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圧力鍋の入り口

 以前から圧力鍋には興味がありました。

 いや,料理が趣味とか,そんなことは全くありません。

 そもそも男の子はですね,いくつになっても「高温高圧」とか「エネルギー充填」とか「爆発」とか「臨界点突破」とか「チェレンコフ光」とか好きなわけです。そんな中で圧力鍋というのは賢い奥様の強い味方である前に,ワクワクするような実験用具なのです。

 結果として(あくまで結果として)その「高温高圧」が,お肉が柔らかくなるとか,カボチャに5分で火が通るとか,極めて平和的に利用されることに,科学の勝利を確信するのです。

 圧力鍋は,今はなき名著「エピソード科学史」によると,1679年にフックの助手だったフランス人のパパンという人が発明した鍋で,当時はsteam digesterと言われていました。圧力をかけると沸点が上がるという理屈を応用した鍋で,訳あってイギリスで活動していた彼の発明品をチャールズ二世は「科学の鍋」と絶賛したとのことです。

 面白いのは,それまで普通では食べることの出来なかったものをおいしく調理できるようになったこの鍋を,自らの著作でレシピ付きで紹介しているのですが,どんなにおいしく出来るか興味のある人は,王立協会まで食べにきてください,と書いてあるんですね。どれだけの人が行ったか知りませんが,サロン文化華やかな時代でもあり,パパン主催の夕食会には著名な人もたくさん招かれて好評だったということですので,科学と料理が結びついた事がいかに実利の伴うものであったかを,当時の人も知ったことでしょう。

 で,私の場合,電磁調理器が1つしかありません。コトコトと煮物をすると,ご飯すら炊けない(私は炊飯器は故障して以降完全に廃止しました)という有様です。これはさすがに不便なので,どうしても先にご飯を炊き,蒸らしている15分で出来るおかずしか作ることが出来ません。

 てなわけで,料理時間が短縮される圧力鍋は是非欲しかったのですが,2万円以上するという固定観念があり,なかなか機会に恵まれませんでした。ところが最近は安いんですね。アルミ製のものなら1000円からあるとか。それって安全なんか?と思うわけですが,先日の友人の結婚式でもらったカタログギフトに,小型の圧力鍋が載っており,これはよい機会だとお願いすることにしました。

 届いたのはワンダーシェフという会社のロタというシリーズで,2.5Lのものです。普通は付いているとされるスノコなども同梱されていません。この会社のホームページを見ても同じ製品は見つかりませんので,絶版品かカタログギフト用の特別品なんでしょう。

 このカタログギフトの他の製品から想像すると,この圧力鍋の大体の価格もわかろうというものですが,そういう野暮なことはしないのが男です。

 早速,ジャガイモを茹でてみることにします。ジャガイモ4個を半分に切り,水にさらしてさっとアクを抜いて,カップ2杯の水と大さじ3杯の醤油,大さじ2杯のみりんにほんだし(この辺がすごい手抜き)を投入し,フタをしてIHのスイッチを入れます。

 この圧力鍋は,最初に取っ手側の「フロート式安全装置」なる弁から蒸気が出始め,圧力が上がってくると弁が閉じ,圧力が上がり始めます。

ファイル 246-1.jpg

 圧力が上がってくると今度はおもりでふさがれていた穴が開いて蒸気が漏れるようになり,圧力が一定に保たれます。ここで火を止めてもおもりのおかげで鍋は密封されて圧力を保ち,さらに調理が進みます。そして冷めて圧力が下がると,先程のフロート式安全装置がカチャンと落ちて,弁が開きます。

 実はこのフロート式安全装置,弁が閉じている間はフタを開ける事が出来ないようにロックをかけます。だから安全装置というのですね。

 ところが,15分待っても,このフロート式安全装置が閉じてくれません。圧力が上がってないのかも知れませんが,蒸気が漏れているんだから当たり前でしょう。かなりグツグツと煮込んでしまい,これだけ強火で煮れば普通に煮ても食べられるよなあ,と思いつつ,心配になって箸でフロートをツンツンと突いてみると,「かちゃっ」と弁が閉じました。びっくりしました。

 そして圧力が上がると,おもりが浮いてシューシューと蒸気が抜けていきます。圧力は無事に上がったようです。

 ここから5分ほど加熱(実は3分ほどでよかったらしい),そして火を止めます。ここから10分ほど放置すれば,もうほくほくのジャガイモが食べられるといういうわけです。

 安心した私は部屋から出たのですが,やっぱり念のため3分後に様子を見に行くと,すでにフロート式安全装置が下りていて,圧力が抜けていました。

 へ,こんなもんなの,圧力鍋というのは?

 びっくりしてふたを開けてみると,そこにあるはずのジャガイモは,わずか3かけらになっていました。あとは全部崩れて,溶けていました。

 形に残っているジャガイモも,箸で挟むとボロボロと崩れていきます。そりゃそうですね,15分も強火で煮込んだあげく,5分も加圧しているわけですから。

 しかし,結局ジャガイモを茹でるのに20分も使ったわけで,圧力鍋のメリットなど何にもありません。私の頭は?が渦巻いていました。圧力鍋とはこのくらいのことでチャールズ二世に絶賛されたのか?

 そこで実験です。

 この説明書には,細かい文字でいろいろと書かれているのですが,どうも理屈っぽくて途中で読む気がなくなる,不思議な説明書です。人のことは言えませんが。

 1.~は禁止,2.~も禁止,3.~は1.に違反するので禁止,4.~も1.と2.に違反するので禁止,てな具合です。3.と4.の禁止の理由が1.と2.に違反と言われてもこっちはしったことではありませんし,普通に3.も4.も禁止としておけばいいだけのことなのに・・・

 さらに,正常な状態の時の動作と,それぞれの時間についても,わかりやすく書いてありません。結局,不良なのか故障なのか正常なのかを判定する方法が見あたらないのです。

 実際に水を入れて沸騰させ,火を止めてからフロート式安全装置が下がるまでの時間を測ってみました。すると,火を止めてから3分から3分半で,圧力が抜けてしまうことがわかりました。

 確かに,火を止めてからもずっとシューシューと蒸気がどこかから漏れているので,当たり前かなあと思います。

 説明書を見ると,パッキンやOリングの不良,ネジのゆるみなどが書かれていましたが,一度分解して見る事に。すると,圧力調整機構のOリングが正しく取り付けられておらず,ネジに噛み込んで変形していました。初心者並みのミスですね,こりゃ。

 蒸気漏れの原因はこれだと断定し,なんとか正しく取り付けて,確認もせずにいきなりご飯を炊いてみることにします。0.7合のお米と同じ量の水を入れ,フタをします。吸水はしないでいいのが圧力鍋の存在意義ですから,ここは速攻でIHのスイッチを入れます。

 こないだと同じように箸でフロート式安全装置を突っついて弁を閉じ,おもりが浮いて蒸気が出てくるようになったらそこから3分加熱,火を止めてから10分放置のつもりだったのですが,またしてもフロート式安全装置が3分ほどで下がってしまいます。他から蒸気が漏れているみたいです。

 ふたを開けると,そこにはおかゆにもなっていない無残なご飯が・・・ご飯マニアの私には正視できない凄惨な光景でした。

 他の部品の増し締めを試みて,いくら何でも水が不足しているだろうと少しだけ水を入れてもう一度火にかけます。しかしやはりうまくいきません。半分パニックになりながらもう一度点検し火にかけると,今度は焦げ臭い匂いが・・・

 あわてて中を確認すると,しっかり焦げていました。鍋底にこびりついた部分はすでに真っ黒になっています。しかし大半はまだおかゆ状態です。お茶碗に食べられそうな部分だけすくい取ると,量が2/3程になっていました。米という漢字はね,八十八と書くんだよ・・・という今は亡き祖父の声が聞こえてきます。

 ことここに至り,私の怒りゲージは頂点に達しました。いや,ワンダーシェフに連絡して交換なり修理なりしてもらえばいいんですが,なにせ大阪の会社です。傍掲示板によるとサポートの電話は要領を得ず,電話代が無茶苦茶かかりそうですし,メールでは無視されるとのこと。しかも修理に送った鍋がなかなか戻ってこないと,ことサポートについては良い評判は出てきません。

 しかも今からだと確実に年末年始に引っかかります。うむー。

 とにかく,蒸気漏れを防ごう,話はそれからだと,よせばいいのに検討モードSwitch-On!です。

 まず,安全弁です。どうもここからは漏れていないようです。

 次,フロート式安全装置。ここは取っ手の部分と繋がっているので,先に安全装置をねじ込んで,これから取っ手をフタに締め付けないと変形し,蒸気が漏れることが分かりました。適当なトルクで締め付けて,漏れないことを確認。

 もちろんフタのパッキンも確認しましたが,ここは全然大丈夫です。

 となると,やはりおもりですね。

 おもりを用いた圧力調整機構の仕組みは,小さい穴をおもりの載ったニードルでふさいでいるというものです。蒸気圧がおもりの重さに打ち勝つと,ニードルが浮いて蒸気が漏れて圧力が抜けてくれます。

 やはりここが原因のようです。火を止めておもりが落ちても,ニードルが穴をふさぎきれず,ずっと蒸気が漏れています。そうこうしているうちに圧力が下がり,フロート式安全装置が下りてしまうようです。

 そこで,穴とニードルを磨いて,真円度を上げ,かつ密着するようにしてみました。

 すると3分程度だったものが4分半まで改善。でもまだまだです。

 そこで,改めてフロート式安全装置をさらに観察すると・・・これはとんでもないものを見つけてしまいました。

ファイル 246-2.jpg

 フロートは軽く作るために,アルミで出来ています。さらに縦方向と横方向に穴を開けて軽くしているものと思われるのですが,この縦方向の穴開けに失敗して,センターを出せずに穴を開けています。

 写真のように,フロートの外壁を突きっていますね。これって,やっぱり不良品なんじゃないでしょうか。

 安全に関わる高圧部分で,このいい加減な加工は,命を預けるには不足です。しかもこれがリジェクトされず,エンドユーザーに渡るなど,カタログギフトをなめているにも程があります。

