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スピーカーのエッジを交換する

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 私が社会人になった翌年だったと思いますが,小型のブックシェルフスピーカーが欲しくて,夏休みに帰省した際に買ったのがJ520MというJBLのスピーカーでした。

 2本セットで2万円か3万円かそんなもんで,JBLでもこんな値段で買えるんだなあと思って買ったのですが,音はやっぱり値段相応で,特に満足も不満もなく使っていました。

 今から7年ほど前,KT88シングルのアンプとこのスピーカ,そしてマランツのCD8000というこれまた安物のCDプレイヤーをセットにして,当時新築したばかりの実家にプレゼント(迷惑だったかも知れませんが)したのですが,母に聞くと時々は使っているようです。

 ところが,先日私が音を出してみると,どうも低音が細く,バスドラムにタイトさがありません。10cmのウーファーじゃなあ,と思っていたのですが,もしやと思ってよく見てみると,ウレタンでできたエッジがボロボロになっていました。

 いやはや,噂には聞いていましたが,これがウレタンエッジの加水分解ですか・・・

 音を出すとボロボロと崩れるような状態ではありませんが,指で押せば押したところがへっこんだままになりますし,ひっかけばめくれたようになって穴が空きました。

 考えてみれば購入して12年以上が経過しているわけで,そりゃダメになるわなあと考えた次第です。

 大したものでもないからこの際捨ててしまおうかと思ったのですが,このころのJBLって廉価版でも「Made In USA」なんですね。エンクロージャも結構しっかりと作られていて,10cmウーファーの2Wayにしては無理をしてないゆとりのある大きさです。

 ちょっともったいないなあと思って調べて見ると,やはりありました。交換用のウレタンエッジを売っているお店が。

 多くの機種に対応できており,その中からJ520Mに合致するものを選ぶのは大変そうです。サイズが少し違うんですがJ520Mに対応と書かれたものがいくつかあって迷います。

 しかしそもそもエッジを交換するということが特殊な事ですから,多少のサイズの違いくらいは気にしないのが醍醐味です。(といいつつ,実はこれがのちのち足を引っ張ることになるのですが・・・)

 外周の直径が112mmと124mmの2種類が用意されており,どちらにすべきか迷いましたが,112mmが1500円,124mmが1900円ということなので,112mmを買いました。1本400円の差ですから,2つで800円ですよ。この差は大きい。外周のサイズは小さくてもokと書いてあったので,大丈夫でしょう。

 専用の接着剤も一緒に買い,この週末,高校時代の仲の良い友人の結婚式に出席するのにあわせ,実家で作業にかかりました。

 まず,劣化したエッジを除去します。指でボロボロと剥がしていくのですが,思う存分スピーカーを壊せるという夢がかなった瞬間である一方で,案外やってみるとつまらない上,溶けたウレタンと接着剤でドロドロになったカスが指にこびりつき,気持ち悪いです。

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 フレームに残ったウレタンを彫刻刀で削ぎ,コーンの裏側に残ったウレタンと接着剤を丁寧に剥がしていきます。はっきり言ってここが一番苦痛です。

 コーンは基本的には紙製なのですが,表面は樹脂でコーティングされています。エッジを貼り付ける裏側は紙がそのままになっていますので,注意して剥がさないと破れます。

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 結局1時間以上かけて古いエッジを剥がし,いよいよ新しいエッジを取り付けます。ここまで来れば楽勝と思っていたのですが,接着剤を塗る前に試しにはめ込んで見たところ,どうもエッジがやや小さい上に,コーンの傾斜角度とエッジの角度が違っていて,密着してくれません。これはかなり難易度が高そうです。試しにオリジナルと違う,コーンの表面にエッジを貼り付けるようにしてみると,あつらえたようにぴったりです。しかし,オリジナルと違うことをしてしまうとろくな事はありません。

 なんとかなると見切り発車をしたのですが,やはり作業は難航。先にコーンとエッジを接着剤で貼り付けるのですが,エッジの内径がやや小さいため,コーンがかなり窮屈そうなのです。エッジを少し引っ張りながら接着すると,エッジが元の大きさに戻るときにコーンを歪ませたり,しわを寄せたりします。

 なにせ水性の接着剤ですので,コーンの裏面の紙から染みこみ,ふにゃふにゃになります。これも想定外でした。

 接着剤の乾きが遅く,くっつけてもすぐに浮いて隙間ができるのを指で押さえて,どうにかこうにか接着ができたのは,さらに1時間が経過してからでした。

 コーンにあたった光の反射を見てみると,明らかにコーンが歪んでいるのが分かります。きっとコーンへの応力も部分部分で違っているでしょうから,明らかにおかしな振動をしそうな感じです。

 しかしやり直せばさらにドツボにはまるものです。ここは涙を飲んで,フレームへの接着に進みます。

 もともとダンパーがしっかりしているので,センター出しの作業にはそんなに手間はかからないだろうと思っていましたので,軽く触ってボイスコイルが触っていないことだけを確認して,さっさと接着をしました。

 うまくいっていないと思っていたのですが,エッジとフレームは接着剤がなくても密着してくれているので一安心です。

 1つ目が苦労の末にそこそこのレベルになったのに気をよくしつつ,もう1つのユニットも交換を始めます。

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 ところが油断しました。劣化したエッジの除去まではよかったのですが,新しいエッジをコーンに接着するのに失敗し,ぱっと見るだけでコーンが変形しているのが分かるほどです。かなりの応力がかかっていることが手に取るようです。

 なんとか修正をしようと思いましたが,コーンがふやけてしまい,いじるほどコーンに歪みが出ます。そうこうしているうちに接着剤が乾いてしまい,びくともしなくなりました。

 まあ仕方がない。気を落とさずフレームに接着しよう。

 しかし,1つ1つの作業は丁寧にしないといけないですね。1つ目はエッジをフレームがぴたっと密着していましたが,2つ目は一部で浮いて隙間ができています。明らかにエッジが,ある方向に無理に引っ張られて変形しているようです。

 かなり失敗の空気が漂う中,作業を進めます。同じようにセンター出しをさくっと済ませて接着剤を塗り固定します。隙間が空くと空気が漏れるので,接着剤であなを埋めていきます。

 そして1時間ほど経過して,コーンを押してみます。ところが,ある部分を押したときだけ,「ガサゴソ」と嫌な手触りが伝わってきます。そう,ボイスコイルが触っているようです。

 つまり,エッジが変形しているのをそのままくっつけたものだから,ボイスコイルが斜めにストロークするようになったんでしょう。

 こりゃまずい。これは妥協できません。

 エッジとフレームを接着している接着剤を慎重に剥がし,さらに余計な接着剤を針で除去して,もう一度やり直しをします。こういう場合,私は大概コーンを破るとかしわを作るか,復旧不可能な致命傷を負い,再帰できなくなります。

 絶望的な,しかし失うものは何もない,という心意気でザクザク作業を進めたところ,奇跡的に成功。

 しかし,やり直しが可能になっただけのことです。次にうまく接着できるとは限りません。

 接着剤を塗り,慎重にセンター出しをしながら固定を試みます。やはりエッジが変形しているのがわかります。

 しかし,エッジを少し引っ張りながら,センターを出していきます。接着剤が乾き始める20分ほど格闘し,ようやく固定されました。

 乾いてから隙間を埋めて,さらに乾くのを一晩待ちました。

 翌日,幸いなことにしっかりと固定されており,センターも出ているようで,ボイスコイルの接触も見られません。ただ,2つ目はコーンの歪みが目立ち,どう考えてもオリジナルと同じ音が出そうにありません。しかも,左右で全然違う音が出てくることでしょう。

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 元のエンクロージャに取り付け,音を出してみます。

 まず,ビビリが出たり,歪みが出たりと,スピーカーとして動かないという状況はありません。音は普通にでます。

 エッジを交換すると,さすがに低音にタイトさが戻ってきますね。相変わらずナローレンジなスピーカーですが,以前のような「だらーん」とした音はしなくなっています。

 ただ,やはり左右で特性が違うんでしょうね,定位感が薄くなり,ちょっと散らばる印象です。まあ,リスニングポジションも良くないし,最初から期待する方が無理ではあるのですが,もうちょっとうまくできたはずと,残念でなりません。

