目にあったeSATAカードですが,今はSil3132チップのカードを騙し騙し使っています。一度再起動をしてから使えばとりあえずカーネルパニックは発生しないので,これを使うときには面倒でも再起動をかけています。

 64ビットカーネルでこのSil3132チップを試して見ると,RAIDカードとして認識するようですが,HDDをマウントしてくれません。そこでVintageComputerで購入し,一度もまともに動いてはくれなかったJMB36xチップのカードを恐る恐る突っ込んでみました。

 SATAカードとして認識し,HDDもマウントします。まだ安心できません,大きめのファイルを何度かコピーしてみると,以前の検討の時とはうってかわって,高速で読み書きが出来ています。この間一度も不審な動作はなし。

 JMB36xのドライバはAppleがLeopardのころから用意していますし,ブートも可能なチップですから,いわば公式です。だから64ビットドライバも標準で用意されているのでしょうが,32ビットモードでもちゃんと動いてしかるべきところです。

 32ビットモードで動かないのは,なにかJMB36xのドライバとぶつかる他のドライバか何かがあり,これが64ビットモードでは読み込まれないため,本来のドライバが正常に動作しているのではないかと,そんな風に考えました。

 どっちにしても,このeSATAカードを経由し,高速で大容量のHDDになんの心配もなくアクセス出来るというのは,私にとってはものすごく大きなメリットで,この段階で私は64ビットモードでの起動をデフォルトにしました。余計なドライバを読み込まず,純正のドライバだけが読み込まれるフィルタとして64ビットカーネルを使うという発想は,これまでなかったです。

 
 64ビットカーネルを標準として使い始めて,私が気付いた問題点を挙げてみると,

(1)システム環境設定のうち,Processor,Flip4Mac,huey,Wacomのタブレット,KeyRemap4Macbookの5つを起動すると,システム環境設定を一度終了し再起動するよう促される。システム環境設定を再起動した後は問題なく開くことが出来るが,システム環境設定を終了してしまうと,次はまた再起動を促される。

(2)メールの送信が出来なくなってしまった

(3)WILLCOMのWS002INが動かなくなった

(4)KeyRemap4Macbookが動かなくなった

(5)Cyberduckが動かなくなった

 くらいです。


 (1)が一番気になったことなのですが,32ビットカーネルでも64ビットカーネルでも起こる問題です。理由は,これら5つの環境設定パネルが32ビットコードで書かれており,64ビットアプリである「システム環境設定」からでは開けないことにあります。そこで「システム環境設定」を32ビットアプリとして再起動し,32ビットコードの環境設定パネルを動かすという手順を踏むわけです。

 ただ,やっぱり気持ち悪いですよね。そこでいつものようにgoogle先生に聞いてみると,まずFlip4Macはβ版で対応しているとのこと。試して見ると問題なし。

 次にKeyRemap4Macbookですが,同じように困っている方が野良ビルドのバイナリを配布して下さっていたので助かりました。作者さんはお忙しいそうですが,そのうち正式対応されることでしょう。

 hueyは対応版は出そうにないですが,キャリブレーションソフトはちゃんと動きましたし,結果はICCプロファイルとして保存されるので,一応結果は反映されるようになります。ただ,SnowLeopardはガンマが2.2に改められるので,1.8前提のhueyがそのまま使えるかどうかは怪しいと見ています。

 Wacomのタブレットは,対応ドライバが出ていました。出ていましたが「システム環境設定」アプリの再起動は必要で,動作は問題なしというドライバでした。中途半端ですが,まあ仕方がありません。

 結局あきらめたのはProcessorです。Xcodeをインストールするとこれが使えるようになるわけですが,残念な事に32ビットコードであることに加えて,「システム環境設定」の再起動後も,クロックが0GHzと表示され,メニューバーへの表示も行われないということで,まともに動いてはくれません。

 (2)も64ビットに関係ないのですが,今回のアップデートで,SMTPサーバの設定のうち,ポートが25以外もデフォルトになりました。私のプロバイダでは,25以外だとパスワード認証が必要になっているのですが,今まではデフォルトが25だったのでパスワード認証をしていませんでした。

