艦長日誌・私的記録 TNG


2002年10月11日(金)
世界の英知が結集

 ここ最近,極めて忙しかったのは今抱えている仕事が大きな壁にぶち当たり,これをどうにかしないと前にも後にも進めないという八方ふさがりだったのが理由なのですが,これを一気に打開するべき,先方の担当者と膝詰めで話を付けるということになりました。
 その,先方というのが,海外の方なのです。
 しかもヨーロッパはオランダ,アメリカ,そして日本の神戸と東京という混成チーム。私を除いて,まさに世界の英知が結集した感じです。
 これまで時差の関係で,効率的な話し合いも出来ずにここまできてしまいましたが,それぞれが勝手に判断して進め,後になって「そんなはなしはきいてへんで」ってなことがたくさんあって,ここは一つきっちり話を付けましょうと,まぁこういうことなんです。
 私はそのプロジェクトだけではなく,他の部分も担当していますから,私が海外に出向くことは非現実で,それでオランダとアメリカからわざわざプロフェッショナルに出向いてもらったのです。
 時間は1週間。朝から深夜までひたすら討議,討議。初日も空港からこちらに直行し,すぐにディスカッション開始です。
 その内容はここにかけない極秘事項なのですが,なにぶん私は大阪弁と共通語のバイリンガルではあっても,他の言語を操れないカスな人間ですので,非常に疲れました。
 ただ,面白いもので,相手も簡単な英語で話をしてくれますし,こちらの日本語も通訳される前に頷いているところを見ると,それなりにわかってくれているような感じです。
 それに,やはり双方が抱え込んだ難問を解決していく過程で,なんというか,結束力のようなものが出てくるもんですね。これは,互いに相手のせいにしていた状況から,みんなの問題だという仲間意識によるものが大きいようで,顔を合わせて話をするという「リアル」な世界の特異性を,改めて感じた次第です。
 オランダというと,私のイメージでは「人間先進国」です。
 ヨーロッパは例えていうなら「おじいさん」の世界で,アメリカや日本が遭遇する問題は,すでにもう経験済みだったりすることが多いです。それゆえ考え方やとらえ方にもゆとりがあり,その結果人間にフォーカスする姿勢が自然に根付いています。
 例えば,ヨーロッパは自動車発祥の地であり,つまり自動車との付き合いは世界中で一番長いわけですが,ヨーロッパの国々の道路や交通に関する法律は,歩行者のために存在します。実際,ヨーロッパでは,自動車が大きな顔をして道路を走りません。歩行者そばにいれば,徐行して止まって,行き過ぎるのを待ってくれるんですね。
 日本はどうかというと,日本の道路交通法は,自動車中心の考え方で出来ています。いかに自動車が走るか,に観点があるので,歩行者の保護はその次です。
 それゆえ,日本のドライバーはギスギスしてますよね。
 日本は壊すことに躊躇がないのですが,ヨーロッパでは古いものと新しいものを共存させることに美しさを感じるようで,例えば日本でも京都が外国の方に人気の観光スポットであるのは,こうした感性ゆえなのかも知れません。
 特にオランダは,人を中心とした先進性があるように思います。
 安楽死が法律で許されているのも世界でここだけです。キリスト教の国であるにもかかわらず,死を選ぶことも自らの権限であるという人間中心の考えがすばらしいです。
 ある意味では合法ドラッグもそうですね。自己責任にゆだねる,成熟した社会をうらやましいと思えます。
 そんな国からはるばる来られた彼らの話は,どれも興味深いものでしたが,特に面白いのが結婚に関する概念です。
 小学生のお子さんがいる30歳半ばのリーダーの彼は,婚姻届は出しておらず,社会的な結婚はしていません。日本では非常に驚かれるケースだと思うのですが,オランダではそれほどのことではないそうです。
 なにより,結婚によって生まれる権利や保障が,結婚をせずとも一緒に住んでいると証明できれば受けられるそうで,日本とは結婚に対する考え方の違いが大きいと思いました。
 もう一人,40歳を過ぎたおじさんも,一緒に住んで何十年にもなるけど,婚姻届は出していないんだそうです。そんな紙切れでつながった関係ではなく,もっと大事なつながり方があると思ってる,というのが彼の意見。
 同僚の友人がその時いったのですが,日本人は,その紙切れに印鑑を押せることが相手に対する誠意なのだ,と意見は,私も賛成です。
 ところでフランスでは,結婚は社会に対する契約であり,それゆえ結婚をしないと社会からの権利や保障を受けられないというのが考え方としてあるのですが,この席でもある人の友人のフランス人は「二人がおじいさんとおばあさんになって,ふとこれまでを振り返った時に,ああ一緒にいてよかったね,と思えた時に,それを記念して結婚しよう」と決めて,一緒に暮らしているんだそうです。
 結婚というは,人間ならではの「夢のある拘束力」です。拘束力には窮屈な感じがあった当然ですが,それらに対する回答を模索しているのがアメリカで,考えることを避けているのが日本とすれば,ヨーロッパはもう結論を出しているんだなと,こういう話をっきていてつくづく思いました。
 彼らは日本人の数倍のパワーで仕事をこなして予定を完遂した後,笑顔で帰国しました。私にとっても,仕事がきっちりまとまった事以上に,フランクで作らない彼らに接したことで,自分にこそ高い壁があることに気付き,そしてその壁を壊すことは実はとても簡単なことだと知り得たことが,大きな収穫だと感じました。