 元々そんなに定位感のあるスピーカーではありませんでしたし,BGMとして鳴らす音楽なら,辛抱できなくないレベルですので,もういいです。3000円でこれだけの手間をかけて(都合5時間かかりました),それであまり良い結果が得られなかったので,大体最後にはどうにかしてきた私としても,今回ばかりは敗北を認めざるを得ません。

 真鍮の鉄道模型を作る私がこれだけ苦労するんですから,客観的にみてかなり難易度は高かったと思うのですが,そういうこともあって,これは他の人にお勧めできないと思いました。というか,これ,みんな成功してるんですか?うまくいったように見えて,実は結構無理をしてるとか,そういうことはないんでしょうか。

 元々安いスピーカーですし,特別音が気に入っていたわけではないので,そういう意味ではあまり悔しいわけではありません。だけど,はっきりいって,もう二度とやりたいとは思わない,そんな作業でした。

 まあいいや,とりあえず音がそこそこ出ていますし,もう5年くらいはもつでしょう。次ダメになったら,別の10cmのユニットと交換しますよ。

PS3がやってきた

 うちには,アイ・オー・データ機器のプロジェクタ「PJ-112XGA」があります。いわゆる処分価格で,10万円以下で新品を数年前に購入したのですが,当時DLPプロジェクタで1024x768まで対応した小型プロジェクタが10万円を切るというのは破格値で,それで飛びついたということなのですが,今ではスペック的に割り切れば買えるようになってきたようです。

 さすがに4年ほど前に購入したものだけにスペックとしてはさすがに見劣りしていて,輝度が1100ANSIルーメンと今時の半分程度,単板式DLPプロジェクタでは必須となるカラーサークルも中間色を持たない古いもので,カラーブレーキングもバンバンでます。

 とはいえ腐ってもDLPです。高いコントラスト,狭い画素間隔は,今でも立派なものだと思います。

 残念な事は,入力ソースが非常に限定的であることです。PJ-112XGAでは,PC用のアナログRGB入力とコンポジットビデオ,Sビデオの3つしか扱えません。私は裏技でコンポーネント入力を突っ込むケーブルを自作して,一応D4まで対応できることになっていますが,それでもそこまでです。

 世の中はすでにHDMIによる接続が当たり前。ところがHDCPへの対応が可能なHDMIを,コンポーネント信号やD端子に変換する方法というのは,本来はないことになっています。そりゃそうです,せっかく暗号化してある信号を,暗号解除した状態で取り出せてしまうんですから。

 ところが,海外にはこうした怪しいものが売られていて,一部のマニアの間では知られていました。悪いことを企んでいる人もいるでしょうが,多くは三管式のプロジェクタやブラウン管のモニターなどを所有する,LCDやプラズマでは我慢できないハイエンドマニアが,まさに福音として飛びついているようです。

 HDfuryという製品ですが,先月から新製品のHDfury2が登場し,とりあえず旧製品の弱点をことごとく克服した意欲的な製品として販売されています。私も気になっていたのですが,わずか16000円ほどでHDMI対応に生まれ変わるというのは非常にありがたく,今のうちに買っておこうと注文しました。

 そうすると,当然HDMIが出てくる機器も欲しくなるわけで,つい勢いでPS3も買ってしまいました。ええ,グランツーリスモ5プロローグ同梱版の80GBモデルです。

 こないだの休日に揃ったのでいろいろ遊んでみました。HDfury2に手間取るかなと思っていたのですが,あっさりケーブルで繋ぐだけで動いてしまいました。

 コンポーネント入力で動かすにはケーブルの自作がまた必要になってしまったので,今回はRGB入力にしています。16:9の設定をプロジェクタで行わなかったせいで最初縦長になってしまったのですが,正しい設定をするときちんと表示されます。

 しかし,ゲーム機を買うのはPSP以来。据え置き型のコンソールを買うのはPS2以来です。その進歩には目を見張るものがあります。

 まずでかい。ゲーム機のくせになまいきだ,とつぶやいてしまいましたが,この大きさだと置く場所をかなり考えてしまいます。熱も結構すごいと思うのですが,昔のPS3はこんなもんではなかったはずで,このくらいで文句を言っていてはいけません。

 LANが使えること,HDDが内蔵されていることも新鮮な気分になりましたが,HDDがあるせいでなにかと「待たされる」ことが増えたように思いました。操作そのものは軽快なのですが,なにかというと待たされてしまいます。こと「待たずに済む」ということに関して言えば,初代のファミコンが理想であると言っておきましょう。

 HDfury2による720pの表示の実力を試そうと,DVDのアップコンバートをやってみましたが,これは噂通りの素晴らしさです。眉唾物だなあと思っていたのですが,失われた情報をどうやってここまで生成するのか,不思議な気がするほど良くできています。

 かつて「モザイク消しマシン」が本当に効果があるのかと友人に尋ねられ,失われた情報が復活するわけがない,とたしなめたことがありましたが,PS3でここまでやってしまう現実は,素人に「モザイク消し」を信じ込ませるだけの説得力を持つかもしれません。

 コントローラのワイアレス化がここまで便利と思わなかったというのも,大きな感想です。Bluetoothで繋がった機器に心底実用性を感じたのはこれが最初なのですが,電池が切れたら意味がないとか,なくしてしまうんじゃないかという懸念は,この利便性と引き替えにしてもよいと思いました。

 とても残念な事が1つあり,それはやはりPS2との互換性がないことです。もしPS2の互換性があれば,今うちにあるPS2は捨てることが出来るし,PS3で可能になった美しい画面やワイアレスコントローラの恩恵を受けることも出来るので万々歳なのですが,PS2互換機能のあるPS3が今手に入りにくくなっているので,やむを得ません。

 私としては,この強大な演算パワーでPS2のエミュレーションは可能だと思っているのですが,一般論として非常に否定的です。

 PS2のGSは,4MBのDRAMがエンベデッドされ,2560bitで繋げるという,非常に下品な力業で当時としては強烈なグラフィックパワーをひねり出していました。この2560bitのバスの帯域は48GB/secです。すごいですね。

 一方PS3は,CELLとメインメモリ間が25.6GB/sec,RSXとVRAM間が22.4GB/secですので,PS2の半分程度の転送速度しかありません。これが「エミュレーションは不可能だろう」という人の根拠です。ハードの限界をソフトは越えられない,ということですね。

 うーん,確かにこれを見るとそんな風に思うのですが,だとするとPS3の性能はPS2以下なのか,という話になるのでしょうか。いやいや,それはないです。では,そもそもなぜ2560bitなどという強烈なバス幅を持たせたのか?

 古い話を思い出しながら,少し調べ直しをして見たのですが,とにかく2560bitの内訳を考えてみます。

 PS2は,RGBとαチャンネルが各8bitですので色情報は1ピクセルあたり32bitです。そしてZバッファが32bitですから,結局1ピクセルが持つ情報は64bitです。

 テクスチャは奥行き情報がありませんから色情報だけ,従って32bitですね。

 さて,PS2のGSは16ピクセル同時に処理する構成ですので,64bit*16で1024bit,一方のテクスチャは32*16で512bitです。

 テクスチャはレンダリングを行う際にメモリから転送するだけの一方通行でいいですから,レンダリングを一発で行うことの出来るメモリの幅は,16ピクセル同時のリードとライトに1024bit*2で2048bit,これにテクスチャの転送幅である512bitを加えて,きちんと2560bitとなりました。

 バスの周波数はGSは150MHzですので,リードとライトのバンド幅はそれぞれ19.2GB/sec,テクスチャのバンド幅は9.6GB/secということになります。ミソはこれが同時に動くことです。

 改めてPSの化け物っぷりに感じ入った次第ですが,ジオメトリ演算はCPUであるEEが担当していますし,GSがやっていることは,演算結果からポリゴンを書き,テクスチャを貼って結果をフレームバッファにレンダリングするということだけです。そしてEEとGS間は1.2GB/secのバンド幅しかありません。

 つまり,150MHzという低いクロックで動作するから,16ピクセル同時に演算する必要があり,それゆえ1ピクセルごとにバスを独立させる必要があったから2560bitなわけです。もし300MHzで動作出来るなら8ピクセル同時でよかったでしょうし,600MHzなら4ピクセル同時でよいでしょう。

 もう1つ,PS3はFlexIOでCellとRSXが繋がっていますが,CellからRSXが20GB/sec,RSXからCellが15GB/secです。

 ここで,EEがジオメトリ演算を行い,その結果をGSに転送するのがわずか1.2GB/secであるわけですから,EEのエミュレーションと,GSの一部の機能をCellが担当し,直接VRAMにCellがFlexIOを使って書き込む事も十分出来そうだ,と考えつきます。