 結果,パスワード認証をすれば問題なく送信できますが,なんとなく面倒臭かったので,ポートをデフォルトから25だけを使う設定にしました。面白いのは,デフォルトでパスワード認証をしない設定ではメールの送信は出来ないが,接続試験はパスしてしまうことでしょうか。はめられましたよ。

 (3)は,WS002INで使っているUSB-シリアル変換チップのドライバが64ビットモードで動かないのが原因のようで,これはもう私ではどうにもなりません。幸い滅多に使いませんし,32ビットモードで再起動すれば動きますから,万が一使いたい場合には32ビットモードで動かすことにしましょう。

 (4)は,(1)でも書きましたが,野良ビルドのバイナリで解決です。32ビットモードなら対策前のドライバでも設定は有効になっていたのですが,64ビットモードでは全く動作してくれませんでしたので,本当に助かりました。

 (5)はSnowLeopard対応のβ版が出ていましたので,これで解決。

 PhotoshopCS3も,ScanSnapも,CaptureNX2も軽く試したところ,とりあえず動いています。PM-G850も問題なさそうですし,他のアプリも概ね問題なく動いています。turbo.264HDについては,SnowLeopard対応の1.0.3が出ていたので,これを試して見ようと思います。

 まだまだ全部の機能を試せているわけではありませんが,仮に問題があっても32ビットモードにすれば済む話ですし,普段の作業は64ビットモードで全然問題がないので,SnowLeopardにして大満足,ということろでしょうか。

 普段よく使うSafariやMail,iChat,Spotlightやプレビューがサクサク動くことで効率もアップし,外付けHDDを冷や冷やしながら使う事もなくなり,本当にうれしいです。

 もっとも,音楽関係のアプリやCanonのスキャナなどは,まだ試していませんが64ビットで動くとは思えないので,しばらくは使い分けになりそうな感じですね。そんな状態ですから,むしろ32ビットモードでもeSATAカードが安定して動くようにすることが合理的解決策な気がしますが,私のような人は64ビットモードで意地になって使い続けるのではないかと思います。

 まあしかし,これだけ軽快に動くのなら,それだけでも3300円の価値はありますよ。特にSafariは無償で配布されるSafari4とは違い,64ビット化されている上,プラグインが別プロセスになっているので,クラッシュしても救われます。それにちょっとしたことですが,メモリカードなどをアンマウントして取り出すことが出来なかった場合に,その理由を教えてくれることもなかなかうれしい機能です。

 世の中,Windowsの高速化ツールが有料で売られているくらいです。対応機種の方は,Appleからのプレゼントを素直に受け取っておくべきと,私は思います。

 
 

今年の花火2

 花火の続きです。

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 今年はちょっといつもと違っていて,毎年友人宅にて,友人と友人の妹さんと私の3人で見るようにしていたのですが,今年は妹さんは花火の時に出かけていてたぶん不在,それならと友人はうちで過ごす,という話になりました。

 ところが,花火が終わってから友人が妹さんと連絡を取ると,なんと妹さんは花火に間に合うように帰宅してくれていたというのです。妹さんには,友人がうちにくることが伝わっていなかったようで,かわいそうに一人で花火を見ることになってしまいました。

 この顛末を聞いて私は大変残念に思いました。自分がそういう状態になったら,どんなにがっかりするだろうかと。さらに妹さんは,友人と私にそれぞれ,出かけた先でプレゼントまでわざわざ買ってきてくれていたのです。

 これはもう,花火どころの話ではありません。妹さんと私は滅多に顔を合わせることがないので,妹さんは今回久々に会う機会をちゃんと考慮してくれていたんだと思います。本当に悪いことをしました。

 友人から聞いた,「べっ別に・・・」というツンデレ風味の妹さんからの伝言が,胸に刺さります。

 今度大阪に戻ったとき,妹さんだけに551の豚まんチルド4個入りを買ってこようと思います。

今年の花火1

 今年も多摩川の花火大会が,さる8月22日に行われました。

 世田谷区と川崎市の共催になったことは昨年と同様なのですが,世田谷側の打ち上げ場所にほど近い友人宅には今年は都合で行かず,友人をうちに招くことになりました。

 うちはもともと見やすい場所にあるわけではなく,花火は見えないのではないかと思って,花火の音を聞きながら焼き肉でもするか,と食材を買い込んでいたわけですが,始まってみると結構ちゃんと見る事ができました。