 


2002年10月15日(火)
めざせPICマスター

 アマチュアの電子工作愛好家(こんな風に書くと非常に年寄り臭いのですが,その割に電子とかついてるもんだから妙にテクノジジイっぽくて違和感がありますな)の間で,ここ数年来スタンダードの地位を固めたワンチップマイコンがあります。
 PICといいます。
 アメリカのMicroChipという会社の製品で,いわゆるRISCマイコンです。RISCとはいえ,MIPSやSPARC,はたまたPowerPCやSHといったような大げさなものではなく。こぢんまりとしたマイコンです。
 ピンの数が8ピンから40ピンまでなんですが,機能が落ちればピン数も少なく,まぁ18ピンの品種であれば大体のことができてしまいます。
 最近はプログラムメモリにフラッシュメモリが搭載されるようになり,プログラムを何度でも書き換えることが可能になりました。
 14ビット(品種によっては12ビットや16ビットもある)が1ワードのちょっと変わったアーキテクチャでして,アキュムレータが8ビットであることから,私の基準では8ビットCPUです。
 RISCアーキテクチャに非常にまっとうに従っていて,分岐を除く命令のほとんどが1CPUサイクルで1命令を処理できます。生意気にパイプラインを組んでいます。
 命令数は全部で40個弱。Z80が100個を超えていたことを考えると,やはりRISCなんだなぁと思います。
 ここまでが一般的な話です。PICに特徴的なアーキテクチャは,こんな感じです。

(1)固定されたレジスタは数えるほどしかなく,アキュムレータであるWレジスタとプログラムカウンタ,スタックポインタの3つである。
(2)I/Oポートやステータスレジスタを含む汎用レジスタは,ファイルレジスタと呼ばれる数十バイトの内蔵RAMに取られる。
(3)設定用のレジスタやI/Oポートなどに割り当てられた以外のファイルレジスタは,ユーザーが自由に「汎用レジスタ」として自由に活用して良い。
(4)ファイルレジスタはRAMではなくレジスタなので,ロード/ストアや演算に制限がない。
(5)条件分岐は,ジャンプ命令があるわけではなく,条件に応じて次の命令をスキップするかしないかで処理される。
(6)return命令では,Wレジスタに値を入れてメインルーチンに復帰出来るので,サブルーチンからの返り値を直接受け取ることが出来る。
(7)スタックは8つまで。
(8)割り込み源は豊富にあるが,割り込みレベルは1レベル。また割り込みベクタも4番地に固定。割り込み処理の前後でレジスタなどの状況は保存されないので,自分で待避する必要がある。