 RSXとVRAMが22.4GB/sec,RSXとCellが20GB/sec,CellとRSXが15GB/secですから,GSの半分の仕事をCellが担当すれば,なんかいけそうな気がしますよね。

 では,なぜ初期のPS3がEEとGS,後にGSを搭載しないとPS2の互換性が取れなかったのか,になりますが,これはもう,クリティカルなバスアクセスを行う極度に難しいソフトを作ることが出来なかったこと,仮にできたとしても検証に時間がかかり,互換性も低いものであっただろう,ということです。

 数字上は可能のように思われますが,16ピクセル同時演算を前提に,それこそ1クロック単位で作り込まれた,GSやEEを骨までしゃぶったソフトなどは,おそらく完全な動作をしないでしょう。

 いわば,バス幅やクロックまで正確にエミュレーションしているのではなく,結果として同じ表示が行われるようにしているだけですので,仮想的に実装されたハードウェアには実機との差があまりに大きく,この差が表面化するようなチューニングを施した最近のPS2のソフトなどは,ことごとく破綻するような気がします。

 そもそもエミュレーションですから,PS2のコードをPS3で動くようにリアルタイムで読み替えないといけません。

 私としては,SEGA AGESのスペースハリアーとギャラクシーフォースさえちゃんと動いてくれればそれでよいので,中途半端なエミュレーションでも全然構いません。動けばラッキーくらいの気軽さで,さくっとPS2の暫定エミュレーション機能をアップデートで用意してくれればそれで納得しちゃうんですけども・・・

北海道を感じる窓として

 友人から,素晴らしい贈り物が私の手元に届きました。

 来年(2009年)のカレンダーです。

http://blog.hokkaido-np.co.jp/maririn/

 私が内容をそのまま紹介するわけにはいかないので,是非上記から見てみて下さい。

 残念ながら私は撮影者の小澤さんとは直接の面識はありませんが,このカレンダーの制作に深く関わった方には,なにかとお世話になっています。

 昨年もタンチョウをテーマにした素晴らしいカレンダーを送って頂いたのですが,今年はさらにグレードアップ(ほんとにグレードアップです)して,送って頂きました。

 北海道は私にとっては未踏の地で,漠然とした憧れだけがあるのですが,私の知り合いにも美しいタンチョウの姿に見せられ,巨大なレンズと忍耐力を準備して,かの地に出向いている人もいます。

 なにせ自然が相手ですから,とにもかくにも忍耐だろうと思うのですが,面白いことに撮影された写真には,その忍耐に向き合った「厳しさ」や「達成感」ではなく,感動やいとおしさのような,実に暖かい視線が見て取れます。

 今回のカレンダーには特にそういう印象が強く,それはタンチョウだけではなく,北海道の持つ懐の大きな自然すべてに向けられた視線であるのでしょう。

 写真の素晴らしさは言うまでもありませんが,その印刷の素晴らしさにも脱帽です。私は印刷は専門ではありませんが,安い印刷物を海外に出す傾向が強くなったここ10年ほどの,,国内の印刷技術の向上には目を見張るものがあります。

 20代の頃は,カレンダーというのは実用品であって,数字だけ書かれていればそれでいいと思っていました。しかし歳を取ると変わるもので,1ヶ月の間写真を見続けることの面白さに気が付くと,時間の経過と写真の印象がリンクして,それぞれを強く意識するようになります。今月の写真はよかったもっと見たかった,来月の写真はどんなだろう,と思いながらめくっていきます。

 人間と暦との付き合いは長く,その歴史の中で1年,1ヶ月,1週間という単位が作られて来たわけですが,良くできたシステムだとつくづく感じます。

 気が付くともう11月も折り返しです。気温が下がり,風が冷たくなって,あっという間に年末になるでしょう。カレンダーの掛け替えの時期が,また今年もやってきます。

中国のトランジスタ

 川崎にあるサトー電気で,怪しげな中国製のゲルマニウムトランジスタが168円というそこそこの値段で売られています。

 私も,物珍しさも手伝って,なにかのついでに2本ほど買ったのですが,いかんせん素性が分かりません。使うあてもないので別に構わないのですが,やはり電子部品はその仕様が分かってなんぼ,のものですから,少し調べてみることにしました。

 さて,このトランジスタ,型名を3BX31Cと言います。2Nでも2Sなく,3Bです。サトー電気のホームページには,NPNのゲルマニウムと書かれています。中国では割に標準的なもののようで,かの国では教科書にも出てくるほどメジャーなものらしいです。

 お待ちかね,その仕様ですが,複数のデータを統合すると,こんな感じです。

Ge-NPN(アロイなのかグローンなのか構造は不明)
用途              : 低周波増幅用
コレクタ損失(Pc)       : 125mW
コレクタ電流(Ic)       : 125mA
コレクタ遮断電流(ICBO)    : 最大6uA
コレクタ-ベース間電圧(VCBO) : 40V
コレクタ-エミッタ間電圧(VCEO): 24V
エミッタ-ベース間電圧(VEBO) : 10V
直流電流増幅率(hFE)     : 40~180
ベース接地での遮断周波数(fb) : 最小8MHz

 VCBO,VCEO,VEBOについては,厳密にはブレークダウン電圧が記されていたのですが,おおむねそのトランジスタの耐圧と見て良いですから,ここでは最大定格としました。

 こうしてみると,ごく普通の2SDxxというゲルマニウムトランジスタという感じですね。ぱっとみると,2SB172クラスのトランジスタで,2SB172のコンプリである2SD31なんかとよく似た感じでしょうか。

 ところで,この見慣れない中国製トランジスタの命名ルールを見つけました。

 最初の数字の3はトランジスタであることを示しています。電極数を書いているような感じですね。

 次のBは構造を示しています。AがゲルマニウムでPNP,BがゲルマニウムでNPN,CがシリコンでPNP,DがシリコンでNPN,Eが化合物半導体です。

 次のXは用途です。Xは低周波小信号用(3MHz未満で1W未満),Dが低周波電力増幅用(3MHz未満で1W以上),Gが高周波小信号用(3MHz以上で1W未満),Aが高周波電力用(3MHz以上で1W以上),Kがスイッチング用,です。それとどうやらCSがFETのようです。

 次の数字,31は通し番号です。番号そのものには意味はないようで,このあたりは日本のトランジスタなんかと同じでしょう。

 最後のCは,これは同じ品種で規格が変わった改良品などを示しています。これも日本のトランジスタと同じですね。

 よって,3BX31Cは,ゲルマニウムNPN低周波小信号用トランジスタ,となります。

 他にも用途の記号はいろいろあるようなのですが,さっぱりわかりませんでした。(たぶんサイリスタとかトンネルダイオードとかPINフォトダイオードとか)
 
 最後にお約束です。ここに書かれたことには誤りがある可能性も高く,内容を保証するものではありません。この情報によって発生したいかなる直接的,間接的な損害についても,著者は一切責任を負いません。
 

 

論文とは

 昨今話題の,元航空幕僚長,田母神さんが書かれたという懸賞論文を,実際に読んでみることにしました。

 私は理系の人間ですが,根は文系で理系の皮を被って生活するのは楽ではありません。そんな私の得意分野は近現代史で,人類が過ちを反省と軌道修正によって,どうやって現在のシステムに昇華させてきたのかというプロセスを見るのが大好きです。どんな小さな事の誕生にも,必ずプロセスはあります。そしてそれは大変面白いものです。

 アメリカの大統領選挙が終わって,オバマさんがアメリカ合衆国大統領に当選しましたが,長い選挙戦,二大政党制,そして莫大なお金がかかることに対しての,明確でフェアなシステムの構築と運用には,高度に磨き上げられた民主主義の具現を見ることが出来ると思います。

 日本人の一般的感覚からすると,この3つはいずれも馴染みがないか,どっちかというと警戒感もあるのではと思いますが,アメリカという大国が長く維持されたその源泉は,やはり合理的なシステム構築が尊ばれる国だという面もあるのでしょう。

 もちろん,アメリカには様々な問題があります。ヨーロッパにしてもそうです。ただ,すべてにおいて完璧はなく,試行錯誤によって改善がなされていくという人類の歴史の大きな流れを見ていると,多くは「少しでも良くなるように」が行動の動機であり,おかげで私は,未来をそんなに悲観せずに済んでいたりします。