 高い位置から見るわけでもなく,さりとて低いところから見るにはちょっと遠いという中途半端な立地で,何の用意もせずにあわてて持ち出したデジカメの準備不足もあり,撮影した写真はなんとも心のこもっていない,つまらないものになってしまいました。

 が,せっかくですので10枚ほど上げておきます。

 今年ははじめてK10Dを使ってみました。レンズはFA35mmF2です。手持ちですので派手にぶれています。

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 次,なにやら動物の顔らしいのですが,さっぱりわかりません。

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やるべきこと

 このところ活動が鈍ってしまい,張りのない生活に甘んじているわけですが,D-70の修理とリモコンの修理(どちらもフレキの破損)に区切りを付けて以降,これといって仕掛かりの案件もなく,暑さも手伝ってだらけている毎日です。

 とはいえ,いろいろ頭の中では「やらねばならぬ事」が浮かんでいるわけで,まとまった時間が取れたらぜひやろうと画策しています。

(1)カセットデッキの不安

 私はA&D(というかAKAI)のGX-Z9100EVというカセットデッキを新品で買って以来,ずっと手元に置いてきました。さすがに最近は年に一度か二度かという程度の通電ですが,ピーク時には毎日のように使っていた記憶があります。その割には故障もなく,現在まで(感覚的には)初期の性能を維持できているように思われます。

 しかし購入後18年も経過すれば,さすがにおかしくなっていないわけがなく,とりあえず音がちゃんと出てくるというだけでも大したものだと自画自賛したくなります。裏を返すと,いつ壊れてもおかしくないわけで,その時の準備をしておく必要があると考えています。

 1つには,いわゆる持病と呼ばれる壊れやすい場所の把握です。GX-F91以降のカセットデッキのメカの場合,どうやら左側のピンチローラーの固着が持病らしく,これが起こるとピンチローラーとテープガイドを外さないといけないらしいのです。

 テープガイドを外してしまうと,テープパスの調整が必須となるわけで,そのためにはテストテープが必要になる・・・てなわけですが,このテストテープというのが現在宝物級の貴重品です。素人には入手不可能,しかもこれらは消耗品です。現在でも製造と販売は行われていますが,国内では実質1社だけがやっているような感じです。需要がなくなれば作られなくなるのは明白ですから,あと何年テストテープが市場に出されるのかと,不安になります。

 いずれにせよ,素人には販売されていませんので,オークションや海外からの輸入を行って手に入れるしかないようですが,もし信頼できるよいカセットデッキがあるなら,これで信号を録音してテストテープとしてもなんとかなります。

 幸いなことに,現在はPCをオーディオ用のオシレータとして使い,十分使い物になる信号を用意できるようになったので,これを録音すればなかなかよさそうです。

 問題は信頼できるカセットデッキですが,結局私の場合,現状を1つの基準としてテストテープを作るしかありません。ただ,仮に故障して調整を今作ったテストテープで行った場合でも,少なくとも現在と同じ水準までは戻せるということになります。これは大きいです。

 GX-Z9100EVはクオーツロックによるキャプスタンモータの回転制御を行っているので,ベルトの劣化がない限りテープ速度は狂いません。ヘッドの摩耗や劣化は基本的にフェライト製であるスーパーGXヘッドですから心配なし。バイアスが狂ってしまうことも問題ですが,そこは3ヘッドでバイアス調整機能があるので,これも問題なし。

 アジマスやヘッドの位置,テープパスはさすがに初期位置のままというわけにはいかないでしょうが,10年前に録音したカセットテープの音が,CDと聞き比べて大きく変化していないということなら,十分実用レベルにあると考えて良いでしょう。