 さらにニードルを磨き,フロート式安全装置の弁の部分も研磨して蒸気漏れをふさいで,時計を見ると夜中の2時半・・・こんなことを5時間もやってるんですか,私は。

 睡魔と疲労に魂を吸い取られそうになりながら,研磨が終わって組み立ててみようとすると,シリコンゴムの弁をフロートに固定するスナップリングが見あたりません。

 うわああ,最重要部品をなくしてしまいました。これで万事休す。圧力がかかるとフロートだけすっとんでいってしまうので,こんな危険なものは絶対に使えません。

 しかし,研磨の効果はみてみたい・・・そこで様子を見ながら時間を測定してみました。結果は,3分。全然だめです。

 ここで,私の体力は限界に達し,風呂に入って寝ました。

 冷静に考えてみると,ニードルを削って加工したり,穴にテーパーを付けて磨いたり,フロート式安全装置を研磨したりと,どう考えても「壊した」と判断されるレベルになっています。これをメーカーに「初期不良だ」と送り返しても,到底気持ちのいい対応を期待できないでしょう。

 ま,そもそも年末年始にサポートを期待できないという気分から「壊した」わけですが,今にして思うとフロートの加工ミスがあっただけでも,立派に返品理由になったんじゃないかと思います。

 どうせもらい物ですし,販売店に交換をお願いするという普通の対応が難しいカタログギフトですから,運が悪かったとあきらめたわけですが,本来なら洗米-吸水-炊飯-蒸らしで軽く1時間かかる普通の鍋での炊飯が,わずか20分で済んでしまう強烈体験を味わってみたいですし,しかもそのご飯はとてもおいしいらしいじゃないですか。

 あきらめきれない私は,ちゃんとした圧力鍋を物色,フィスラーとWMFで迷った結果,「ドイツでは嫁入り道具」という噂もあるWMFの3Lのものを注文しました。「ドイツ」と「嫁」のダブルフラグにはあらがえません。

 あまり不良品のことをいうのは気が向きませんが,とりあえずこのワンダーシェフという会社,中国製でも日本で加圧試験をやってるので問題なしと豪語する割には,テストしていればすぐ分かる不良をそのままギフト用に回すということで,私の中では久々に最低最悪のフラグが立ちました。それよりなにより,安全装置の加工がこんなにいい加減(これが良品だという基準ならもっとやばい話です)というのは,もうあきれてものも言えません。

 特に安全に関わる装置です。場合によっては怪我をしたり,最悪の場合命に関わるもので,かつ長く使われる性質のものです。実際に昨年事故も発生しています。コスト優先も大事ですし,圧力鍋を庶民に広めた功績は大きいと思いますが,それでも圧力鍋のようなものは,最低ラインを割ることは許されないことだと,このメーカーには苦言を呈しておきます。

 あ,ところで,なくしたスナップリングですが,昨日掃除機をかけていたら見つかりました。一応圧力鍋として使えるようにはなったのですが,火を止めて急冷し直ちに圧を抜くような調理方法では,使えるかも知れません・・・

レンズキャップが届きました

 昨日,FA77mmのレンズキャップが届きました。ヤマトのメール便で届きましたので,連絡をしてから割とすぐに発送してくれたんだと思います。

 早速中身を確認してみましたが,全く問題なし。かすり傷1つついていません。

 いやはや,感謝です。

 中身にメモ1枚付いていませんので,電話で話をしたように送り返す必要もないのだと思います。

 早速FA77mmの取り付けて見ましたが,これでようやくスタートラインですね。ただ,せっかく綺麗なレンズキャップが届いたので,これを常用するのももったいないような気もします。落としたりしますし,なくしてもつまらないので,安いプラスチック製のレンズキャップを使おうかと,考え中です。

 ところでFA77mmですが,つくづく素晴らしいですね。写りも人間らしさがあり,見た人に「これはいいなあ」と感じさせますし,質感は撮影者に「もう一枚」と思わせ,レリーズボタンを押させます。

 また,これだけコンパクトであることは予想外のことでした。MEsuperに付けて撮影をしてみましたが,全然違和感もありませんし,取り回しも楽です。K10Dに取り付けたときのバランスも良く,これは格好いいなあと思わせますね。

 しかし,究極的に,このレンズはやはりLXに取り付けたときが一番格好がいい。雑誌の表紙でLXにFA77mmというのを見たことがありますが,これははっきりいってしびれました。

 なかなか時間がなく,外に持ち出すことが少ないのですが,年末年始の帰省で使い倒そうと思います。

痩せたトラ技

 先日,ふとしたことから20年以上前の「トランジスタ技術」を何冊か古本で購入しました。切り抜きもなく,多くの人が収納のために捨ててしまう「広告」も完璧に温存されている,今時珍しいものです。

 「トランジスタ技術」は1964年10月の創刊です。まだまだ真空管が全盛の時代で,電子回路もまだまだこれから新しい回路やデバイスが登場するという,とても面白い時代だったのではないかと思います。

 私は生まれていないので伝聞に過ぎませんが,当時の電子回路技術者は,原理も使い方も全然違い,不安定で壊れやすい固体素子「トランジスタ」に対して,相当の焦りがあったそうです。

 真空管ならお手の物だったベテランほど,トランジスタには手こずったと聞きますし,口の悪い人の中には,まだまだこれからというトランジスタにあった,あまたの欠点をあげつらい,「だからトランジスタはダメ」と結論したりしたそうです。

 デバイスを作る方もしかりで,当時の精鋭が終結した真空管の設計や製造部門が,半導体の部隊を非常に低く見ていたことはよく知られた話です。

 ただ,そういう逆風が殊更強かったのも,一方でトランジスタの可能性を認めざるを得なかったからだったのでしょう。ベテランほど危機感が強く,そんな人ほどトランジスタが使いこなせず,この時に一斉にエンジニアの世代が入れ替わったと聞きます。

 新しい時代のデバイスの使いこなしでふるいにかけられたエンジニアが,今の我々の大先輩に当たるわけですね。

 閑話休題。

 「トランジスタ技術」といえば,あの分厚い広告で知っている方も多いでしょう。当時広告が多いことで知られた「マイコン」や「I/O」をも寄せ付けない分厚さで,他を圧倒していました。

 それほど広告が効果的だったのでしょうし,また「トランジスタ技術」がプロのエンジニアが読む雑誌だったということでしょう。子供だった私も,トラ技の広告を眺めていると,なにか背伸びをしたような気分になったものです。

 正確に調査をしたわけではありませんが,1970年代のトラ技は15mm程度,これが20mmを越えるのは1980年代に入ってからで,最も分厚かったのはおそらく1985年くらいではないでしょうか。

 手元にある1987年12月号の厚さを測ってみると,なんと26mm。

 ちなみに今月のトラ技(2009年1月号)は,13mm。実に半分になりました。

 1980年代中頃,日本の半導体産業は売り上げで世界の頂点に立ち,日本の電子工業界はまさに肩で風を切っていました。Japan as No.1などと言われ,自動車を含むあらゆる分野で日本の存在感が増した,そんな時代でした。

 LSIの集積度はどんどん上がり,新しいことがどんどん出来るようになりました。コンピュータがワンチップに収まり,後にマイコンブームと呼ばれる時代がやってきました。

 今回購入した1984年から1987年までの7冊のトラ技の広告を見ていると,そんな当時の空気を感じることが出来ます。

 300MHzを越える帯域とリードアウトカーソル付きのアナログオシロスコープは計測器メーカーなら登らねばならない山であり,菊水,リーダー,松下通工,日立,ケンウッド,岩通,YEWと,国産の計測器メーカーが果敢に挑戦していました。そのほとんどがオシロスコープから撤退した現在を,誰が想像できたでしょうか。

 LSIメーカーも,マイコンや周辺のチップで攻勢をかけていて,32bitのCPU,256MbitのDRAM,ISDNコントローラやLCDコントローラなどを積極的に展開,冷蔵庫くらいの大きさのコンピュータがいよいよデスクサイドにおけるくらいになる現実に,明るい未来を見ていました。

 今や押しも押されぬOrCADも,当時はまだまだキワモノソフトの時代です。パソコンでCAD?値段が168000円?そんなCADつかえるかよ,と当時の人はみんな思ったでしょう。

 やたら目に付くのはフロッピーディスクドライブです。秋葉原の部品屋さんの広告は例外なく自作マイコンの部品供給源となっていて,そこには必ずといっていいほどフロッピーディスクドライブが出ています。ほとんどが5inchですが,YD-274なんていうフルハイト(今で言う5インチベイ2つ分の高さです)の2Dドライブが84000円に斜線となっています。ううう。

 ヒューレットパッカードの広告も目立ちますね。電卓のHP-16Cの広告なんか初めてみました。それにミニコンの広告も出ています。HPPAですか・・・これはもしかすると,後にPA-RISCと呼ばれるものの源流,ですかね。でも冷蔵庫並みにでかいですよ。

 ラジオ会館の広告では,店主の似顔絵が描いてあります。なるほど,これが,あんな風になるというわけですね・・・でも,なくなった店もあるので,とても寂しいです。

 こういう雑誌ですから非常に少ないのですが,時におねいさんが出てくる事もあります。いやー,80年代ですねえ。逆にいいですね,ここまでくると。

 今はつぶれた会社,お店もたくさんありますね。藤商電子,Otec,コムスポット寝屋川,ニノミヤ,亜土電子,SNKなんかは求人広告が出てますね。日本テクサですか・・・そうですか,200人近い社員がいたんですね。あ,キーエンスが大証二部に上場したと広告が出ていますよ。

 秋月の広告は別格ですね,当時も。今も昔もぎっしり細かい文字で書いてあったように思うのですが,昔の方がはるかにスカスカです。しかし昔の方がはるかにマニアックで,今読んでいてもワクワクするのはなぜでしょうか。

 80年代に30mm近い分厚さを誇ったトランジスタ技術ですが,その後のバブルの崩壊と「失われた10年」と呼ばれた不況の中,広告はどんどん減って,トラ技は薄くなっていきました。

 トラ技は景気の変動をその分厚さに反映することが多く,薄くなってもまたしばらくすると分厚くなるものでした。分厚くなると「もうかってまんな」という気分になったものです。しかし,今回は違っていました。

 景気の低迷と海外半導体メーカーの台頭により,トラ技の広告が減っていく中,インターネットの普及という大きな流れが押し寄せます。広告媒体の変化,雑誌の売り上げの低迷という雑誌一般に見られる影響を受け,前半のメーカーによる広告に加え,後半の部品屋さんなど小売りの広告も軒並み削減。

 そして,景気の回復した(といわれている)ここ数年も厚さは回復せず,現在も薄くなり続けているようです。おそらく,ですが,30年前の水準になっているのではないかと思います。