 まぁ,ピンと来るはずはありません。難しいことをいろいろかいてますが,要するに原始的だというはなしです。原始的なんですが,さすがに後発のCPUだけあって,よく練られています。
 しかしながら,ファイルレジスタという形で,実に数十個のレジスタを自由に使えるようになっていることは,サブルーチンコールでのレジスタの待避をしなくても良い(つまりスタック操作が必要ない)ということを意味していますし,そのレジスタを変数だと思って使えば,ちょっとクセのある高級言語を扱っているかのような気分もしてくるから,面白いものです。個人的にはZ80よりも使いやすいと感じました。
 それで,非常によく使われる,最も有名なPICに,PIC16F84Aという品種があります。14ビットPICの中では最もスタンダードな存在で,多少無茶な言い方をすれば,他の品種はこの16F84Aの派生です。
 RAMであるファイルレジスタは64バイトを持ちます。これは60個程度の大量の汎用レジスタを手に入れたのと同じです。
 18ピンのパッケージのうち,I/Oポートになるのは最大で実に13本。入出力をピンごとに切り替えられ,割り込みも受け付けます。
 8ビットのカウンタ/タイマも装備し,外部クロックや内部クロックをカウントして割り込みをかけることも可能です。
 パワーオンリセットも特に外部回路はいらず,リセット解除後70msして電源が安定してから実行がスタートする仕組みになっています。
 ハードウェアも簡単に組み立てられ,柔軟性も高く,機能の排他性についてもよく練られているのが,やっぱり人気の秘密なんでしょうね。
 さて,私もこのPICを使えるようになって,今時のホビーストにならねば,と数年前から思っていたわけですけど,開発環境を整備したり,ソフトのデバッグをやったりするくらいなら,ちょちょっとロジックICで作ってしまった方がラクチンだと思って,機会を逸していました。
 しかし,ちょっと仕事で使ってみようかなと思うことがあり,調べてみるとこれがなかなか面白いんです。そこで,早速秋月電子に出向いて,開発環境を揃えることにしました。
 PICの書き込み機は,自作が可能です。実際そうして自作されている方が多いのもPICの特徴なんでしょうが,私の場合,書き込み機のトラブルで動かなくなることを避けたかったですし,動かすマシンがWindowsXPでしたので,自作はやめました。秋月の6000円の書き込み機キットを購入。
 アセンブラやデバッガは,Microchipのサイトから無償でダウンロードできます。クソ生意気に,統合環境(Integrated Development Environment:IDEといいます)で,ちょっと使った限りではかなり良い感じです。
 早速インストールして,雑誌を片手に簡単なサンプルを作ってみます。思った以上に簡単に出来ました。意図したとおりに動くのを見てなんとお手軽なんだと思ったわけです。
 こうなると,次の課題に進みたくなります。次の課題は,シンクロナス時計。
 懐かしいですね,シンクロナス時計。商用電源のAC100は,西日本で60Hz,東日本で50Hzです。この周波数は発電所が非常に高価な設備で管理している精度の高いものです。特に1日単位の誤差は非常に小さいといわれています。
 かつて水晶発振子が身近でなかった時代,この電源周波数に同期して動くシンクロナスモーターという特殊なモーターを使って作った高精度な時計が,シンクロナス時計です。後にディジタル時計が全盛になっても,電源周波数を使って1秒を作り出すLSIによって,AC電源で動作する時計はそのほとんどがシンクロナス時計でした。
 今は水晶発振が手軽に出来るようになったのでAC電源駆動でもクオーツ時計が主流なのですが,これはこれで問題があるんです。
 水晶発振というのは,確かに非常に精度も高いし安定しているのですが,結構大きいのが温度特性でして,温度の変化で周波数が結構変わります。
 また,周波数がずれて出来た誤差は,解消されることなく蓄積されますので,1ヶ月や2ヶ月もたてば数分の誤差になっていることも珍しくありません。
 腕時計はそんなに狂わない?なるほど,そうですね。でもこれは,人の腕に常に付いているもんだから,温度は一定に保たれますし,それに36度前後で周波数を調整してあるから,安価で高精度なんです。
 シンクロナス時計で使う電源の周波数というのは,その時その時の周波数には結構なばらつきもあるのですけど,1日とか1ヶ月という単位で見れば差し引きで誤差がゼロになるように制御されています。それで,時計が狂わないんです。
 確かに停電になる度に時計を合わせ直すのは面倒くさいのですが,それでもいつも正確な時刻を表示しているというのは気分もよろしいもので,私はこの自動的な補正機能のあるシンクロナス時計が好きなのです。