 テストテープにふさわしい新品のテープを選ぶ作業が悩ましいですが,サービスマニュアルを見て考えたところ,とりあえずヘッドの高さ調整に1kHz,アジマスとイコライザの調整に10kHz,再生出力レベル調整に315Hzを用意し,ついでにテープ速度調整の3150Hzを作っておこうと思います。

 2ヘッド機だと録音レベルと再生レベルの一致が面倒な訳ですが,3ヘッドの場合には出力レベルが狙ったところに来るように,録音レベルを合わせれば良いわけですから,現在のカセットデッキのコンディションを「記録」するには,ぴったりのシステムだと思います。

 高温多湿の季節のまっただ中で,春頃にやっておけば良かったと反省しきりですが,近いうちにとにかく現状におけるテストテープを4本作ろうと思います。


(2)ゴムベルトの不安

 カセットデッキ繋がりでもあるのですが,なにせディスクとかテープとか,回転ものというのはゴムベルトの世話になるものです。このゴムベルトというやつ,経年変化で伸びるは溶けるわで,必ず劣化するものです。

 個人的に思うのは,プラスチックとゴムによって作られた部品が多く使われた製品は,安くて初期性能も良いのですが,5年もすれば必ず壊れます。金属部品の多かった昔の製品は,10年くらいは壊れずにいたし,壊れてもなんとか修理が出来たものです。こうした有機物に頼る製品というのは,必ず壊れる運命にあります。

 私が長く使っている旧式のDVDレコーダもそうですが,ドライブのトレイが出てこなくなり,分解するとやはりゴムベルトが伸びてスリップしていました。その時は偶然交換出来るゴムベルトが手元にあったので修理が出来たわけですが,太さ,長さが一致するベルトが手元にある可能性など,ほとんどありません。

 しかし,真っ先にダメになるのはゴムベルトです。

 手軽に交換が出来れば別によいのですが,実のところ入手が案外難しいのです。秋葉原で数件取り扱いのある店がありますが,ここもいつもあるというわけではなく,欲しいサイズが必ずあるとは限りません。

 それに,交換してもまた数年でダメになるわけですから,なんだか馬鹿馬鹿しくなってきます。

 根本的には,もう回転ものは買わない,と言うことになるのですが,今あるものでお気に入りのものは,なんとか維持しなければなりませんが,生命線であるゴムベルトの確保に,数年前から決定打と思われる素材が手に入るようになりました。

 バンドー化学(そう,かの有名なBANDOです)の,バンコードというものです。

 私は日本橋のお店で買いましたが,問い合わせが多いのか,今は東急ハンズでも買えるようです。

 これは熱可塑性ポリウレタンで出来たオレンジ色の紐で,直径は一番細い品種が1.5mmです。

 結局の所,ゴムベルトというのは,ベルトとして機能するために輪っかになっていないといけないわけですが,そのサイズが様々なので,入手も難しい訳です。代用が利きませんからね。

 なら,必要な大きさのベルトを作れるようにすればいい,という話になるわけで,この夢のような作戦を実現するのが,バンコードなのです。

 バンコードを必要な長さに切り,両端をハンダゴテなどで溶かします。素早く両端をくっつけ,1分ほど固定します。

 冷えるとちゃんとくっついているのですが,まだ完全にくっついているわけではないので,焦らず一晩放置すると,引っ張っても簡単には取れないくらいの強度になります。

 溶着部の盛り上がったところを削ってなめらかにすると完成,ということですが,実は私は数年前に購入し,一度もうまくいったことがありません。

 基本的に鈍くさい私は,失敗ばかりです。

 熱し方が下手なのかうまくくっつかない,くっついてもまっすぐ繋がっていない,今度こそ出来たと思ったら少しねじれていた,もう一度頑張ってみたらぽろっと溶着部が外れてしまった,今度こそ完璧だ!と喜んでいたらちょっとサイズが小さかった・・・等々,なかなかうまくいかないのです。

 そんなこんなであきらめて,とにかく機会があるごとに様々な太さや大きさのゴムベルトを集めるようにしてここまで乗り切ってきましたが,それもさすがに不安になってきました。これからどんどんベルトが劣化してくる機材が列をなしています。