 どおりで,2009年1月号の広告を読むのは簡単だったのに,1987年12月号の広告は,たっぷり1時間以上もかかってしまいました。面白かったからいいのですが,この読み応えは確かに往年の「トラ技」です。

 以前は一度目を通した広告はゴミとして処分していましたが,今にして思えば本文と同じくらい面白いだけに,もったいないことをしたと思います。前述の通り,トラ技は買ってすぐに「三枚に下ろす」のが流儀なので,広告の生存率も低いでしょうから,せめて今回の広告だけは,スキャンして残しておこうと思います。

FA77mmのレンズキャップの傷

 FA77mmF1.8の,たぐいまれなるその美味を堪能していた私は,突然冷や水を浴びせられました。レンズキャップに付いていた大きな傷を見つけてしまったのです。

 FAリミテッドレンズはレンズキャップもアルミで,内側は布張りの高級感あふれるものです。別売りもされていますが,2500円ほどもしたんじゃないかと思います。このキャップの縁の部分に,長さ1cm程の大きなひっかき傷が見つかりました。

 よくよく見てみると,ひっかき傷の上から塗装されているので,製造の段階で付いた傷でしょう。出荷時の検査で本来なら不良品としてリジェクトされないといけないもののはずです。

 K10Dもそうでしたが,最近のペンタックスはちょっと品質について甘いところがあるようです。他社からのOEMの方が品質がよいなんてことになったら,それはとても恥ずかしいことだと思います。

 レンズそのものには全く問題はなかったのでどうしようかと迷いましたが,やはり新品を買ったのですから,ここは面倒くさがらずきちんと行動することにします。

 まずは,レンズを買ったお店に電話です。

 ちょっとぶっきらぼうな男性が電話にでたのですが,事情を話すと「これは申し訳ございませんでした」と最初に謝って下さいました。お店の人は悪くないので,いえいえとこちらが恐縮してしまいます。

 それでどうしましょうか,と言われたのですが,私としてはどういう選択肢があるのかをまず知りたかったのでそう伝えると,レンズごと一式着払いで送り返して,その後新品を送り直すというのが1つ,もう1つはレンズキャップだけ交換するというものでした。

 別に本体に問題があるわけではありませんし,交換すると手間も時間もかかります。キャップだけで済むなら手元にレンズを置いておけますし,今回はキャップだけの交換でお願いすることにしました。

 キャップも送り返せばよろしいですか,と聞くと,返してもらう必要はなく,そのまま持っていてください,とのことでした。郵便で送るということで,届くまで少々時間がかかるのは別に構いません。

 ここで一度電話をおいたのですが,交換ではなく新しいキャップをお店が私にプレゼントしてくれるというのですから,新品じゃないかもなと思って,また電話しました。同じ方に出て頂いて,それは新品なんですかと聞くと,もちろんですとのお返事。

 ただ,キャップの在庫がないので,在庫のレンズからキャップを外して送るので,裸になってしまいますがいいですか,という気の遣いようです。いやはやまいりました。

 前述の通りキャップは2500円ほどします。これを送ってくれるというんですから,メーカーの不良品の処理をかぶることになるわけです。不良品はお店からメーカーへ送り返すのが普通ですし,今時の通販業者ならそれすらやらず,ユーザーに直接メーカーに問い合わせろで終わることも多いです。

 私が心配することではないでしょうが,レンズキャップが外された在庫のFA77mmは売り物になりません。どれだけの在庫があるのか知りませんが,もともと数の少ないレンズを,ボーナスシーズン&値上げ前の駆け込み需要の旺盛なときに,1つ在庫が減るというのはお店にとって金額以上の損失になるはずです。

 もし,レンズキャップの入荷が遅れたら,レンズそのものも長く売れなくなります。もし私が一式すべてを返品したり,レンズキャップをきちんと返せば,直ちにメーカーに返品ができ,代わりのものが届くか,返金されることでしょう。お店にとっては,これは結構大きな差になるんじゃないかと思うのです。

 ただ,私が一式返品すると,送料だけで往復2000円近くかかります。これをお店で負担するのは確かに損です。キャップだけの交換ならそんなにかからないでしょうが,それでも無料ではありません。郵便でちょちょっと送って済めば,それが一番安くつくのは事実です。

 私もお店にいたことがあるのですが,メーカーや卸との関係が良好だと,本来は一式でないと不良交換出来ないはずでも,とりあえず在庫からお客さんに欠品してたものをさっと渡し,数日中に急いで代わりのもの持ってきてもらえたりします。メーカーの責任で起こった事故を,とにかくお店が早期に解決したわけですから,メーカーもお店にとても感謝してくれます。こうして,お店とメーカーとの間が信頼で結ばれるんですね。

 ただ,そういう信頼を維持して昔ながらの商売をしていたら,安売り店に勝てません。お客の多くは,直接的な価格の安さを重視するようになっているからです。機械的,事務的に商売をすることで販売コストを下げることが当たり前になり,こういう融通がなかなか利かなくなっている傾向のなか,このお店は非常に「トラディショナル」であると言えるでしょう。それでいて売値は安い。これはなかなか出来る事ではないですよ。

 最終的には,お店は額面上の損をしないようになると思いますが,さっき書いたように売れないものを在庫で持つことの損失をある期間背負うことになります。私のような一般顧客に対し,そこまでしてもらえることに,私は非常に感心しました。

 せっかくですので,その新しいキャップが届くことを心待ちにしたいと思います。そして,期待以上のサポートをして下さったお店に,感謝したいと思います。次もここで買うことにしましょう。

 ところで,K10Dについては,シャッターのレリーズ回数を調べて,本当に新品だったのかどうかを確認してみることにしました。調べて見ると,152枚目の写真のレリーズ回数が352ということで,工場出荷の段階で200回ということになります。このくらいのレリーズ回数は普通という事で,このK10Dは新品であると判断しました。

 なんか釈然としないのですが,あれこれやりとりするのも面倒なので,もういいことにしたいと思います。

FA77mmF1.8Limitedを買う

 私は正直,ペンタックスのリミテッドレンズを「三姉妹」と呼び,FA77mmを次女と言ったりFA43mmを長女と言ったりするセンスには嫌悪感がありますし,FA77mmに「トロトロ」などという気持ち悪い愛称を付けることにも激しい抵抗があるので,リミテッドレンズの評判を額面通りに受け取ることはしないでおこうと思っていました。

#そういえばコシナの廉価版広角レンズを「三姉妹」と呼ぶ人もいましたね。私は三女の20mmF3.5を持ってますが・・・

 ただ,ペンタックスは昔からレンズの良さにボディが付いてきていないと言われることがあったくらいのメーカーで,単純な良し悪しを越えて,他には代わりがいない個性の豊かなレンズを継続的にリリースし,レンズのペンタックスという評判を不動のものにしてきました。

 多層マルチコーティングの先駆者であったり,後の世にパンケーキレンズと呼ばれることになる薄型レンズがプレミアがついて高値で取引されたり,放射能レンズと言えばスーパータクマーかズミクロン,あげくFA☆85mmF1.4はあまりの性能の良さにニコンがパクったとかホントかウソかわからん話まで出てくる始末です。

 一般的にはカメラそのものの良さが評判になりやすく,レンズの良さを高い評価に繋げるのはある程度のマニアから上だと思うのですが,何十年もレンズの良さを訴求し続ける,目立たないしわかりにくいけど真面目なスタンスは,もっと評価されてしかるべきと思います。

 そのペンタックスも残念ながら往時の勢いはすでになく,多くのレンズが他社のOEMだったりする現実に,過去を知るファンは涙したことかと思いますが,良いように解釈すればどこが作っても同じような安い(けど性能はいいんですよこれが)ズームレンズはあえて他社から調達し,ペンタックスしか出来ないような個性のあるレンズに資源を集中したと考えれば,ファンも(勝手に)納得するんじゃないかと思います。

 そんな中でFA77mmF1.8Limitedです。

 リミテッドレンズの素晴らしさは,数値だけで追い込まず設計者の感性と撮影結果からチューニングを重ねた光学系に,往年のタクマーレンズを彷彿とさせるアルミ削りだしの鏡筒,そしてAFレンズながらマニュアルレンズとしての使い勝手を全く犠牲にしない「撮影する楽しみ」を満喫できるところにあります。

 おそらく,この手のレンズのなかでは最も支持され,成功したレンズだろうと思うのですが,銀塩時代に生まれたフルサイズのFAリミテッドレンズには31mm,43mm,77mmの3つがあります。どれもすばらしい個性を持つレンズで,高い評価を得ています。

 また,国産の単焦点レンズとしてはそれなりに高価であり,憧れのレンズでもあります。

 私も,このレンズの素晴らしさには随分昔から憧れていて,ニコンをやめてペンタックスに鞍替えするかと何度も思ったものです。結局ニコンとペンタックスを使い分けるという方針で「両方」のユーザーになってしまうわけですが,特に欲しかったFA43mmはまともなボディが揃った時点で手に入れて,期待以上に感性に訴えるその写りに大変満足をしていました。

 FA77mmについては,むしろFA43mmよりも欲しかったといってもいいと思います。しかしやっぱり高価です。ちゃんとした使い道がはっきりしているならともかく,とりあえず押さえておくか,では手が出せない価格です。

 しかし,あの吸い込まれそうな前玉,たまりません。

 そうこうしているうちに,来年2月に値上げになることが発表されました。実に2万円以上の値上げです。ますますあの魅惑の前玉が遠のいてしまいます。

 しかもこれからボーナスシーズン。工場が国内から海外に移転されることも決まっているので,特にFAリミテッドレンズには駆け込み需要が集中することが予想されます。すでに現時点でシルバーは在庫が切れている店が多く,ブラックも安売り店から順に消えているような感じです。

 ええい,悩んでいる場合ではない,と買うことにしました。FA77mmF1.8Limited-Blackをとうとう買ってしまいました。

 なお,FA31mmについては,不思議と全然欲しいと思わないんですよね。高価であることもそうですし,広角を得意としない私にとっては完全に持て余し気味です。しかもこれをAPS-Cのデジタル一眼に付けると46mm相当ですから,全然うれしくありません。

 さて,昨日の夜,荻窪のさくらやさんにお願いしたFA77mmが届きました。銀塩時代のレンズだけに,箱は小さく,昔ながらのグレーの箱です。10万円クラスの大口径中望遠レンズが収まっている箱とはちょっと思えません。