 時として,その「良くなる」の対象や方法に「誤り」が生じ,大きな悲劇が起きて来ました。これを素直に反省し,きちんと後始末をして,そして同じ事を繰り返さないことが,およそどんな事にも必要とされる,とても大切なことだと強く思います。

 閑話休題,問題の論文を見てみましたが,これは残念な事に,多くの報道機関が報じている以上の事を,論じることは無理です。あまりに稚拙で,散発的に普段思っていることをただ並べてあるだけ,論理的な構造もなく,結論ばかりを急ぎ,理論の構築が必要な論文と呼ぶにふさわしい体裁を,そもそもなしていません。隙間だらけです。

 記述内容についても,多角的な検証や考察はおろか,出典さえも明らかにされていない部分が散見され,およそ公平なものとは言えないと思います。

 ここから先は私見になりますが,そもそもこの論文は誰宛に書かれたものなのか,を考えてみると面白いのではないかと思っています。

 政府見解を引っ張り出すまでもなく,先の大戦を肯定したり,戦前のアジア政策を賛美するような感覚に抵抗を覚える人は少なくないでしょう。また,国際的な見解も,概ねその通りだと思います。

 その上で,この論文は,こうした「普通の考え方」に異を唱えるものであるわけですが,その目的は,彼の言う「事実を知らない無知な民」である我々庶民を啓蒙することにあるわけですね。平たく言うと,相手を「説得する」ことが目的の文章ということになります。

 しかしながら,日本人は無類の本好き国民です。豊かな表現力を持つ日本語を操り,自らも文章を書くことを日常としながら,プロの書く文章を楽しむだけの力がある集団です。

 そうした人々を,この程度の文章で,本当に啓蒙できると考えたのでしょうか。

 いや,それは言うまでもなく,無理です。ご本人も,ここまで大きな事になると思っていなかったそうですから,その影響力はかなり小さく見積もられていたのでしょう。

 彼の論文は,反対意見を持つ人に向けたものではない・・・だとすれば,どういう機能がこの論文に期待されたのか,疑問に感じませんか。

 そして私が考えた結論は,決して否定されることがなく,互いを賞賛しあうことが心地よい,小さいけれども安全なコミュニティの内部に向けた,かけ声のようなものだったのだろう,ということでした。

 他人の評判を気にしない,例えばまさにこの文章のような,マスターベーションでないだけ随分ましなのですが,内容以前の問題として,誰に向けて書かれているのか,その人をどれだけ説得できるのか,という観点でこの論文を見ると,一番の目的は書いた本人がスッキリすることにあったんじゃないかとさえ,思えてきます。

 とりあえず論文というからには,書かれたことが万人(これは地理的に万人という意味だけではなく時間的にも万人という意味です)に正しく伝わることが,目的からして必須なわけであり,そのために客観的なデータを用意し,それらを用いて矛盾のない論理的な展開を正確な文章で記述することくらいは,最低限満たされていないといかんだろうと,私などは思うのです。

 この論文を審査した委員のある方は,記述内容に疑問も出たが,その主旨に金賞を与えたと言われているのですが,つまるところこの懸賞論文は,論文として最低限必要な体裁などは前提条件としてふるいにかけられることはなく,その評価点についても内容の正確さよりは言いたいことそのものにあるという点で,少々ずれたものである,と言わざるを得ません。主旨で評価されるというなら,なにも論文でなくとも座談会の議事録で十分でしょう。

 もう1つ私が気になったことを書いておきます。

 田母神さんは,「政府見解と異なることを論じて糾弾されるなら北朝鮮と同じだ」と言われましたが,彼は当時現役の軍人であり,私人としての意見を語ることには,階級の高い低い以前の問題として,本来制約を受ける身分です。この点において,北朝鮮もアメリカも日本もありません。

 自らの正当性を国家体制に求めるあたり,幼稚な論点のすり替えだなと感じたのですが,同時にこういう話がポンと出てくるあたり,つくづく日本という国の平和っぷりを示しているように思います。

 でも,きっと彼は人間としては面白く,また立派な方なんだろうなあと思ったりします。偉くなる人というのは,やはりそれだけの器をお持ちです。

 私は今時流行らないハト派ですが,タカ派の人を排除しようとは思いません。日本では自由な意見が保証され,それらは等しく尊重されなければならないと考えているからです。

 ただ,私は自分が痛い思いをするのが嫌なので,他の人にも痛い思いをしてもらいたくないな,と思っているに過ぎず,近現代史が好きな割にはおかしな歴史観を振りかざすこともしませんし,文化論や民俗学のようなものを盾に相手を煙に巻こうとも思いません。

 ただただ,痛い思いをしなくて済むための手段は今日いくらでもある,と思うから,前世紀的な安易な解決策を第一に置くことは避けようと思っています。聞いて回ったわけではありませんが,このくらいの感覚は,ごく普通の庶民的感覚なんではないでしょうか。

 こういうと決まってタカ派の人から「甘い」と言われるのですが,私は人類の進歩の歴史は,反省と試行錯誤の歴史であると信じているので,時間を経るごとに持ち駒が増えている事実に,確かな手応えを感じて,そんなに悲観してはいないのです。

 考えてもみて下さい,互いの意見の相違をまとめるのに,古代,中世,近世,近代,現代と,時間の経過と共にどれだけ手段が増えてきたか。そうです,人類は少しずつ(そして多くの犠牲を伴って)賢くなっているのです。

 そして,彼が市民から支持を受けることもなく,防衛省内からも非難の声が上がり,自衛隊幹部の職を解かれてなおマスコミから連日叩かれ,彼を擁護する論調がほとんど表に出ないばかりか,これ幸いと政争に利用されるほど,大きな事件になっています。これをある種の自浄能力だと考えれば,日本人もそれなりに賢くなっているのだと思うことは出来ないでしょうか。

陽は沈む

 一応,軽く触れておこうと思うのですが,昨日,小室哲哉氏が詐欺容疑で逮捕されてしまいました。5億円という巨額のお金をだまし取ったということですが,だまし取る方はもちろん,だまし取られた方も庶民的スケールからいうと桁違いです。この方々もカップラーメン1つ400円とか宣うのでしょうか。

 それはどうでもいいとして,この事件の反応がやっぱりすごいです。金持ちへのやっかみや,おもしろ半分で見ている人も多いでしょうが,80年代の彼の歴史的活躍を肌で感じた世代や,90年代の彼の音楽に救われた世代からの「残念だ」という意見や,彼の業績に対する識者のコメントが引用されたりするケースは,やはり小室哲哉その人が稀代な人であったことを裏付けるものでしょう。

 私ごときが彼をあれこれ論評するのは憚られますし,特に私は彼のファンではなかったので,そこは冷静であるわけですが,私も80年代から90年代にかけて鍵盤とコンピュータで電子楽器にインターフェースした人でしたから,先駆者として尊敬するものはありました。

 シンセサイザーのブームは,YMOが第一次として,TM Networkが第二次を作ったと言われます。第一次がアナログシンセであったのに対し,第二次は明らかにディジタルシンセが中心でした。行きすぎたディジタル化に対して揺り戻しもあり,当時は中古でしか手にすることの出来なかったアナログシンセをどうやって使いこなすかが,1つのテーマになっていたような記憶もありますね。(異論はあるでしょうが)

 彼の作曲家,プロデューサーとしての才能についてはあちこちで語られているのでここでは触れませんが,プレイヤーとして見たとき,特に演奏がうまいという感じは,私はしないのです。機材の使いこなしがうまかった,これに尽きます。

 機材の使いこなしがうまいことは,特に理論的なアプローチが重要なキーボーディストには求められる能力だと私は思っていて,その点で突出していた彼には,いわゆる「機材ヲタ」の匂いがしていたわけです。そこが当時の「機材ヲタ」予備軍からの絶大なる支持を集めたゆえんであったと思います。

 ですから,プール付きの別荘も,ファーストクラス貸し切りも,本当に彼がしたかった事とは違って一種にパフォーマンスに過ぎず,本当は高価な機材に囲まれて,時間を気にせず24時間思う存分スタジオワークが出来る事に,彼はドーパミンをドパドパ出していたのだと,そう思いたいわけです。なぜならそれは,機材ヲタの見果てぬ夢であるからです。