 以前はこの種の時計を作るためのICがいくらでも売られていましたが,今やもう骨董品扱いです。それなら自分で作ろうよ,ということで,PICの格好の課題となりました。
 まず,電源周波数である50Hzで,PICのタイマをカウントアップします。このタイマは8bitですから,255の次は0に戻り,その時割り込みが発生します。ということは,タイマの初期値を206にして50Hzでカウントアップすれば,1秒に一度割り込みが発生します。
 メインルーチンは,7セグメントLEDのダイナミックドライブのスキャンニングが主な仕事です。
 時計ですから4桁のLEDを点灯させるのですが,50msくらいの時間ごとに表示する桁を切り替えて表示すると,人間の目には4桁同時に点灯しているように見えます。こういう点灯方法をダイナミックドライブというのですが,なんといっても配線本数が少なくなり,I/Oポートも少なくて済みます。
 それでも不足したので,今回は外に74HC139を使って,2bitで4つのスキャンパルスを作りました。
 メインルーチンで表示と時刻あわせスイッチスキャンを常に行い,割り込みが入ってきたら秒の変数を1つ増やします。
 この時,この変数が0になったら10秒の変数を1つ増やし,これが6になったなら分の変数を1つ増やし・・・ということを繰り返して,現在時刻を更新していくわけです。
 秒については60までカウントする変数を1つで済ませても良いのですが,分と時間については,例えば34という数字を3と4に分けて,それぞれにLEDの点灯パターンを与える処理が面倒くさいので,最初から3と4の桁に分けてみました。時間の桁は,10の桁が0と1なら1の桁は0から9まで,10の桁が2の時には1の桁は0から3までということで,条件分岐が入ります。
 時と分の間には2つの丸いLEDを入れて,これを1秒ごとに点滅させました。1秒ごとに発生する割り込みを使って,ある変数を自分自身でXORします。するとその度に0と1が繰り返しますから,これでLEDと点灯させればよいわけです。
 あと,時間の10の桁が0の時は,表示はしないでおかないと,01時とか02時とか変な表示なりますね。これをブランキングというのですが,これも組み込みました。
 時刻設定のゼロリセットも大事な機能ですね。I/Oポートの関係でスイッチは2つしかつけられませんでしたから,1つは時間を増やすボタン,1つは分を増やすボタンにしました。しかしこれでは秒をゼロに出来ません。最大1分の誤差を持つことになります。これではいかんです。
 そこで,ボタンの同時押しをしている間,秒の桁をゼロにし,割り込み発生のタイマの値をずっと206にしておくことにしました。ボタンを放すとカウントが始まるわけです。
 最後に,停電表示も加えました。この時計は停電して電気が戻ると,その時を0時0分として何食わぬ顔で動き始めます。これでは停電によって時刻が狂ったことをその場に居合わせないと知ることが出来ません。
 それではまずいので,電源が入った直後には時刻の10の桁の左のセグメントを点灯させることにしました。時刻あわせボタンのどれかを押すと,このセグメントは消灯します。
 こんな感じですから,メインクロックの精度はどうでもよく,処理に間に合えさえすればよいです。CR発振を使って,約4MHzで動作させることにしました。
 ソフトのざっくりとハードウェアの設計を終えて,ソフトウェアのフローチャートを書いていきます。ほとんど1対1でコードに置き換えれば済むくらいの流れを書いて,いざコーディングです。
 ほら,条件分岐やカウンタの初期値なんかは,実際に走らせてみないとわからない場合がありますよね。PICの統合環境であるMPLABは,デバッガも統合されているので,ステップ実行もI/Oピンのシミュレートも可能ですから,実機で試さなくてもどんどんコードがかけます。
 コーディングもさくっと終わって,アセンブル,書き込み,デバッグというサイクルを繰り返し,完成したのが写真のような感じの時計です。
 LEDは手持ちのもので,あまり明るくないばかりか,やや小さいです。
 時計というのは,ただ数を数えるだけの単純なものだと思っていたのですが,実のところいろいろ気にしなければならない部分が多く,格好の教材でした。いまさら時計なんですが,ハードもソフトもすべて自分で作って,まさにゼロから生まれた時計を日用品として使い続けるというのも,なかなかいい気分です。
 今回の件でPICのすべてを習得できたわけではありませんが,PICでさせたいと思うことは,これで大体出来るようなスキルは手に付いたんじゃないかと思います。
 ロジックICで作ると規模が大きくなったり配線数が増えるのが面倒な時は今までにも何度もあったんですが,その代わりにPLDを使わず,PICマイコンを使うという方法も出てきたわけで,これはちょっとした電子工作の革命だったといえるのかも知れません。