 取り出してみると,これは50mmレンズかと思うようなコンパクトなレンズです。Planar50mmF1.4/ZFよりも小さいでしょう。

 しかし,その密度感というか,凝縮感には感動的なものがあり,アルミ削りだしの鏡筒の質感の良さと剛性感に,まず最初にノックアウトされてしまいます。すばらしい。

 そしてレンズキャップを外して,前玉をのぞき込みます。いやー,吸い込まれそうです。幸い傷やホコリもなく,とても綺麗です。77mmでF1.8という大口径レンズですが,フィルター径は49mmです。

 この49mmというのは結構重要なことで,タクマーレンズの時代は広角から中望遠まで,とにかく49mmに収まっていました。ニッコールもそうだったのですが,出来るだけフィルター径を変えないようにしよう,と頑張っていたようです。

 加えて,昔のレンズは前玉も小さく(これはむしろ直径の大きなレンズを量産する技術が未熟で,とても高価な特殊レンズになっていたことが理由でしょう),レンズ全体もコンパクトでした。

 Aiニッコールの105mmF2.5もそうですが,前玉が鏡筒の直径ギリギリまで大きいレンズはとても格好がいいものです。同じ直径の前玉でも,もしフィルター径が72mmだったらきっと不細工に見えることと思います。目が大きい方が美しく見えるというのは,人間も同じかも知れません。

 K10Dに取り付けて見ます。ファインダーをのぞき込むと,明るい視野と案外自然な画角に気が付きます。115mm相当になるというので一瞬の非日常を感じるかと覚悟をしていたのですが,それもありません。私は案外,凝視をするタイプの人間なのでしょう。

 絞りを開放し,とりあえず室内でそこら辺の写真を撮ってみてみます。

 写したものは何でもないものですが,非常にびっくりしました。線は繊細でありたおやかで,深い色調と豊かな階調をたたえています。今自分が見ている実物をも越えるような気さえします。勝手なイメージですが,この写りが男性的か女性的かと問われれば,それはやはり女性的と言うほかありません。

 ボケもとても綺麗で,うるさすぎることはありません。ただ,銘玉と呼ばれる数々の85mmレンズのような,混じりけのない無垢なボケということはないです。そこはやはり傾向というか,クセというか,このレンズの個性があります。

 それと,色収差が大きいですね。銀塩時代に作られたレンズで,しかもスペックで追い込まないというコンセプトのレンズだったわけで,収差の修正には慎重だったと思うのですが,そういう事情も考えてこの色収差をきちんと理解している人でなければ,現代の10万円のレンズとしてはクレームの嵐となったのではないでしょうか。

 銀塩時代には問題にならなかった収差も,デジタルになってピクセル等倍が当たり前になると,かなり目立つものです。特に1000万画素を越えると実害はないけども目立つ存在です。

 個人的には,色収差を補正するのに他の特性が引っ張られることも好きではなく,個性としてある程度は許容した方が面白いと思っています。どうしてもというなら現像ソフトで修正も可能ですし。

 このレンズも,F2.8からF5.6位が最も特性がよくなるとされていますが,F1.8でも全然大丈夫です。この手のレンズは絞りを開放するとわざとらしい写真になったり,ボケの不自然さや汚さが目立ってしうものですが,FA77mmについてはそれはなく,絞り開放も積極的に使っていけるという実感を持ちました。

 続けて,銀塩でも試してみましょう。MEsuperを引っ張り出し,FA77mmを装着します。そして期限切れになったコニカミノルタのセンチュリア200をつめます。久々のフィルム装填です。

 ファインダーをのぞき込むと,新たな感動がありました。35mmフルサイズの視野の広さ,そしてマニュアルフォーカス全盛のカメラが持つファインダーの見やすさは,FA77mmの素晴らしさを一瞬で理解させる力があります。

 最近のレンズはAFが前提ですのでピントリングの回転角は小さいものなのですが,FA77mmはマニュアル操作もちゃんと考えてから,昔のレンズ並みに回転角が大きく,AFレンズのクセにしっとりした高いトルクと相まって,完全にMFのレンズとして通用します。早速10枚ほどシャッターを切りましたが,実に楽しいです。

 レンズは本来ガラスで出来ているもの。ガラスの持つ密度感に我々人間は憧れがあり,グラスでも工芸品でも,ガラスで出来た品物に惹かれます。最近のカメラのレンズは軽く,プラスティックも使われて,それでも非常に良く写るようになりました。しかし,ガラスの塊であって欲しいという願いも一方で強く,ペンタックスのリミテッドレンズには,この欲望を満たすものがきちんと備わっています。

 以前も書きましたが,写真というのは,カメラやレンズの性能だけで撮るものではありません。カメラを持った感触,ファインダーを覗いたときの感覚,そしてシャッターを切ったときの振動や音が,もっと写真を撮りたい,という気持ちにさせてくれるのです。

 今回のFA77mmとFA43mmは,私の期待を裏切らないものでした。完全な趣味の世界として,この2つは私の常用レンズになると思います。高い買い物ではありましたが,価値ある買い物だったと思います。デジタルにも銀塩にも,どちらにもどんどんいきましょう。

 ところで,このFA77mm,シリアルナンバーが9000番台なんです。ちょっと調べて見ると,2007年の段階ですでに10000番台になっているそうですから,私のFA77mmは今から2年は経過したものということになりそうです。

 それで,実はFA77mmの話,これで終わりではありません。ちょっと厄介なことになってしまったのですが,それはこの続きで。

BDの高画質を初体験

 PS3を手に入れ,XGAのプロジェクタと組み合わせてなんちゃってHD化をしたのに,BDソフトを全然手に入れていませんでした。

 しかし,そもそも「マジックアワー」のDVDを予約しようと思った際,せっかくならBDにしよう,そうするとPS3が近道か,という流れがあってPS3を手に入れたわけで,最初のBDが「マジックアワー」であることは,むしろ必然ともいえました。

 てことで,初めてのBDですが,いやはや,これは想像以上でした。

 BDの次の光ディスクは技術的には目処が立っているが,その大容量の使い道がないので,ひょっとするとBDが最後のコンスーマ向け光ディスクになるのでは,と言われていたりするのですが,これはそれなりに核心を突いているんじゃないかと,本当に思いました。BDの情報量があれば,私はもう十分です。

 VHSからDVDへの移行は,VHSがディジタルになってきれいになったらこんな感じだろうなあ,という「想定内の」画質だったわけで,その点でDVDの果たした役割というのは,映画は借りるものではなく買うものだ,という意識が大きく変化し定着したことと,映画は数が売れると証明され,結果としてこれを見越した安価な価格設定が一般化した,という,買う側と売る側の意識改革だったのではないかと思います。

 ところが,やっぱ画素数が増えるというのは劇的ですね。髪の毛一本,しわや衣服の縫い目まで映っています。しかも色の深みがすばらしく,画像に圧倒的な情報量が存在することがよくわかります。

 DVDが綺麗なテレビなら,BDは小さい映画館という感じでしょうか。

 私のプロジェクタは720pまでですから,これがフルHDになると,もっとすごいわけです。720pでも違いが歴然だったのに,これ以上の世界が(もうすでに)あるというワクワク感は,近年のデジタル家電の中では,私は余り味わったことがありません。

 オーディオも大したものですね。私の環境では再現できないんですが,デフォルトがリニアPCMの5.1ch。DTSなら6.1chです。画像がこれほど素晴らしくなると,当然高い音質が欲しくなるわけで,いわゆるホームシアターが一部の物好きのお遊びにとどまらず,広く一般化する可能性があるのではないかと,そんな風に思います。

 さてさて,肝心の「マジックアワー」ですが,前半のテンポの良さは期待通りの面白さです。三谷幸喜の真骨頂は,大いなる掛け違いがドタバタしながらもいつの間にやら収束して行くところにあるわけですが,その収束は案外早く済んでしまいます。

 要するに,デラ富樫が偽物とばれてしまうんじゃないかというドキドキを,もっと長く味わいたかったということです。偽物であることがばれてしまって,その後どうなるのか,については,ある程度先が読めてしまうのであまり期待できないわけです。ここが,前半と後半の面白さが天と地ほどに違う,この映画の特徴ではないかと思いました。

 しかし,「ラヂオの時間」も「有頂天ホテル」も,大いなる掛け違いがどこに着陸するのか,を楽しむ映画であったのに対し,「マジックアワー」はそれは前半のお楽しみ,後半は別のテーマに挑んだ作品であるとも言えるわけです。このあたり,一般的にはどういう評価になっているんでしょうかね。


 ということで,20年以上前,ハイビジョンが一般家庭に入るなんて夢のようでしたが,こうして少し前に上映された映画がハイビジョンで,しかも手頃な値段で売られる時代になりました。技術的も大したことですし,ビジネスという点でも大きな革新であったと思います。

 いつだったか,テレビの映画の放送が受けない時代になったと聞いたことがあります。テレビが登場し,映画が放送されるようになると,映画館の動員数が激減し,日本の映画界は大変な騒ぎになりました。この時,娯楽としてテレビは勝者に君臨したわけです。

 しかし,DVDが安価で売られるようになると,CMとカットが入るテレビの映画放送を楽しむことはなくなり,見たい映画はDVDを買うか借りるかする文化が定着しました。このころから,テレビの映画放送は,手っ取り早く視聴率を稼げる番組ではなくなったそうです。

 テレビもハイビジョンになりましたが,パッケージメディアもハイビジョンになりました。BDの圧倒的な情報量は,地上波デジタルを凌駕しているため,こうしたテレビが不利な状況は変わらず,若い人を中心に見なくなりつつあるテレビは,今後ますます苦しい立場になるんじゃないのかなと,そんな風に思います。

 

K10Dも買いました

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 K10Dを買いました。

 あちこちで処分価格が出ていますね。PENTAXのデジカメは,発売当時どれだけ評判が良くても最終的には投げ売りが起こる事が多くて,悩ましいです。K10Dも46000円程度が出ています。

 私は昨年の5月に,同じように特価が出ていた*istDLを3万円で購入した,PENTAXにしてみると誠にありがたくないユーザーなわけですが,今回のK10Dも46780円で買いました。送料も代引き手数料も含まれているので,実質45000円台だったことになるかも知れません。

 K10Dはご存じのように,PENTAXがその迷走に終止符を打った渾身のモデルで,高い完成度とてんこ盛りの機能,カメラ・オブ・ザ・イヤーなどの価値ある賞を受賞するなど,「PENTAXはやればできる子」であることをファン以外にも広く知らしめた一台です。