 残念な事に,彼は(その実力以上に)うまく時流に乗り,「半端なく稼ぐ」という最大の成功の証を手にします。結果,彼は自分のしていることや考えていることすべてが肯定されたと考えて,自分の身の丈以上のことをするようになったと,私には見えていました。

 それも向上心である,という解釈もあったのでしょうが,90年代の彼のやっていることに共鳴できなくなった私自身は,すでに彼を機材ヲタとは見なさなくなっていました。そんな音楽をやるくらいなら,貴様の部屋の隅で眠っている機材を1つ私によこせ,とそんな風に思っていました。

 転調を多用し,かつ覚えやすいメロディラインをシンセサイザーとシーケンサーを駆使した正確無比なリズムにのせる手法を確立し,まさに日本の音楽を変革したというべき,小室節。そして,直接間接を問わず,小室節の影響を受けた,次の世代のミュージシャンが育ち,日本の音楽シーンを今まさに支えています。

 さらにいうと,おそらく世界で最初に,ギタリストを完全に支配下に置いたキーボーディストでした。(木根さんのファンには申し訳ないですが,キーボーディストに刃向かわず従順であることが,彼の個性であったとあえていっておきましょう)

 そうした彼の「やりたいこと」が実現するような機材が当時開発され,一般に手に入るようになったことも,彼の業績の1つであったと思います。

 キーボーディストでありながらすべてを支配下に置き,ステージの上で最強であった彼は,「爆音こそ正義」とされた当時,常に不遇であった高校生キーボーディストの太陽でありました。

 結構軽い気持ちで借金を繰り返し,軽い気持ちで人をだましたのだと思いますが,とにかく一線を越えると犯罪者ですから,そこはきちんとルールに従って,今後を生きて欲しいと思います。

 こんなことで名前が汚れなければよかったのでしょうが,それでも,彼は日本の音楽の歴史に名前を残すでしょう。考えてみれば,ケチの付かないミュージシャンって,古今東西あんまりいないんですよね。ミュージシャンとはそういう人種だったりするのかも,知れません。

甦ったPC-E500

 もう1回だけPC-E500のネタにお付き合い下さい。

 今回のメモリ増設をもって,PC-E500の改造は本当に終了しました。あとは日本語環境やファイラー,ゲームなどをインストールして終わりという感じなのですが,1年前に書きましたように,このPC-E500は私にとって2台目なのです。

 1台目は10年ほど前に入手したのですが,昨年久々の動作確認時に壊れていることがわかり,2台目を同じようにオークションで手に入れることにしました。

 その時,PC-E200,PC-2001,X-07,PX-1246やPC-1401など,何かに取り憑かれたように,目に付いたポケコンを片っ端から落札しては,宅急便のおじさんがポケコンを我が家に運び込む度に我に返るという生活を,年明けくらいまで繰り返していたわけです。

 PC-E500の故障というのは,そういう破滅的な生活のきっかけになった事件だったのですが,その故障したPC-E500は,何度か修理を試みつつも失敗に終わり,部品取りとしてジャンク箱に投げ入れられていました。

 修理の過程で部品も一部なくなっていますが,基本的に程度は良い方です。

 それは突然のことで,なぜかそのPC-E500が修理出来ると,根拠もなく確信したのです。

 当然,X-07という大物を修理した後にも修理を試みていますので,この1年で経験値が上がっているわけでも,なにか閃いたわけでもありません。ただ,なんとなく今回は修理出来ると思ったのです。

 果たして,土曜日にジャンク箱から取り出した,壊れたPC-E500を目の前にしていました。

 まずは不足している部品を戻すことから始めます。コンデンサもいくつかなくなっているので,これは回路図を調べて,同じものを取り付けます。SRAMもとりあえず256kbitのものを取り付けて元通りにしておきましょう。

 この段階で電源を入れても,やはりなんの表示も行われません。表示が行われないだけではなく,LCDに電源が入っていないような感じです。つまり,全く動作していません。

 どんなときでも,マイコン関係のトラブル対策は,電源,クロック,リセットの3つの神の手を調べることです。

 電源は・・・CPUにもメモリにも5Vがかかっていますね。これは問題なし。LCDの電源も一応供給されているようです。LCD電源用のDC-DCコンバータが動いていない可能性もあると思いましたが,なんとく動いているようなので,とりあえずそれは後回しです。

 リセットは・・・PC-E500の場合,パワーオンリセットは「ない」のです。恐ろしいといえば恐ろしい設計ですが,CPUのリセットはリセットボタンのみに繋がっており,電源ONキーが割り込みに繋がっています。

 ですから,PC-E500は電池を入れたら必ずリセットボタンを押さないといけません。電源ONキーと同時にリセットボタンを押すとメモリのオールクリアになり,初期状態になります。

 PC-E500は完全スタティックか回路ですので,電源OFFはスタンバイに入れることになりますし,電源ONも割り込みでスタンバイからの復帰をすれば良いだけです。電池交換でも,動作用電池とは別のリチウム電池が,メモリやCPUをバックアップしているので,動作用電池の交換後でも,元のようにレジュームがききます。

 そう考えると,確かにパワーオンリセットなんて必要がない,ということになるかも知れません。

 ということで,リセットは手動のみ,きちんと解除されているので,CPUは動いているはずです。

 クロックは・・・PC-E500はCR発振のスロークロック(約200kHz)が常時発振し,電源ONで2.3MHzのセラロックが発振をします。見てみるとどちらも問題なく発振しているようです。

 ということで,この3つがきちんと揃っているのに,動かないというのはちょっと厄介です。つまり,部品の不良かハンダ付けなど配線の不良のいずれかということになります。

 配線の不良ならまだ良いのですが,部品の不良ならお手上げになる可能性が高くなります。CPUも汎用品ではありませんし,ましてROMなど壊れていたら,もう本当に入手は無理です。(もちろん,ROMを自分で焼けばよいのですが)

 しばらく考えて,次のチェックです。3つの神の手が正常であるなら,CPUは少なくとも動こうとしているはずです。アドレスバスやデータバスを確認すると,なにやら必死になって波形を出しています。ちゃんと5Vと0Vを行き来しており,中途半端な電位は見あたりませんので,バスのショートはとりあえずなさそうです。

 次にチップセレクトを見てみます。リセットをかけてからチップセレクトの動きを見てみると,ROMへの信号は動いても,RAMへの信号は全く動きません。ということは,CPUはROMのアクセスをしようとして,失敗しているということでしょう。

 こうなると,CPUとROMの間の配線を見ていくのが良さそうです。データバスのD0からD7,続いてアドレスバスのA0から順に見ていきます。すると,A4で導通がありません。A3もA5も大丈夫なのに,A4だけ導通がないというのは,やっぱりおかしいです。

 そこで,とりあえずCPUとROMのA4をジャンパ線で直結してみました。

 電源を入れてみると,メモリ初期化のメッセージが画面に出ています。おお,修理が出来ました。とりあえず,どの部品も壊れていないようです。

 配線については,全部のICのハンダ付けをやり直しているので大丈夫と思っていたのですが,基板が壊れて,配線が切れていたようです。

 さて,こうして修理出来たことはうれしいのですが,あくまでこいつは予備機です。どこまで改造するべきか悩みましたが,もう1台のPC-E500がRAMをフル実装してあり,メモリカードまで潰していますので,こちらはメモリカードを使える機種として温存しておきましょう。

 ということで,RAMはS1:エリアをフル実装の256kByteとし,S2:やそれ以外のエリアには一切手を付けません。RAMは秋月で買った1MbitのSRAMを2つ使って改造します。

 SRAMを2段重ねにし,256kbitのSRAMを外して,交換します。A16まではそのままCPUから引っ張ってきて,CPUのA17を下の段のRAMのCS2に,上の段のRAMのCS2にはインバータで反転したA17を入れます。こうするとA17によってどちらかのRAMが選択されるという仕組みです。全メモリエリアをきっちり半分ずつ2つのチップで分け合う場合に,もっとも簡単な方法です。

 作業が終わって電源を入れると,ちゃんと256kByte認識しています。問題なしです。

 むしろ困ったのは,バックアップ電池のフタを固定するためにある,金属製のナットをなくした事でしょう。仕方がないので,0.5mm程の真鍮の板を重ねて,これをナットに加工して作ることにしました。