2002年10月16日(水)
BOB & KEITH連載終了

 敵も多い会社ですので「まわしものか!」と思われる方もいらっしゃるでしょうが,私はソフトバンクという会社が嫌いではありません。この会社と私は全く無関係なわけですが,厳密に言うと今は分社化したソフトバンク・パブリッシングという出版部門が好きなのです。
 パソコン関連の雑誌や書籍を結構な勢いで出している会社ですが,さすがに大学電子計算機のの教科書を1つも出していないことからわかるように,高尚なものはラインナップにありません。
 そのかわり,結構クセのあるものが特徴でしょう。80年代,I/OやASCIIといった雑誌がパソコンを広く一般に扱う雑誌だったのに対し,ソフトバンクが出したOh!シリーズは機種別に雑誌を分けるという画期的なコンセプトで,メーカーや機種ごとに異なるアーキテクチャを持つ当時のパソコンと心中する覚悟を決めていたファンに強く支持されていました。(かのOh!Xはシャープのマシンの専門誌でした)
 Oh!PCもOh!XもOh!FMも技術的にはなかなか高いものがあり,Oh!PCはNECのPC-9800シリーズの凋落と共に消えていった感がありますが,マイナー機種の反骨精神か,Oh!XやOh!FMの記事はなかなか高度なものが多かったと記憶しています。
 一方でBeep!というゲーム雑誌も伝説ですね。いわゆるファミコン全盛期に登場したコンスーマーゲーム雑誌なんですが,ゲームに関係ない訳のわからん記事も出ていて,「ファミコン雑誌=開発元からリークした攻略法が載ってる雑誌」という図式にヘドが出そうになっていた人々のオアシスとなって,今も記憶の中に生き続けています。
 余談ですが,このBeep!はセガが最も輝いていた80年代中頃から,セガへ極端に傾倒し,メガドライブの発売にあわせて「Beep!メガドライブ」と改題,メガドライブの専門誌になってしまいました。それでも内容はぶっ飛んでいたんで,なんでも古本屋では高値で取引されているらしいです。(のちにセガサターン専門誌,ドリームキャスト専門誌となり,現在のドリマガに至って,もとの総合ゲーム雑誌に戻っています。)
 前置きが長くなりましたが,ちょっと残念な話が1つ。
 ソフトバンク・パブリッシングのWEBサイトにほぼ週刊で連載されていた漫画があります。「BOB & KEITH」というマンガでして,私は毎週楽しみにしておりました。
 まぁ,なんということはない,パソコンの自作をテーマにしたマンガなのですが,そこはソフトバンクの遺伝子で,結構オバカで大げさです。
 BOBもKEITHも日本人で,ミリタリーマニア。サバイバルゲームで知り合った友人なんですが,PCの自作は闘いだというコンセプトのもと,話は展開していきます。原案は以前からソフトバンクで記事を書かれていたライターの方で,絵はマーベルコミックスを描くことを許された唯一の日本人の方が,アメコミタッチで書かれています。
 もう3年も続いているので,単行本が2つ出ていて私は両方とも持っていますが,その「BOB & KEITH」が本日をもって連載終了となるんだそうです。
 連載開始の時には登場人物がやや多かったり,無理のあるオチに苦笑することも度々ありましたが,中盤からは登場人物のキャラクタ付けも明確になって,なかなか面白くなりました。後半,明らかにネタ切れだなと思うような失速感があったのですけど,それで終了というのですから,まぁいい引き際だったのかも知れません。
 この種の話題を扱うマンガには,致命的な問題があります。ご存じのようにパソコンの進化のスピードは,ここ最近の工業製品の中では最も急で,かつ長く続いているものだと言えますが,それだけにネタが風化するのが早いのです。
 例えばPentiumIIIが登場した時,皆が憧れた高価な500MHzのCPUを題材に話を進めると,やはり「憧れ」とか「貴重」とか「高価」とか,そういう面で話を成立させるほかありません。
 これが前提となってオチがつくことは避けられないなかで,それでは今Pentium4が2GHzを超える時代に読み返して,果たしてそれが面白いかというと,そんなわけはありません。
 いや,当時を知る者にとってはそれでもまだ面白いポイントを思い出せるチャンスがあります。しかしそうでない人にとって,オチさえも理解できずに終わる可能性が高いです。
 当時を知る者が思い出してその漫画を読めば,進化の速度が速いだけに,ある種の懐かしさと,どこかバカにしたような感覚にさいなまれることでしょう。いわゆる旬のネタを扱った場合,こういう殺伐とした雰囲気が後にやってくることは不可避です。
 そんな中で,BOB & KEITHはよくも3年も続いたもんだと思います。
 毎週楽しみにチェックすることがこれからなくなってしまうことがとても残念なんですが,まぁいずれ単行本の第3巻がでることでしょう。これが出るのを心待ちにしていたいと思います。作者の方,長い間お疲れ様でした。