 1000万画素,手ぶれ補正,ゴミ除去,ガラス製ペンタプリズム,多点測距AFと,ハイアマチュア向けに意欲的な仕様を盛り込み,しかし一方でM42レンズまで面倒を見る,ユーザー思いの真面目な作り込みも忘れていません。

 そのK10Dがこの値段なら,買いだと考えてポチりました。そもそも,今使っている*istDLは,不満だらけなのです。(気に入った点が不満を越えているので問題はないんですけど)

 *istDSや*istDLなども,確かに基本的な能力は十分ですし,機能的にも行き届いたものがあって,PENTAXのユーザー視点にはつくづく頭が下がりましたが,いかんせんボディがあらゆる面でちゃちで,*istDLを箱から出したとき,まず最初に「おもちゃみたいだなあ」と余り良くない印象を持ったものです。

 それに,MZ-10を修理した時に感じた,内部機構のコスト最優先,耐久性に対する割り切りが後押しし,基本的に末永く使う事を考えていませんでしたから,自然と愛着もわいてこない状態でした。シャッターは緩慢でだるく,タイムラグの大きさには閉口しましたし,その音は脳内のドーパミンが一斉に引いていくのが分かるほどです。

 ホールド感もいまいちで,手ぶれを連発して落ち込むこともしばしばです。

 K10Dもそうかなあ,と届いた箱を開けてみましたが,質感はなるほど中期機種のそれです。私は質感とは密度感とほぼ同義かなあと思っていまして,K10Dは見た目と重さのイメージがほぼ一致,手にとって「よしよし」と思えるカメラになっています。

 そもそも,*istDLを買ったのも,FA43mmF1.9という本当に素晴らしいレンズをデジタルで常用するという目的のためでした。だから多少の欠点や問題は目をつぶることもできたのですが,これがK10Dになると不満の大半が解消する,と期待して,今回購入したわけです。

 この機種から採用になったリチウムイオン電池を付属の充電器で充電し,FA43mmF1.9を取り付けて電源を入れてみます。「お,おおお」という,いい印象と,「こんなものかな」というそこそこの印象が交錯する,そんな感じでした。まとめてみます。


・AF
 AFは力強く,合焦までの速度も向上しています。電池をリチウムイオンにしたことでAFモータの駆動電圧も上がって,それでキビキビ動くようになったのでしょう。幸い私のK10Dについては精度も良く,測距点がスーパーインポーズされることも手伝って,格段に使い心地が向上しました。

・多点測距
 多点測距が可能になりましたが,AFのモードを切り替えられないので,あんまりうれしくありません。AUTOはどういうアルゴリズムで測距点が選択されるのか不明ですから任せられないですし,SELでは矢印キーで測距点を動かすことが可能でも,不意に動かないようにロックできないのでこれまた信用できません。結局私は中央1点のみでの測距がデフォルトになりました。
 つくづく思うのですが,AFの測距点が増えることが高級機の証のような印象があるなかで,結局それら測距点は同時刻に1つしか動けないわけですから,いかにしてその多数の測距点を切り替えるか,が勝負なわけです。
 複数の自動選択アルゴリズムを搭載するのも手ですし,ユーザーにダイアルやカーソルキーで選択させるのも手ではありますが,個人的には自動選択が撮影者をアシストできるなら,それこそが多点測距の本当の価値であると思います。

・ファインダー
 倍率0.95,視野率95%のガラス製ペンタプリズムは評判通り明るく見やすく,情報表示も良く整理されており本当に良くできていると思います。前述の通り測距点がスーパーインポーズすることもありがたく,これは測距点の位置を知ること以上に,撮影のテンポを作り出すカメラの「相づち」として,大きな意味があると思います。
 AFが優秀になれば,ファインダーなどは構図を確認する役割くらいしか持たないわけで,その見やすさにコストをかけることが難しくなります。しかし,PENTAXはM42レンズを使ったときの見やすさやフォーカスの合わせやすさを犠牲にしないという理由で,伝統的にファインダーの明るさや見やすさにはこだわっています。M42レンズが使えます,ではなく,M42レンズを使って遊んで下さい,というメッセージでもあるわけで,こういうところがPENTAXの良さだと思います。

・シャッター
 シャッターの基本構造は,おそらくですが*istDLなどと同じだと思います。電池が変わったことでモータやソレノイドの駆動電圧が上がり,動きが素早く,力強くなったことと,バネにチャージするエネルギーを増やせたことで,動作がキビキビして好印象です。エネルギー密度が高まったという感じでしょうか。こういうところも質感を向上させるものなんだなあと知りました。また,タイムラグもだいぶ改善されたようです。
 ただし,音は相変わらずで,改善されたとはいえ切れ味は良くないです。ブラックアウトの時間も長いという印象で,こういうところの積み重ねが最終的な写真の良し悪しを決めるのかも知れませんね。

・設定
 設定項目は相変わらず多いです。基本的な機能の選択,ユーザーの好みに合わせる操作性の選択,利便性か趣味性かの選択など,いくつかの種類があるように思うのですが,それぞれがそこそこ上手に整理されていることと,階層が深くないので設定を探すのは比較的楽です。
 また,その設定で何が変わるのかがちゃんとガイドされるので,いちいち説明書を開く必要もありません。これは見習うべきカメラが多いでしょう。
 それにしても,なんとまあ行き届いた設定項目でしょうか。デバッグ担当者は死ぬ思いをしたんではないかと思います。

・画質
 今時1000万画素は珍しくもありませんが,私にとっては初めての10Mピクセル体験です。撮影して分かったのは,レンズの性能がもろに出るなということ,ぶれが目立つなということ,そしてやはり高精細な画質にはその情報量に圧倒的なものがあるなということです。
 D2Hを使っていると,最終的な情報量は画素数によらない,ということを確信出来るのですが,良くできた1000万画素には圧倒的な情報がすり込まれているという当たり前の事を思い出させてくれます。
 それにしても,D2Hに比べて2.5倍もの情報を,これだけの時間で処理してメモリカードに書き込むんですから,大したものです。

・手ぶれ補正
 個人的には,これが一番納得がいきません。PENTAXの手ぶれ補正はボディ内部でイメージセンサを動かす補正方法ですから,どんなレンズにも有効になることが利点ですし,最大で4段もの補正能力があるという強力なものですが,私はあまり実感できずにいます。
 FA43mmで,様々なシャッター速度で撮影をしてみましたが,1/2秒くらいまでだと手ぶれ補正をONにしてもOFFにしても,どちらもほとんど手ぶれがなく,差があまりないのです。
 1秒にすると,どちらも同じくらいにぶれています。故障かもしれないなあといろいろ試してみましたが,K10Dを左右にぶんぶんわざと振って撮影すると,OFFでは派手に流れた画がONではぴたっと止まっています。うーん・・・
 効果は絶大とは言えるかも知れませんが,こんな激しいぶれを,人間が起こすなど普通は考えられませんから,シャッターボタンを押すときの小さなぶれをびしっと押さえてくれるようでなければ,実用的な意味はありません。
 ボディ側での手ぶれ補正の性能を「こんなもんだ」とする意見もあるようですが,もう少し試して,PENTAXの手ぶれ補正のクセを見極める必要があると思います。
 ちなみに,ニコンのVRレンズは,非常に劇的でした。手ぶれをびしっと押さえてくれますし,レンズ内で補正するのでファインダーでその効果が確認出来ます。ファインダーで像が止まって見えることのメリットを強く感じた瞬間でした。
 どっちにしても,PENTAXの手ぶれ補正に過信は禁物です。

・ほこり除去機能
 手ぶれ補正機能を利用して,イメージセンサを意図的にぶつけて付着したほこりをふるい落とすという乱暴な方式のほこり除去機能が搭載されています。
 どういうわけだか,これだけレンズを交換して使っているにもかかわらず,私はイメージセンサにほこりが付着して困ったという経験がほとんどありません。ゆえにあまり必要性を感じてはいないのですが,せっかくですから使ってみようと,電源ONで必ず動作するように設定をしてみました。
 しかし,電源を入れる度に「コトン」と結構な衝撃があり,不安になったので機能をOFFにしました。こういうのは,必要になったときだけやればいいわけで,常用するのはやめた方がいいというのが藁死の結論です。

・操作感
 操作感も悪くはありませんが,やはりボタンの質感などは今一歩なところがあります。ただ,シャッターボタンは良くなりました。軽いタッチでレリーズできると,それだけぶれが軽減されます。動作も軽く,もう*istDLには戻れません。
 ところで,サブLCDのバックライトの点灯ボタンが独立していないのは納得がいきません。露出補正ボタンでバックライトがONするのですが,ユーザーは露出補正がしたいのであり,バックライトが点灯することは予期していません。露出補正をしようとしてサブLCDがいきなり緑色に光ると一瞬思考が飛んでいき,撮影の邪魔になりました。
 また,周囲の邪魔にならないよう,バックライトを直ちに消す必要があるケースも多いにもかかわらず,消灯は時間が経過して勝手に消えるのを待つしかありません。誤ってもう一度露出補正ボタンを押すと,そこからさらに点灯時間が延長されて,なかなか消えてくれないのです。
 それで,設定からバックライトをOFFにするようにしたのですが,これだとバックライトを点灯させる方法が奪われてしまいます。暗いところで確認するのにバックライトがあると助かる場合もあるのですが,こういう形で封印されてしまうのは甚だ疑問です。
 バックライトですからね,暗いところで使うものなわけですよ。暗い場所でもさっと操作できることが大事なのですから,実は露出補正ボタンへのアサイン自体が問題なんじゃないかと思います。ニコンと比較するのは問題ですが,電源ボタンをON位置よりさらにひねる(PENTAXでいうプレビューです)と点灯という操作は,暗闇での操作も確実で,ここまでしてようやくバックライトは,ありがたい機能になってくれるのです。

・大きさなど
 *istDLは左右の幅が小さく,きゅっと圧縮されたような張り出し感もあって,個人的には好印象だったのですが,K10Dは左右が妙に間延びした感じがして,見た目はあまり良くないなあと思いました。
 しかし手に取ってみると,やはりK10Dはしっくりきます。*istDLは小さすぎて手ぶれを連発しましたが,K10Dは手にスポッとおさまり,自然にシャッターが切れ,おかげで手ぶれ補正OFFでも手ぶれ限界が相当上がりました。
 防塵防滴というのもとてもいいです。防塵防滴が実際に役に立つことはもちろんですが,密閉構造にした事による剛性感や密度感,音の出方が中級機にふさわしいものになっていると思います。