 ということで,PC-E500が2台になりました。それぞれのROMバージョンを調べると,2と3ということがわかりましたが,私にはどちらのバージョンの方が良いのか,わかりません。

 今度こそ,PC-E500のネタは終わりのはず・・・

PC-E500のメモリが1Mbyteに迫る勢い

 PC-E500関連の資料を眺めていて思ったのですが,S1:というエリアとS2:というエリアにそれぞれ256kByteのメモリを搭載したことで,もうメモリを追加する方法はない,と思い込んでいた私は,どうも間違っていたようです。

 もちろん,バンクメモリという荒技や,NANDフラッシュを内蔵するという方法で大きなメモリを搭載する方法は知っていましたが,これらはいずれもアマチュアが考えついた独自の方法であり,デバイスドライバがなければアクセスできません。

 私個人は,そこまでやってしまうことはオリジナルシステムを無視したように感じてしまい,どうも美学に反するように感じてしまうので,そうした方法を使ってまでメモリを増やそうとは思いません。

 PC-E500に搭載されたSC62015という8ビットCPUは,後にPIザウルスにも搭載された高性能なCPUです。先日も書きましたが,ユーザーが我慢できないコンピュータの弱点は処理速度よりもメモリの小ささだと思っていまして,PC-E500シリーズがマニアに指示された理由は,やはりこのメモリを搭載できる力に長けていたことにあると考えています。

 SC62015は,アキュムレータや汎用レジスタが8ビットなので8ビットCPUの範疇に入れてよいと思うのですが,スタックポインタやインデックスレジスタは20ビットの長さがあります。そのくせプログラムカウンタは16ビットだったりするので,なにやらアクの強さを感じますね。

 プログラムカウンタは確かに16ビットですが,4ビットのセグメントレジスタも持っていて,この2つで20ビットのアドレッシングを可能にしています。ただし,プログラムカウンタがオーバーフローしてもセグメントレジスタはインクリメントされないので,その点では8086なんかと同じように,64kByteの壁が存在しています。

 そんな話はよいとして,このCPUはとにかくアドレスを20ビット生成する力があるということですから,最大1MByteのメモリをアクセス可能なわけです。もともと32kByteしかRAMを持たないPC-E500にとって,1MByteというのは無限に広がる荒野に近いといえます。

 8ビットCPUでも64kByte以上のメモリをアクセスできるCPUは多いのですが,残念なことに多くはアドレスを生成するレジスタが16ビットだったりするので,実際に使ってみると非常に面倒な制約がついてしまうのです。SC62015についても,セグメントの境界による制約がないわけではありませんが,少なくともコードではなくデータについてはリニアアドレスと見て良いだけの自由度があります。

 もう1つ,20ビットのアドレスが生成できるからといって,CPUの信号線としてアドレスバスを20本も出しておく事は,普通はない話です。半導体の価格は,一般にチップ面積だといわれていますが,それは高価な半導体の場合のお話で,安い半導体の場合,チップそのものよりもパッケージの価格が大きく見えるようになることも多いのです。

 そしてそのパッケージの価格は,ピンの数と関係があります。使わないピンは出さないでおいて,ピンの数を減らした方が安くて小さいICになることは言うまでもないでしょう。

 SC62015の場合,アドレスバスが18本外に出ています。256kByteのメモリまでをサポートしているわけですね。上位の2ビットのアドレスは外には出てこないので,一見すると1Mbyteのメモリはサポートされないように思うのですが,実は上位のアドレスをデコードしたチップセレクト信号を8本出してあります。

 そうなんですよね。確かに20本のアドレスバスを全部外に出しておいてくれれば,どんなアドレスにも好きなサイズのメモリを繋ぐことが出来るのですが,一方でそのメモリチップを割り当てたアドレスの範囲でアサートされるチップセレクト信号を作ること(これをアドレスデコードといいます)は,メモリのサイズが大きくなればなるほど規模も大きくなり,煩わしいのです。

 そこで汎用性の低い組み込み向けのCPUではアドレスデコードを済ませたチップセレクト信号をアドレスバスの代わりに出しておくことが一般的です。気の利いたCPUでは,デコードするアドレスをレジスタで可変出来るようになっていて,これはこれでなかなか便利なのですが,弱点がないわけではなく,プログラムが走り出して,レジスタの設定が終わるまで外のメモリにアクセスが出来ません。

 SC62015の場合,チップイネーブルのアドレスデコードは固定されているため,言い換えると8本出ているチップセレクトにデコードされたアドレスが,即メモリマップになるというわけですね。

 これによると,

CE0 80000h - BFFFFh 256kByte 内蔵RAM(S1:)
CE1 40000h - 7FFFFh 256kByte RAMカード(S2:)
CE2 C0000h - FFFFFh 256kByte 内蔵ROM(S3:)
CE3 20000h - 3FFFFh 128kByte 未使用
CE4 0C000h - 0FFFFh 16kByte  未使用
CE5               LCDコントローラ
CE6 10000h - 1FFFFh 64kByte  ROMカード
CE7 BC000h - BFFFFh 16kByte  システム

 ということで,実は1Mbyte全部のエリアをアクセス出来るようにはなっていません。

 アドレスバスは18本しか出ていませんから,チップセレクト1つあたりに接続できるメモリは最大256kByteまでとなります。すでにCE2は256kByteのROMが接続済みですので,内蔵RAMとRAMカードのエリアをそれぞれ256kByteにした合計512kByteが,PC-E500の限界だと私は思っていたわけです。他のアドレスにRAMをただ繋いでも,システムレベルでサポートされなければ使い道がありませんからね。

 ところが,CE3にしてもCE6にしても,別にGPIOを併用したバンク切り替えで作り出されたアドレスとは違って,CPU自身が生成するアドレスであるところがミソでして,ここにRAMを繋ぐと,確かにシステムレベルでのサポートはなくても,CPUからは特別な工夫無しに自由にアクセス出来る事には違いないのです。

 もし,内蔵ROMのアドレスに割り当てられているS3エリアを,CE3に増設したRAMのアドレスに割り当てることが出来れば,CE3のRAMが直ちにシステムレベルでのサポート対象となりますね。(あ,ここでいうシステムレベルというのは,PC-E500のIOCSが持つファイルシステムでアクセスが可能になる,という意味でして,S3でROMがアクセス出来なくなっても,そもそもその必要性が薄いため支障がないのです。)

 それで調べて見ると,この割り当てというのは,IOCSのワークエリアの5バイトに,開始アドレスとサイズの2つを書き込むことで行われているらしく,要するにここをCE3のアドレスにしてやれば,めでたくS3エリアをRAMにすることが出来そうです。

 そこで先程のメモリマップを眺めてみますと,CE3の128kByteとCE6の64kByteが連続したエリアとして合計192kByteを割り当てることも可能です。

 ただ,256kByteで1チップのRAMなどを使うわけにはいかない(チップセレクトを2本使わないといけませんからね)ので,どうしたって2チップが必要になります。

 ここまで考えて,思いついたのは先日秋月電子で買っておいた1MbitのSRAMです。こんな事もあるかと買っておいたのですが,CE3に繋がる分はいいとして,CE6に繋がる分は半分余らせてしまうことになります。

 もったいないと思いましたが,よく考えると1つ100円です。100円をけちるのに256KbitのSRAMを2つ使うようにアドレスデコーダを組む手間や,あるいは256KbitのSRAMを1つだけ使って32kByte足りないままで使うよりは,ずっとお得と考えて,1MbitのSRAMを2つ使う事に決めました。

 回路図をささっとかいて,PC-E500を分解します。

 私のPC-E500は,S1やS2エリアのSRAMに,2Mbit品というちょっと変わったものを手持ちの関係で使っています。実は3.3V品なのですが,ダイオードで電圧を落としてごまかしてつかっています。(やばいんですけどね,こういうことをするのは。)

 ですからトータル512kByteになっているPC-E500としては配線数も少なく,またSRAM自身もTSOPという小型パッケージですので,スペースは十分にあると思っていたのですが,今回の1MbitのSRAMは通常のSOPです。分厚い上に大きいので場所がありません。

 そこで,RAMカードを入れる部分をこわして,ここに配置することにしました。どうせカードをはめ込めば暴走するわけですし,これでいいです。

 しかし,SOPのSRAMは分厚いです。1つあたり2.7mmほどあるので,重ねると5.5mm程にもなります。やはり少し削って,高さを抑えないといけないと判断し,ベルトサンダーを持ち出して削りました。