 目下の問題は,Walkmanです。テープ式のWalkmanなどもう使う事はありませんが,やはり完動品として手元に置いておきたいものです。WM-EX60という当時もWalkmanのなkでは廉価版だったモデルですが,これがもう惨めなくらいゴムベルトが伸びていて,どうにもならないまま放置してあるのです。

 交換したいのですが,非常に細いゴムなので,簡単に手に入る1.0mm程度のベルトではちょっと無理があるようです。

 0.8mm位のベルトを自作出来ればいいんですが,いろいろなアイデアを考え中です。糸ドライブなんてのはどうですかね,高トルクにはスリップして耐えられないだろうし,そもそも糸をどうやって結ぶのか・・・いやー,難しいものです。

 0.8mmの厚さのゴムシートを切り抜いて作るというのもいいアイデアだと思ったのですが,残念な事に内周と外周の間が1.0mm以下に出来るほど,私は器用ではありません・・・

 アルミの板にコンパスでV字の溝を彫り込み,ここにゴムを流し込んで作ってみると良いかもしれません。問題はどんなゴムを使うか,ですね。

 どっちにしても,一筋縄ではいきそうにありません。


(3)フィルム現像の不安

 カメラやレンズの修理からちょっと遠ざかっていたことと,すっかり引きこもりになってしまったことで,フィルムの消費量が激減したため,ようやく半年以上経過した現在,10本ほどの未現像フィルムがたまりました。

 カラー現像キットは薬品を作ると2週間ほどで使い切らないといけないわけで,出来るだけ現像液の寿命に達するだけのフィルムをためないと,もったいないです。

 そうこうしているうちに半年近くも経過してしまえば,撮影済みフィルムが劣化してしまいますよね,困ったものです。しかも,修理や調整の最終テストに使ったフィルムが大半なわけで,現在に至るまでそれらの結果をみていないというのは,非常に問題があると自分でも思います。

 特に,先日のオリンパスPENです。どれくらい映っているのかまったく分からないまま,現在防湿庫に鎮座しているわけですから,もし現像後の結果が芳しくないならどうしようかと,不安になるものです。

 現像は時間がかかる作業です。カラー現像はそれでも短時間で出来るのですが,どんなに効率的に進めても,1時間に3本が限度です。

 ただ,タンクから引き上げ,リールからほどいて,おもりのついたクリップで吊した時に見える「コマ」を見ると,いつでも感激します。やっぱり現像直後に「おお」と感動するのは,我々からは姿を見ることの出来ない,光の届かない世界でずっと生きてきたフィルムが,現像という魔法によって明るい日の光を浴びる世界にその姿を見せるという,まさにその瞬間に立ち会えるからではないかと,思ったりします。

 そう考えると,自動現像機のなんとつまらないことよ。写真から神秘性を奪った張本人かもしれませんが,その自動現像機も絶滅の危機に瀕しているので,もう批判はよしましょう。

 オリンパスPENがどれくらいの状態であるのか,早く知りたいのは山々ですが,これもやっぱり,取りかかり始めるのに勇気が必要なだけに,どうしたものかと思っているわけです。


(4)音楽CDの不安

 若い頃,CDは20年は大丈夫と言われ,まさに永久の命と思えたものですが,あれからすでに20年が経過し,どんなものにも例外なく死はやってくると知ると,なんとかせねばならんと考えるようになります。

 一応,音楽業界としては,我々が支払った対価は音楽そのものではなく,音楽を入れた器に対する対価,と考えているそうで,つまり器にひびが入り,中身がこぼれそうになるから,新しい器に入れ替えよう,と言うごく普通の考えが通らないらしく,私はしっくりきません。