・雑感
 さすが中級機,ハイアマチュア向け,と思わせるものは当然ながらあり,PENTAXはいい仕事をしたなあとうれしくなりました。しかし,一方で今のPENTAXにとっては,これが限界なのかも知れないなとも思いました。
 以前はP30のようなカメラがある一方で,LXや645,67などの高級機がその質感や音で多くのプロやマニアを夢中にさせたわけですけども,今のPENTAXにそこまで望むことはできません。
 むしろ,そうした身の丈を越えた商品展開が昨今のPENTAXの状況を生んでいるといえなくはありませんが,LXはそれまで手がけてこなかった「究極の一眼レフ」を60周年記念で作ろうと奮起した結果ですし,中判の一眼レフも創始者が熱望して商品化されたという経緯もある,良き伝統でもあるのです。
 HOYAというシビアな会社の一部になったことがマイナス要因だとすれば,断片的に漏れ伝わってくる「MF時代のプロ用一眼レフで当たり前に出来た事を実現する」というプロ用デジタル一眼や,来年夏までに登場するK20Dの後継,そして中判の開発凍結の解除などの噂は,あくまで噂ではありますがプラス要因です。
 ただ,すべて膨大な予算と,高い技術力が必要な商品ばかりです。個人的にはこのすべてが実現するのは,かなり難しいだろうなあと思います。(プロ用一眼レフや中判が売れまくって儲かる,なんていう話はあまりないと思います。)

 ところで,「MF時代のプロ用一眼レフで当たり前に出来た事」って,なんでしょうね。

交換式ファインダー(これかなあ)
ミラーアップで撮影(これもあると便利)
機械式のバルブ(撮影に電池がいるんだから意味なし)
戦場でおそわれたとき武器になる(これは欲しい人がいるかも)
電池がなくなっても動く(これは無理)
多重露光(これは実現してます)
交換式フォーカシングスクリーン(これも実現してます)
交換式撮像素子(MF時代にあったかそんな機能)
南極,宇宙でも確実に撮影可能(MF時代でも当たり前じゃない)
フィルム巻き上げ,巻戻し(単なる儀式じゃないか!)
モータードライブ(いらん!)
交換式データバック(いらんっ!)
ねじ込み式レリーズが使える(いらんだろ・・・)
FP接点(FPが必要なフラッシュの入手が不可能だろう)
横走りシャッター装備,しかもゴム引き絹製(個人的にはうれしいが意味あんのか)


 ・・・というわけで,これから寒くなり,外に出るのがますますもって億劫になるわけですが,冬は空気の澄んだ季節でもあります。寒さという緊張感の中でシャッターを切るのもまた楽しいことなので,せっかくですから年末年始をK10Dで切り取ってみようと思います。

MacBookProにメモリをおごる

 MacBookProのメモリを増やしました。4GBです。

 しかし,安くなりましたね,メモリ。これで儲かるのかと思うほど(実際儲かってないのですが)安くなっています。

 ちょうど昨年の今頃,512Mbit品が1ドルを割り込み,年末から年始にかけてパソコン用のメモリも急激に値下がりしました。こんなことを放置していてはDRAMメーカーはつぶれますので,次の世代にさっさと移行してそこできちんと儲けるように動いたわけですが,果たして1年たった現在,次世代品である1Gbit品がまた同じように1ドルを割り込んでしまっています。

 供給過剰が理由の1つと言われていますが,結果として世代交代が1年周期という速度で進んで,旧世代のメモリの値段が下げ止まってしまうだけではなく,旧世代のパソコンに合致するメモリの入手が難しくなる時期が早まることが,ますますパソコンの消耗品化を加速するのではないかと,ある種の焦りを感じています。

 最近はCPUも高速化し,一般的な作業にはストレスのない処理速度を今戸金おパソコンは持つようになっており,「遅い」を買い換えの理由に聞く機会は減っているわけですが,一方でメモリの最大搭載可能容量がすぐに不足気味になり,それで買い換えをすることになるケースは増えていると思います。メモリの世代交代の速度が上がると,ますますその傾向は強くなるでしょう。

 前置きが長くなりましたが,MacBookProのメモリはDDR2-667のSO-DIMMです。同じ種類のDIMMを2枚搭載するとデュアルチャネルになり,アクセスが高速化されるそうなのでできれば同時に交換です。(MacBookProの場合,フレームバッファがメインメモリと独立しているため,デュアルチャネルにしても数パーセントしか高速にならないので,無理をすることはないという意見もあります。)

 本体の工場出荷時に1GByteが2枚入っており,2つあるメモリスロットがすべて埋まっていますので,2GByteを2枚購入して全部入れ替えるというのが現状では最もよい選択肢です。ここ最近の値下がりで,2GByteのSO-DIMMを2枚買っても4千円台です。

 私が買ったのはKingstonのものです。メモリモジュールは,以前はチップメーカーによって性能が決まったものですが,最近はチップが優秀でも基板の設計の良し悪しが性能を左右するので,メモリモジュールのメーカーもそこそこ名前の通ったものを選ばないといけません。そもそもこれだけ安いと,ノーブランドとかバルクのメモリを積極的に選ぶ理由はないと思います。

 有名メーカーのメモリモジュールでも,MacBookProでは相性の問題があるという話を少し聞いていたので,正直ドキドキして,到着を待ちました。

 昨日無事に届いたので,早速交換です。

 あっさり起動。確認するとちゃんと4GByteになっています。あっけないものです。アクティビティモニタで確認すると,2GByte以上の広大なメモリが空いた空間となっているのがわかります。素晴らしいです。

 先日の友人の結婚式の写真のRAWデータを,CaptureNX2のバッチ処理で一括処理を行ってみましたが,ただの一度もスワップは発生せず,すべてオンメモリで処理が終わりました。

 今のところ問題は出ていませんが,今日の夜にでもメモリテスト用のツールで試験を行います。ちゃんとメモリが認識されていても,1ビット化けるだけで誤動作するのがコンピュータの世界。大容量のメモリを搭載したという事は,それだけビット化けの起こる可能性が上がるという意味ですので,安心のために確認をしておきましょう。

 あまった1GByteのSO-DIMM2枚は,友人のMacBookに提供することにします。標準の1GByteではスワップが起こっているそうですし,2GByteもあれば当分大丈夫でしょう。

 それにしても,1GbitのDRAMの大口向け価格が1ドルとして,2GByteのメモリモジュールを作るとチップだけで16ドル。この時点ですでにDRAMメーカーは大赤字です。

 モジュールにするために基板やらEEPROMを入れて18ドルとすると,日本円で約1800円。工賃やらなんやらで2000円近い値段になるわけですが,これを最終的な小売価格で2300円程度にするというのですから,流通のそれぞれのステージで100円くらいの儲けでしょう。利益率5%ですか・・・利益の少ない事で知られる書籍でも,もう少し儲かりますねえ。

 心配なのは,こういう無理な価格低下の圧力のせいで,品質が落ちてしまうことです。メモリモジュールのような汎用品は,多くのパソコンに使えるよう,ある程度の性能のマージンを見込んでいるはずです。これが動作の安定性につながるわけですが,そのためのコストも当然かかります。

 これを過剰とみる空気が,こうした価格下落の際には起こりがちで,結果マージンが減ることで動かないパソコンが出てきたり,最悪の条件が重なると動かなくなったりということも起き始めます。

 工業製品の場合,良品と不良品の間には当然境目があるわけで,ここを引き上げると多くが不良品として売ることができなくなりますし,逆に引き下げれば多くが良品として出荷できます。価格下落に対応するには,これが一番手っ取り早い方法です。

 メモリが安いのはいいことですが,度を超した価格低下にはエンドユーザーが失うものも出てきてしまうわけで,やはりそこは「うまい話などない」と考えておく方が良いように思います。
 
 個人的には,誰かがどこかで大損しない限り,今の価格が底値のように思います。下がっても100円程度でしょうし,そんなものは変動幅に含まれるくらいでしょうから,ここまでくると待っていても仕方がありません。とっとと増設し,ストレスフリーな環境を手に入れるのが得策です。

D2Hこれすなわち試練の道

 先日の連休,私は高校時代から長きにわたって続く親しい友人の結婚式(正確には披露宴ですね)に出席をするため,実家のある大阪に戻っていました。

 誰が言ったか知りませんが,高校時代の友人は一生の友人になるという話を耳にしたのが中学生の頃,当時は半信半疑だった私も,実際に多感な10代の頃に出会って以来,ずっと親しくできていることに,やっぱりその話は本当だったのかもなあと感慨深いものを感じています。

 式が近づいたある日,新郎から突然電話をもらいました。いわく,写真係を頼めないか,と。

 プロがいるんじゃないのか,と話をしましたが,身内の親しい間で写真を撮るというアットホームな感じにしたいということで,私がぱっと思い浮かんだらしいのです。

 もとよりD2Hを動員し,新郎と新婦の何気ない仲むつまじさを切り取れたら,写真立てに入れてプレゼントしようと思っていたところだったので,もちろんokしたわけですが,プレッシャーになったのは5,6人ずつのグループで新郎新婦を囲んで記念写真を撮り,みんなに配る予定だという話です。

 つまり,失敗が許されません。写真そのものの出来は言うまでもなく,写っている人すべて(ということは参加者全員)がある程度の納得をしてもらわないといけないわけで,多少の失敗はいいか,というような気楽な気持ちでは取りかかれません。

 しかし,私の機材はD2Hです。400万画素というケータイ以下の画素数に盛大なカラーノイズ,狭いラチチュード(そういえばラチチュードという言葉を最近見なくなりました)にボロボロのJPEG出力と,まさにじゃじゃ馬。成功には努力と運が必要です。

 ですが,うまく決まったときのD2Hの吐き出す画像の素晴らしさは筆舌に尽くしがたく,RAWからCaptureNX2で丁寧に現像すると,眠っていた豊富な情報が掘り起こされ,画素数以上の解像感が浮かび上がってきます。

 それは切れ味の鋭い刃物のようなシャッター音と,相手を威嚇するかのような攻撃的な大きさと形から,写真を撮る側と撮られる側との間に,決定的な緊張感が生まれる結果であるからかも,知れません。