 あまり削りすぎると壊れるので慎重に削っていきますが,結局2つで5mm弱程度にしました。見た目には随分薄くなったように見えるのですが,シャーペンの芯1本文くらいしか薄くなってないのかと思うと,結構がっかりです。

 配線をどこから確保するかも悩んだのですが,元のRAMが付いていたランドはすでに2MbitのSRAMへの配線で使われていて,ここを使うのはトラブルの原因になるように思いました。そこで,RAMカードのコネクタを潰して,ここから信号を取り出すことにしました。どうせカードは使えないのですし,別にいいです。

 後は40本程度の配線を根気よく繰り返すだけです。私は単純作業が好きな人ですので,こういう配線は全然苦になりません。時間の経つのも忘れてしまうほど没頭できます。もしかすると,写経なんかもやってみたらどっぷりはまるかも知れないです。

 配線が終わってテスターでひと通りの確認をして電源を入れると,問題なく起動はします。追加したアドレスに値を書いて読み出すと同じ値になっているので,まずは動作しているようです。

 S3のアドレスをワークエリアを書き換えてみると,ちゃんとS3として増設したRAMが読み書きできます。一応動いていそうです。

 でも心配なので,増設したエリア全域を,AAhと55hで埋め尽くし,正しく読み出せるかを行ってみましたが,エラーも出ずにすんなり終了。もう大丈夫でしょうね。

 これで,私のPC-E500は,256+256+192の704kByteのRAMを実装したポケコンになりました。おお,往年のPC-9801を越えましたよ。(FM-RやPC-100,ハイレゾの98には勝てないのですが)

 これに内蔵ROMの256kByteを加えると,実に960kByteとなり,SC62015の限界である1Mbyteも目前というところまできます。調べて見るとさらにCE4まで使ってしまう人までいるようですが,私はもうそこまではやる気はしません。

 で,これだけメモリを増やしてどうするのか,とお思いでしょうが,日本語化するとメモリがたくさん必要なので,とてもありがたいのです。日本語フォントが50kByteちょっと,変換辞書が70kByteちょっとですので,合計ですでに130kByteほど。これにユーティリティ類やゲーム数本,ヘルプファイルをいれておくと,あっという間に256kByteなんか使い切ってしまいます。

 S1エリアはメインメモリですから,ここをストレージにするのはあまりにもったいないです。そこでS2にファイルのたぐいを集めるのですが,私の場合残り2kByte程まで使い切っていたのです。そこに192kByteも増えるのですから,これはもう盆と正月が一度に来たくらいありがたい話です。

 設定をすませ,広いメモリ空間をゆるゆると漂う感覚は,いつ味わってもいいものです。

 仮想メモリという「偽物」を当たり前の存在にしたモダンなOSに,飼い慣らされて牙を抜かれた現代人は,目の前にあるアドレス以外は信じない,という原始の我々が一様に備えていた野生の感覚を取り戻し,あの時のように星を頼りに粗末な小舟で果敢にこぎ出すことの喜びを,もう一度知ることが出来るのでしょうか。
 

テスタの修理

 ところで,先日の土日は,ふとしたことから随分時間のかかる修理をやる羽目になりました。

 それは,バーグラフ式のデジタルテスタです。1985年頃だと思いますが,今はなきソアーというメーカーから,バーグラフ式のデジタルテスタが出ていました。

 なんでもかんでも「デジタル」が優れていると盲目的に言われた80年代,テスタも例外なく,アナログ式のテスタは古くさいものとして扱われていました。

 ただ,電子工作の世界は,ベテランのおじさんたちが「アナログテスタには変化を見たりフルスケールに対する割合をぱぱっと確認出来るという良さがある」などと吹聴して回ったこともあり,アナログとデジタルが拮抗すると信じられていた特異な世界でもありました。

 ならばデジタルテスタでアナログのような表示をさせればいいんじゃないか,と本気で考えた面白い人たちがいて,それが先程のバーグラフ式デジタルテスタとして世に出るわけです。

 まあ,ちょっと考えればわかるんですが,せっかくデジタルになっている情報を,わざわざLCDのセグメントに1つ1つ割り当ててバーグラフにしてしまっても,何の意味もありませんわね。

 アナログは連続量だから針で示されるわけですし,デジタルは離散量だから数字で表示出来るのであって,本質的なデータの扱い方と表示方法を切り離し,入れ替えただけでは,それぞれの弱点を組み合わせただけの,最弱のテスタが出来上がるだけです。

 面白い,とそれなりに評判になったと記憶していますが,主流になることもなく,また後継機種が出ることもなく,さらに加えると絶賛する声もないまま,メーカーであるソアーと共に消え去りました。

 余談ですが,三和,日置などと列んで,テスタのメーカーとして知られたソアーですが,どうもこの少し後で倒産し,マザーツールとカスタムの2社に分かれたようです。どちらのテスタも店頭で見ることが出来ますが,正直どちらもぱっとしないという印象が私にはあります。

 デジタルテスタのサンプリングレートが上がり,連続変化をある程度捉えることが出来るようになり,これを視覚的に表現するために,数字での表示と一緒にバーグラフを出すテスタは普通に売られていますね。1つにサンプリングレートの向上と,1つはバーグラフを補完的に使うという役割の整理により,このアイデアは後世に残ることとなったわけです。

 というわけで,その時代が生んだ迷えるバーグラフ式テスタですが,私が手に入れたのはひょんなことからです。

 高校の1年と2年の夏休みに,大阪日本橋のジャンク屋「デジット」でアルバイトをした私は,そこで大変お世話になった店長さんと時々立ち話をするのが大好きでした。確か大学の入学が決まった冬だったと思うのですが,デジットから少し離れたビルに,デジットの2号店を出すという話を耳にし,開店直前に様子を見に行ったのです。

 店長の姿が見え,いつものように話を始めたところ,デジットの2号店としてここの店長も兼務するということ,店の名前は「客をデバッグしてやる」という挑発的な意味で「デバッグ」にした,ということを聞きました。

 デジットよりはもう少し綺麗なものを扱うことにしたらしく,いわゆるジャンクというよりも,今で言うアウトレットショップのような雰囲気を目指していたように思います。

 結局デバッグは紆余曲折を経てCCPというケーブルやコネクタの専門店になり,今はもう跡形もなくなっています。

 で,そのデバッグの開店時の目玉商品の1つが,先のバーグラフ式テスタでした。といってもソアーのものではなく,おそらくソアーのOEMと思われる,別のブランドのものでした。DT3100というのですが,ググってもかすりもしません。

 本体は水色で,いかにも80年代の色をしていますが,およそ測定器っぽくありません。付属品はテスタリードだけで,ケースもカバーもありません。説明書は英語のみで,外箱は簡素なボール紙です。これが確か3000円か4000円か,そんな値段だったと思います。いや,この価格はデジタルテスタとしても安いんですよ。

 手にとって「面白そうですね,買っていきますよ」と私が言うと,上機嫌な店長は「1000円でええわ」と気前よくサービスをしてくれました。お得意さんだろうが身内だろうが商売は商売と言い放つ店長が,どういうわけだかこの日は大盤振る舞いだったので,私は気味が悪くなったほどです。「入学祝いやとおもっとき」と,ニコニコして下さったことを,私は今でも覚えています。

 私にとっては3台目のテスターで,これで測定にも幅が出るなと喜んでいたのですが,使ってみるとあまり便利なものでもなく,次第に出番が減っていきました。

 その後,電池を何回か入れ替えて使えるようにはしてあったのですが,先日思い出したようにスイッチを入れてみると,動作しません。電池をしばらく替えていないなあと思いつつふたを開けると,見るも無惨に液漏れしていました。