 一応,個人でのバックアップというのは認められているという考えもあるので,それに従い自らの所有物を,可能なうちに守っておこうと考えています。

 我々が知った事は,結局器はいつか壊れてしまう,しかし中身は永遠であるということです。

 従って,その時々の器に,中身を移し替えて維持することは,中身を所有する人間の義務とも言えるかもしれません。

 CDをCD-Rにコピーするのではなく,HDDにデータとして記録しておくこと,もっというと器にはもはや価値はない,というお話です。

 考えてみて欲しいのですが,CDでもレコードでも,「何枚」という単位で数えますよね。ビートルズのCDを3枚持っている,という言い方はごく普通です。

 しかし,これはCDという器にフォーカスした視点であり,その中身を的確に表現しているわけではありません。慣例として,アルバムの単位を「枚」といっているだけです。

 これをHDDにいれてしまうと,ビートルズのアルバムを3タイトル持っている,になるわけで,これこそとっても我々にとっても,またビートルズにとっても,正しい表現であると思えてきませんか。

 我々は工業製品としてのCDではなく,芸術作品としての音楽にお金を支払っているからこそ,同じ規格のCDであっても売れるものと売れないものが出てくるわけで,その対価はCDに対してのものであるという理屈に,どうもしっくり来ないのはこういう理由から,なのです。

 まあそんな理屈はともかく,私のBlizzard of Oz(輸入盤ですでにアルミの蒸着面にポツポツと穴が空いている)が読み取り不能になる前に,手を打たねばなりません。HDDは1GB位を買って来ると間に合います。しかしエンコードはどの形式で行うべきか,管理はどのソフトで行うべきか,悩むべき要素がまだまだ残っています。


(5)歪率計の心配

 歪率計が欲しいと思って数年が経ちました。オーディオ専用の測定器だけに,新製品が出ることも少なく,また高価ですし,ついでにいうとプロの現場でも主力測定器として扱われることが減りました。その証拠に,レンタル落ちの歪率計が出にくくなっているように思いませんか?

 買うと高価な割に出番が少なく,しかし他に代用が利かない測定器が,ずばり歪率計です。

 そこで,この際だから作ってしまうか,と考えたのが3年ほど前の話です。作るといっても歪率計を自分で設計するのはちょっと自信がないですから,雑誌の製作記事を探して見ますと,1987年のトランジスタ技術になかなか適当なものが掲載されているようです。

 0.001%が測定出来るようなものはさすがに自作出来ませんが,そもそもそういう測定器は個人で買うのも難しいくらい高価ですし,校正も必要です。まあ0.05%くらいが測定出来れば,素人の真空管アンプ製作には十分です。

 ということで,部品はすでに集めてあるので,作るだけなのですが,これがなかなか取りかかれません。作業にかかると2,3日はこればっかりになると思うのですが,それはそれで楽しそうな反面,相応の覚悟が必要です。


(6)スキャンの心配

 実家から1986年のトランジスタ技術を持ち帰ってあります。目的はもちろん,スキャンのためです。

 もともと,1980年代以前の雑誌はスキャンしないことにしていました。貴重だからと言う意味でですが,トラ技についてはすでに広告が失われていますし,内容も今読んでも面白いものが含まれているので,一応1986年以降をスキャンし廃棄することにしました。

 12冊に加えて他の本も数冊持ち帰ってありますが,これ全部をスキャンすると,実は半日以上かかります。スキャンそのものもより,スキャン後の確認作業に時間と忍耐が必要なのです。

 しかし,持ち帰っている以上ほっとくわけにはいきません。まずこれから処理していくしかないかなあと思っています。


(5)他の心配ごと

 本がたまっています。10巻セットの文庫,2巻セットのビジネス書,技術書が数冊に,毎月出る雑誌に毎週出る「鉄道データファイル」と,こなすべき本が多くて困ったものです。特に鉄道データファイルはいよいよグランドフィナーレに向かっており,残り20号を切りました。

 そのせいでしょうか,途中で随分と駄文を展開したツケがたまっており,1号あたりのページ数が増えています。また,1つ1つの説明も薄くなっており,正直にいって面白くありません。でも,読まないでおくとたまってしまうことはわかりきっているので,とりあえず読むようにするという,この苦しさです。

 そんなに苦しいならやめればよい,それもその通りです。しかし,あと少しで300号をコンプリートするという,その達成感のために,私は頑張っているのです。300号か・・・1冊560円として・・・


 そんなわけで,いろいろ考えているうちが楽しいのかもしれません。なにから片付けるのが幸せでしょうか。