 ・・・てな話を別の友人にすると,「まあとりあえず,空気読めといわれるな」と,速攻で冷や水を浴びせてくれました。実にありがたい。

 不安は山ほどあります。レンズは無難に18-200VRでいきましょう。暗いレンズですし室内ですからストロボは必須なのですが,あいにくSB-400というしょぼいものしか持っていません。

 SB-800の中古はなかなか見つからず,オークションでも競り負けた私は新品を買うほどの余裕もない現実に絶望しつつ,SB-400でもどうにかなるだろうと根拠のない自信を連れて,当日を迎えることになりました。

 特に打ち合わせもリハーサルもなかったのですが,披露宴が始まって周りを見てみると,一眼レフのデジカメは私以外にもう一人くらい。彼もニコンでした。多くはコンパクトデジカメでしたが,いわゆるNEO一眼という富士フイルムが勝手に呼んでいる高級デジカメもあったりして,さすが晴れ舞台だと思いました。

 それと,やっぱり携帯で撮影する人は皆無でした。あれですかね,携帯で撮るのはもしかして失礼にあたったりするんでしょうかね。

 そんなことはさておき,会場をざっと見てみました。

 会場は,大阪でもよく知られた「太閤園」というところで,なかでも築95年という大変に歴史のある「羽衣の間」というところでした。非常に立派で,和風な結婚式には最高の舞台と言えるのですが・・・私は冷や汗が背中を流れていきました。

 古い建物にありがちですが,天井が非常に高いのです。ストロボのバウンズを行うには,より大きなパワーが必要になりますが,SB-400のような小さなストロボはますます不利になります。

 しかもその天井が木でできていて,反射光が赤くなるのです。試し撮りをすると,盛大に赤かぶりがでています。念のためグレイカードを持ってきておいてよかったです。

 そして致命的だったのは,欄間で一定区画ごとに天井が仕切られており,バウンズさせた光がその区画内でしか広がってくれないのです。つまり被写体と私とが同じ区画にいる必要があり,これは強烈な足かせとなります。

 この段階で逃げ出したくなっていたのですが,加えて全体的に暗く,外光を取り入れる窓もほとんどありません。さらに照明は高い天井から丸い電灯がいくつかぶら下がったもので,もしその電灯が画角に入ると,露出がその「点光源」に引っ張られてどアンダーになるというやっかいな状態です。もちろん白熱光ですので,赤みがかった色になっています。

 他の式で活躍するプロの方を見かけましたが,やはりSB-800クラスの大きなストロボを使っていますね。本格的にやばいです。

 こうなったらバウンズを使わず,直接光で勝負するか,と,ガーゼのディフューザーを輪ゴムで取り付け,ばしっと試し撮り・・・だめです。強烈な影が出てくるのと,色のかぶり具合が複雑になり,後の補正が難しそうです。それに,被写体がまぶしそうな顔をしています。

 ええい,もうストロボなんかやめじゃ,200mmで1/4秒を手ぶれしない(もちろんVR併用です)私の実力で,スローシャッターで撮るぞ,と意気込んだものの,相手は動く人間です。被写体ぶれがひどくて話になりません。

 ISO感度を400に上げるという禁じ手を使い,天井の区画に気を遣いながら,私は公式カメラマンとしての役割を果たすべく,ケーキカットはもちろん,挨拶の皆さんの撮影もなんとか済ませていきました。1段程度アンダーになりますが,これはもう現像の時点でノイズを消しながら増感するという手作業でしのぐしかありません。

 しかも,集合写真では司会の方が仕切ってくれました。私が写真を撮影したという事実は,私の名前と共に記憶されることになりました。もう逃げられません。

 こういう危機的な状況で3時間あまりの披露宴が終わり,私はどっと疲れて帰ってきました。

 まあ,プロじゃありませんし,難しい条件だったんだから仕方がないよ,と自らを慰めつつ,240枚ほどの写真をMacで見て,私は事態の深刻さに恐怖しました。

 やっぱり暗いです。1段持ち上げただけではちょっと足りませんが,すでに1段持ち上げただけで暗部のカラーノイズがワシワシでています。男性の礼服は黒ですので,なおさら目立ちます。

 それにストロボの光がちゃんと回っていません。バウンズを使ったので白飛びはないのですが,シャドウが絶望的です。

 天井の区画に制約を受け,やむなくズームレンズの画角で構図を調整した結果,集合写真でも広角側を多用することになってしまっていて,結構派手な樽型の歪曲収差が出てしまい,端っこの人の顔が真円になっています。これは本当にまずい。

 絞りは開放ですので,シャープさももう一声欲しいところですし,被写界深度も浅めになったせいで,集合写真で後ろの列の人の顔は,本当に眠い感じなっています。

 ストロボの充電時間が間に合わず,D2Hの真骨頂である連写は全く役に立たず,単に相手を威圧しただけに終わりましたし,あくまでストロボを補助光として使うように,高感度設定が実用になるD3か欲しいと,この時ほど思ったことはありません。

 そんなこんなですっかり構図に気を回すゆとりがなく,新郎新婦を囲んだ集合写真では,最前列の大きな花束が半分くらいしか入っておらず,あまりにぞんざいな印象です。他にも頭から角が生えたり,首を横切る線があったり,意味不明な反射光がおでこに入っていたり・・・

 とにかくこれは「素材」なのだと自分に言い聞かせ,CaptureNX2で現像して仕上げていくしかありません。

 しかし,プロは現像なんかやってる時間はありませんし,枚数が膨大ですから,やっぱりJPEGで撮って出しができないと,商売にならないんだなとつくづく感じました。D2Hのように,JPEGが実用にならないカメラは,あくまで趣味のカメラなんだということです。JPEG出しの重要性が身にしみました。

 そうこうしているうちに,別の友人がカシオのコンパクトデジカメで撮った写真をレタッチもせずに送ってくれました。

 ・・・良く撮れてる。

 あかん,これは完全にやばい。というか,最近のコンパクトデジカメは,本当に失敗しないんだなあと,その出来の良さに感心しました。少なくとも,結婚式にD2Hは絶対にやったらダメですね。

 240枚のうち,救いようのないカットが半分,残りの半分はなんとか救出可能ですが,そのうちのほとんどは写真として面白くありません。結局1枚だけ,60点くらいの写真が出てきましたが,実に成功率は0.5%以下という有様です。
 
 済んだことですから仕方がありません。コツコツと現像して,なんとか印刷可能な写真に仕上げて,次に繋がる失敗としたいと思います。新郎新婦ご親族の皆様すみませんでした。

 ということで,末永くお幸せに。

 

なにもしないのに腐っていく電池を許せるか

 ふとしたことから知ったのですが,私の使っているMacBookProとMacBookは,電池を抜いてACアダプタのみで使用するときは,CPUの処理能力が半分程度低下しているようです。

 以前から知られている事だったようですが,こないだ出た新しいMacBookやMacBookProでもこの仕様は引き継がれているようで,少しだけ話題になっているような感じです。

 恥ずかしながら私,この事実を知りませんでした。噂レベルの話だろうと思っていたら,なんとAppleのサポートページにもはっきりと「低下します」と書かれているんですね。

 理由は,ACアダプタのみでは電源の供給能力が不足し,突然落ちるからだそうで,それでクロックを落として消費電力を押さえているということです。裏を返すと,2.5GHzの最大パワーを得るにはACアダプタだけでは電源が足りず,不足分を電池から補っているということです。

 ACアダプタの容量不足を極めて後ろ向きな方法で回避したこの話,設計者に後ろめたさがあることを信じ,消費電力の下がった最新の機種では性能低下も少なくしてあるはずだと期待した私は,実際にベンチマークを取ってみたのです。

 すると,ACアダプタだけで動作させると,測ったように綺麗に半分になったスコアが出てきました。てことは,Core2Duoの1.25GHz相当ですか・・・

 私は今まで,電池を抜いて使っていましたが,なんかあんまり速くないなあ,iBookG4の1GHzのPowerPCG4と体感的にあんまり変わらないなあ,と思って使っていたのですが,それは実に正しいということになりました。なんたるバカさ加減!

 うーん,私も仕事柄こうした問題にぶち当たることはしばしばありますが,いくら何でもACアダプタが小さいせいでカタログスペックを満たさないことを胸張って言うだけの厚顔さは持ち合わせていませんし,常識的にACアダプタを大きなものに変更して対処すると思います。

 私に言わせれば,消費電力などというのは単純な足し算で,小学生でもできる計算です。確かに「普通の使い方で何時間駆動できるか」という平均電力を考察するのは数学的にも経験的にも難しいものがありますが,今回の問題は最大電力ですから,やはりワーストケースの足し算です。

 また,本体を駆動しつつ,余った電力は電池の充電に使うというのは当たり前の仕様であり,そういう点からもACアダプタは少々大きめのものを使っても不都合はありません。小さい方が今回のようなおかしな制約をお客さんに強要するので問題です。

 値段が上がる?確かにそうですね。ACアダプタは容量が大きくなると価格も高くなります。ただ,容量と価格が比例するわけでもなく,段階的に上がる性格のものですし,もっというと容量の大小よりも数が出ている品種であることが大きく影響します。

 しかし,MacBookProのACアダプタは85Wです。これで足りない事があるなんていうのは,どういうことかなあと思ってしまいます。今年の初め頃には,同じ85Wのアダプタが小型化しているので,以前の大きさなら100WクラスのACアダプタを用意できるのではないかと思ったりするのですが,そうなると随分値段も上がるんでしょうか。

 てことで,電池を入れて使ってみると,これまでのもっさり感がウソのよう。こちらの思考にしっかり付いてきてくれる軽快さにちょっとした感動があります。特にデジカメの画像の編集には圧倒的な差が出てきます。

 あーーーー,これまでのイライラはなんだったんだ!