 ソニーの電池は,百発百中で液漏れしますね。本当に時限爆弾です。

 アルカリ電池の液漏れは本当に始末が悪く,基板を溶かしてしまうことは昨年にも書きました。電池金具はボロボロですが,幸いなことに基板には浸透していない様子です。

 そこで,修理計画です。出番がないのでもう捨ててもいいかと思いましたが,やはり思い出の品ですし,測定器には違いありませんから,とりあえずやってみましょう。

 電池金具は,リン青銅板で作り直してみましょう。ちょっとバネが弱いですが,なんとかなるでしょう。同じサイズに切り取り,曲げて加工すれば出来そうです。

 そして土曜日,修理を始めます。金具を交換するのに全部ばらすことになったのですが,それはそんなに難しくありません。20年経っているとは思えないほど,中は綺麗です。

 金具を交換し,電池を入れてみると,あれ,動きません。表示が出ないのです。ちょっといじっていると表示が出たので,電池金具の接触だろうと,組み立て直します。

 しかし,組み立てると表示が出ません。

 これは困った。

 もう一度ばらしてみますが,やはり表示が出ません。LCDは外し,その下のシールド板を外して確認をしますが,目視ではなにもおかしいところはありません。

 見ると,シリンダ型の水晶発振子があります。これがクロックを作っているのでしょうが,動かない場合はクロックを疑うのがセオリーです。オシロスコープで確認すると,やはり発振していません。

 少なくとも,電源を入れて水晶発振子が発振していないというのは正しい動作ではありませんね。そこで,指で触ったり何度か電源を入れてみると,ノロノロと発振が始まるのがわかりました。発振開始に数秒もかかるのですが,こんなに発振しにくいのでは不安定すぎます。

 でも,もともとこれでちゃんと動いていたのですから,もう一度組み立ててみます。しかし,やはりだめです。

 今度は順番に確認していきます。基板単体で発振するのを確認し,シールド板を取り付けます。まだ発振してます。LCDを取り付けると発振停止。うーん,これは面倒です。

 水晶発振子が劣化することは,しばしばあることなので手持ちの32.768kHzと交換しますが,最初から発振しないか,発振しても同じような様子です。発振子が悪い訳ではなさそうです。

 ならばと外付けのコンデンサの値を調整しますが,10pF未満にしてもあまり変わらず。32kHz位の水晶なら,発振を安定させるためにコンデンサを小さなものにすると良いので,直列にして5pF位にします。

 そうするとかなりすっと発振が始まるようになりました。それまで正弦波だった波形も,矩形波に近くなってきました。力強くなってきたので気をよくして組み立てます。

 LCDを付けたところではまだ大丈夫です。しかしケースに入れると発振しません。何度か電源を入れると数秒後に画面が出てきます。しかし,それで2時間ほどもするとまた発振しなくなるのです。

 うーん,これでは使い物にならんなぁ,と,シールドのために切り刻んだ銅箔テープを手にくっつけながら,白んだ窓の外をながめて布団に入りました。

 翌日,改めて基板を見てみると,どうも水晶発振子とLSIのパターンが長すぎて,浮遊容量が大きそうに見えます。私のような素人でも,こんなパターンは危なくてひきません。

 考えたのは,LSIの足を浮かせて発振子を直接ハンダ付けし,最短距離で配線すること,それがダメなら発振器を別に作り,外部入力でクロックを入れてやろうという,2つのプランです。

 まず,最短距離での配線をやってみます。すると,強力な発振が始まります。これならいける,そんな風に思って組み立てますが,やはり大丈夫そうです。

 最終的に組み立てて何度か電源を入れてみましたが,問題なし。制度も確認してみましたが大きな誤差もないので,このまま使えそうです。

 というわけで,あまり便利ではないキワモノテスタですが,一応直って何よりと言ったところです。どうして壊れてしまったのか,なにが悪かったのか分からずじまいですが,結果良ければすべて良し。少なくとも発振しやすい方向で改善をしたのですから,今回やったことは無駄にはならないはずです。

 改めて思ったのですが,うちにあるテスタはどれももう10年以上のものです。中には20年以上昔のものもあります。メインで使っているのは秋月の安物ですし,予想通りそれぞれみんな値が違います。なにが正しいのか,もう分かりません。

 ちゃんとしたテスタを買い直す時が来たのかも,知れません。

PC-E500の電池電圧検出回路Final

 まず最初に,先日の電池電圧検出回路についてです。この土日に波形の確認を実機で行ったところ,考えたとおりの動作をしていました。電圧検出器にかかる電圧も,GPIOがLowからHighになったときに少しだけ上昇するようになっており,1つの電圧検出器で2つの電圧を判定できることも確認できました。

 さて,改めて改造後の実機で動作を見てみたのですが,2度目の割り込みがかからず,BATTマークが点灯しただけで終わってしまいます。電流を調べて見るとショットキーダイオードからの漏れ電流が小さくなっており,従って2度目の割り込みがかからないようです。

 数uAの電池への流入ということで,放っておいても構わないような気がしたのですが,BATTマーク点灯の後の電圧降下で電源が切れないことが問題ですし,日によって動作が異なるというのは許し難い状況です。それに,わずかな電流でも電池は劣化すると言いますから,やっぱり避けた方がいいです。

 要するにGPIOによって検出電圧を切り替えればよいわけで,トランジスタを使って抵抗をON/OFFするような回路などを考えてみたのですが,どうもうまくいきません。たぶん無理だと割り切って,ディスクリートで作るのはあきらめました。

 電圧検出器を電池に直結し,分圧抵抗を外すという作戦も考えましたが,これは試してみるとBATTマークの検出の直後にもう1回連続して割り込みがかかり,結果として電源が切れてしまいます。これでもいいのですが,やっぱりBATTマークで警告を先に出して欲しいです。

 そこで,幼稚な手を使いました。できればこういう芸のないことはしたくなかったところですが・・・

 やってることは単純で,GPIOと39kΩの抵抗との間に,CMOSインバータを2段直列に入れるだけです。インバータの電源は言うまでもなく電池電圧,つまり3.9kΩと同じ電圧です。

 こうすると,GPIOのHighレベルはCPUの電源電圧である5Vから,CMOSインバータの電源電圧である電池の電圧に変換されます。よって,39kΩはLowになったり電池電圧になったりして,元々のような2電圧検出が可能になるわけです。しかも,もう電位差はありませんから,逆流防止用のダイオードは必要なくなります。

 しかし,ここで私はずるいことをしました。CPUからの入力は5V,一方CMOSインバータの電源電圧は5V以下です。場合によっては4V付近になります。電圧の差が1Vもあるので,下手をすれば1段目のインバータは壊れてしまうかも知れません。

 1段目はトランジスタで受け,ここで反転させたものを2段目のインバータに入れれば良いように思ったのですが,それだとGPIOがHigh(電源OFF時)にコレクタ電流が流れたままになり,もったいないないです。CMOSインバータならほとんど電流は流れません。

 インバータ2つと電圧検出器のトータルが消費する電流は,全部で6uAほど。ちょっと大きいなあと思いつつ,SRAMのバックアップにDC-DCの消費電流を加味して200uAも全体で消費するので,まあいいかと考えました。素人丸出しの設計で,仕事だとこんな事をしたら怒られてしまいます。

 この回路の動作を確認してみると,4.2V付近でBATTマーク点灯,電源OFFは3.9V付近でした。うん,これならちょうどよいでしょう。

 ということで,この件はもうオシマイです。あんまりいじりすぎると壊してしまいますから,もうこのくらいにしておきましょう。

 そして,大容量512kByteのメモリを内蔵した改造PC-E500の本領は,日本語化によって発揮されます。15年前のデータやプログラムがちゃんと残っているのがPC-E500のマニアっぷりを象徴しています。

 10年ぶりの作業なのでもうほとんど覚えていませんでしたが,思い出しながらの作業でとりあえず日本語化完了。しかしクロックを高速側に切り替えた瞬間暴走してリセットをかける羽目に・・・わずか15分の命でした。

 クロックを上げて暴走するのは,電池が減っているときと言われています。私の場合,5Vに安定化したので大丈夫かとおもったのですが,PC-E500にとって5Vは低い電圧のようです。5.5Vまでかさ上げすればたぶんクロックアップに耐えられるのでしょうが,なんというか,そこまでする気ももうないので,このまま作業をやり直します。

 終わってみると,これで結局なにもすることがないという状況に寂しさが募るわけですが,これが確かに15年前,あるいは10年前なら,大したものだと感激したことでしょう。これでPDAのようなアドレス帳やスケジュール帳があるとさらに面白いのですが,その手の実用ソフトが皆目揃っていないというのが,当時のPC-E500の立ち位置を微妙に表しています。

 考えてみると,PC-E500のCPUは後にZaurusに搭載されるCPUです。それなりにパワフルで当然です。しかし,いつの時代でもマシンの陳腐化は「メモリ不足」であることを今回もつくづく感じますね。メモリさえあればどうにかなるものです。