 そもそもどうして電池を外すのよ,そんな奴おまえくらいやろ,と言われると思うので,一応専門家としての耳より情報を(言い訳と共に)お伝えしましょう。

 ノートPCの電池は一般的に1万円から2万円と高価です。そして電池で駆動することをしなくても,1年から2年もすると電池が劣化していることを皆さんも経験していると思いますが,これは浅い充放電を繰り返しているせいです。

 最近のノートPCは昔と違って,充電と放電の管理が賢くなっていますから,以前よりも劣化が進みにくくなっていますし,VAIOのように劣化を防ぐモードが別に用意されていたりしていますが,リチウムイオン2次電池というのは,電気エネルギーと化学エネルギーを相互に変換する一種のエネルギー変換システムですので,化学反応をさせないことが一番よいことに代わりはありません。

 よく考えて欲しいのは,そもそも電池をノートPCが必要としている理由はなんだ,ということです。そうですね,外に持ち出すから,あるいは電源のないところでも使いたいからです。

 では,持ち出さない人,電源のあるところで使う人は,電池の価値を享受できる人と言えるでしょうか。否,断じて否。

 まして,15インチや17インチのLCDを搭載した大きく重たい高速なノートPCを,電池で動かさなければならないような場所で使うことが「普通」なのかどうか。

 ただ机の上に置いて使っているノートPCの2万円相当分が,勝手に腐って消えてなくなるのです。

 もちろん,電池を散々使っている人は別ですよ。消耗品として2万円の投資が可能でしょう。でも,電池を使わない人も,ただ本体に取り付けているだけで電池が劣化していくというのは,やっぱもったいないです。

 UPSとして使える?なるほど,突然の停電でもマシンは落ちません。これはメリットの1つでしょう。しかし,UPSって2万円くらいで買えますよ。停電してから電源が切れて困るのは事実ですが,復旧するまで停電前と同じ作業がこなせないといけない,まるで医療現場や軍用マシンのような状況が,我々にあり得るのかどうかです。

 しかし,時には電源が確保出来ない場所で使いたい場合もあります。停電で作業が止まると困ることもあります。そういう特別なときこそ電池で動くノートPCの出番ですが,そういうときに限って,電池が劣化して使えなくなっていたりするのです。ろくに使いもせず,劣化した電池を2万円出して買い直しますか?

 実に許し難い。

 そこで私は考えました。電池を外して,充電と放電が起こらないようにしておけば,2万円という高価な部品を劣化させず,意味のあるときだけその価値を償却できる,と。

 そもそも,冷蔵庫は何のためにあるか。室温では劣化してしまう食べ物を,できるだけ長く保存しておくためです。不必要なときには使わず,必要なときに使えるように「需給バランス」を調整するわけです。なぜ,2万円もする高価な部品にそれが許されないのか?

 ここまで辛抱して読んで下さった皆さんは,もうすっかり私の理論の虜でしょう。

 では,その「夢」をかなえる秘策を,安心を添えてお教えしましょう。


(1)電池は外して保存せよ

 2次電池に限らず,およそ電池というのは化学反応によって電気エネルギーを得ています。電子の流れが電流ですから,電流を引っ張り出せばそれだけ化学反応が進みます。化学反応によって劣化した電池の中の部材は当然復活しませんから,電流を取り出さないことが一番良いのです。


(2)冷暗所にて保存せよ

 電池は化学反応によって充電と放電を行います。理科の実験を思い出して下さい。明るい場所より暗い場所の方が,熱いよりも冷たい方が,反応は緩やかでしたね。今回は反応をさせたくないのですから,冷暗所です。もっというと,明るさや温度,湿度などの環境条件が一定している場所がよいです。


(3)50%程度の充電で保存せよ

 電池に充電が行われるということはどういう事かといえば,それはエネルギーを電池に突っ込むという事です。エネルギーを突っ込まれた電池は当然,高エネルギーの状態になります。高エネルギーになっているということは,それだけ内部の部材を変化させやすい状態になっているということです。できるだけ低いエネルギーで保存する,これが原則です。


(4)使ってなくても電池は減る

 何度も繰り返しますが,電池は化学反応で電気エネルギーを取り出します。化学反応が完全に止められればよいのですが,世の中完全はありません。勝手に化学反応が進んで,電池が少しずつ減ります。これを自己放電といいます。
 また,リチウムイオン2次電池については,充放電の管理にマイコンを内蔵しています。こいつがわずかずつとはいえ電流を消費しています。

 
(5)過放電は厳禁

 ところで,もし放電が進んで,これ以上反応できない程になったらどうなるでしょうか。そう,中の部材が元も戻らなくなるほど変化してしまうのです。そうすると,もう充電はできません。
 こういう,放電しすぎの状態を過放電と言います。乾電池でも液漏れをするのは,過放電のせいです。
 さあ,もうおわかりですね。自己放電のせいで保存していても勝手に電池は放電します。もしこの状態で放置して過放電になったら,もうおしまいです。
 だから,保存時に50%程充電しておくこと,自己放電が少なくなるように冷暗所で保存することが必要なのです。
 また,半年に一度くらいは電池の残り容量を確かめて下さい。


(6)劣化は使えば必ず進む

 充放電のサイクル寿命が300回とか500回とか言われていますが,実際そんな回数を使ったことがある人は少ないんではないでしょうか。そもそも寿命は,充電できる容量が半分になったときを「寿命が尽きた」と定義してあります。3時間持つマシンが1.5時間しか持たなくなって初めて「寿命」と言われるのですが,それで困るかどうかは人それぞれです。
 また,この回数というのは,充電と放電のサイクルの回数です。しかし,劣化は回数ではなく化学反応によって起こります。回数なんてのは目安にもならない目安だということです。


(7)極端な環境に置くな

 何度も何度も言いますが,電池は化学反応です。なかの部材や薬品の組成が変わってしまうと反応しなくなります。例えば冷凍する,暑い部屋に置いておくなどはもってのほかで,湿気が多いところ(水分が入り込むと反応して膨らんだり発熱したりします)や他の薬品(例えば防虫剤やシンナーなど)が空気中に漂っていそうな場所も厳禁です。


(8)分解するな

 当たり前の事ですが,分解は絶対ダメです。なんといっても危険です。指の1つや2つ飛んでいっても知りませんよ。
 元素の周期表を見て下さい。H->He->Liと,リチウムは世の中で3番目に軽い物質で,金属では最も軽いものです。これを化学反応に使う電池がリチウムイオン2次電池なわけですから,重量密度(単位重量当たりの容量)が理論的に最強になることは中学生でも分かる理屈です。
 そういう,超高エネルギーな物体を,ペンチで挟んで分解するなど,まるで爆弾を踏んづけるようなものです。恐ろしくてたまりませんね。
 そんな危険なものが家庭に入り込んでいることを,我々は実はもっと憂慮すべきなのかも知れないです。


(9)セルの交換をするな

 そんな恐ろしいリチウムイオン2次電池は,きめ細やかな充放電管理と,万が一の場合の2重3重の安全機構を併用して,初めて実用化されました。いわば原子炉みたいなもんです。
 その仕組みは,一緒に組み合わされるセルに最適化されています。だからもし,セルを全然違うものに交換してしまったら,安全な充放電をしないばかりか,万が一の安全機構も働かず,爆発することもあり得ます。あんな高エネルギーなものが爆発するんですから,自分だけでは済まないかも知れませんよ。
 え,形が同じなら似たようなもんだろう?いやいや,なんて恐ろしいことを。
 形はあくまで形。中身の組成が違うと,特性がごろっと変わります。
 以前よりも容量の大きいセルへの交換なら安全だろう?いえいえ,むしろ危険です。理由は次に。


(10)電池の容量が増えているのはなぜだ

 数年前に比べ,セル当たりの容量は随分大きくなりました。でも,この容量ってなんだって,感じたことはありませんか。
 容量というのは,Ah(アンペア・アワー)という単位で書かれます。1Ahなら,1Aの電流を1時間流し続けることができますよ,という事なのですが,実はまだこれでは定義として不足しています。
 電池は,これ以上電圧が下がると破壊する,という下限の電圧が決まっています。先程の過放電というのは,この下限を下回った電圧で放電が起こる場合をいいます。
 電池は(しつこいですが)化学反応ですので,急に電圧が出てこなくなったりしません。内部抵抗が増加して,徐々に電圧が下がります。
 で,容量の定義です。1Ahなら,満充電から1Aの電流を引っ張り,下限の電圧に達するのが1時間後です,という意味になります。
 では,容量を増やすにはどうすればいいか。確かに中に蓄えるエネルギーを増やすことも大事なのですが,同じエネルギーでも下限電圧を引き下げれば,それだけ容量が増えますね。
 こうして,最近の電池は,下限電圧を以前のものに比べて低くしてあります。以前のものなら過放電になってしまうような電圧まで,使う事が出来るようになっているのです。
 しかし,いいことばかりではありません。多くの場合,そういう特性の電池を作ると,電圧の下がるカーブが急になる傾向があります。
 以前の電池が3.2Vを下限とし,最新の電池が2.9Vを下限としたとします。最新の電池は2.9Vまで使えば以前のものより高容量なのですが,かつての下限である3.2Vには早く到達するというわけです。
 さあ,これでもう分かったと思いますが,3.2Vを下限としていた充放電管理システムに,2.9V下限の電池を組み合わせたら,電池を使い切ることができないばかりか,使い切っていない電池を使い切ったと認識して充電をします。やばいですね。
 充電は通常,初期の定電流充電と,後半の定電圧充電の2段階で行われます。もし定電圧充電が必要な領域で低電流充電のが行われるようなことがあると,極めて危険です。


(11)丁寧に扱え

 これだけ高いエネルギーを小さな容積に押し込んでいるリチウムイオン2次電池ですから,ショートなんかおこると大変なことになります。万が一にも爆発しないように対策を取ってありますが,それでも爆発や発火が起こった事件はまだ記憶に新しいところです。
 一概には言えませんが,電池の内部の構造は結構複雑で精度が高く,衝撃が加わったりなにか力がかかったりして変形すると,そこがショートに繋がることがあります。踏んづけるはもちろんのこと,落とす,叩くなどももってのほかです。
 また,傷が付いたりすると,液が漏れたり水分が入り込んだりして,火を噴いたり破裂したりします。特にラミネート構造のリチウムポリマー電池などは,セルで扱うことがないようにしたいところです。


 てなわけで,私はこういうことを実践して,3年近くiBookG4の電池を新品同様の性能で維持しましたし,購入して6年半以上経過したVAIO U1の電池もまだまだばっちり使えています。

 D2Hの電池もほとんど新品同様ですし,電池の劣化が進むことが許せない,メリットのない2万円もの投資に辛抱ならない諸兄に,電池を外して使う事をオススメしたいところです。

 ところが,一番最初に書いたように,MacBookとMacBookProは,電池がないと処理能力が半分になります。

 半分の処理能力でも困ってないなら,消費電力も発熱も下がるので電池を外しておいてもよいのですが,最大パワーを得るために2年に一度2万円の投資を許せるということであれば,電池を付けっぱなしにするというのはありなのかも知れません。

 私?結局,予備の電池を買いましたよ。8000円ちょっとで純正品が買えたので,これで最大パワーを堪能します・・・