2002年10月21日(月)
PowerMac7600のメモリ増設

 我が家のMacinotoshである,PowerMacintosh7600ですが,また少しお金をかけてしまいました。前回の投資で「これが最後」と思っていたんですけど・・・
 買った物はメモリです。128MByteのEDOタイプで,50nsのアクセスタイムですが,価格は4900円に送料と消費税。まぁ随分と安いものだと思います。
 1年半ほど前に64MByteを買った時には1つ9800円くらいだったし,その前はというと,32MByteでも1万円を超えていましたので,やっぱ安いですよね。
 「なにいうてんねんメモリなんて512MByteでも数千円でうってるがな」という方,ちっちっち,ちょっと事情が違うのです。
 メモリ,特にDRAMというのは,確かに微細化と大容量化が進み,結果として非常に速い速度で値段が下がっていきます。1台パソコンが作られると,CPUは1個,せいぜい2個程度しか使いませんが,メモリチップは最低8個,多いものだと30個を超えるものも珍しくはありません。この使用個数の違いも,やっぱ値段の差になりますね。半導体は,同じものがたくさん売れると,どんどん安くなります。印刷技術で作っている工業製品なんだから,まぁ当然でしょう。
 で,この微細化と大容量化という技術トレンドというのは,当然ながらその時々に需要のある製品に応用されていきますから,今だとSDRAMとかDDR-SDRAMの値段を下げることには貢献しても,一世代前のEDOやその前のFPMというメモリをわざわざこいつで作ったやろうという奇特な人はいないわけです。
 ということは,自動的に世代の古いメモリは生産が中止され,市場の在庫か中古だけになってしまいます。値段は当然,当時のままですね。それも,市場から消えてしまえばもうおしまい。メモリというのはそういうものです。
 ところが,私のPowerMac7600等,G2Macと呼ばれる旧世代のマシンが,G3やG4のアップグレードカードによってそこそこ実用的な速度をたたき出し,かつMacOS Xが動作するパッチが配布されるようになると,こうした機種に適合するメモリの需要が急増するんですね,それも世界規模で。
 こうした状況が起こるまでは,やっぱりこれまでの72pinや30pinのメモリと同じく,非常に入手が難しい上高価なメモリになりつつあったのですが,最近の値下がりはなんだか勢いがあります。
 まず,この時代のDIMMで,128MByteというのは当時は存在しなかったんですよね。それが今は手に入る。しかも安いです。G2Macには8つのDIMMスロットがありますから,全部で実に1GByteものメモリを搭載できます。これならまだまだ現役でいけます。
 というわけで,MacOS Xを少しでも快適に使おうと,現在336MByteのメモリを増やすことにしたわけです。
 私のマシンはちょっとメモリ周りが不安定でして,メモリのさし込む場所によって安定したり起動不能になったりします。今回もいろいろ試行錯誤をしたのですが,なんとかうまく認識し,464MByteになりました。
 それで,OS Xがどれほど快適になったのか,というと・・・これが全然。要するに336MByteのメモリも,滅多には使い切ってなかったということなんでしょうね。Windows2000やXPのように,カーネルの大部分をメモリにロードするというオプションがあったりすると体感速度に違いがあったりするのでしょうが,MacOS Xで出来るかどうか知りませんし,そもそもMacOS Xのカーネルがオンメモリになっているのかいないのか,私にはそれすらわかりません。
 ただ,MacOS Xは,MachカーネルのOSですけども,こいつはなんど,カーネルでさえもメモリマネージャにメモリ管理をまかせています。私個人はMachのようなマイクロカーネルに「すごいなー」という気持ちはあっても,現実的にはモノリシックカーネルのLinuxなんかの方が警戒に動くような感じがするので好きだったりするんですけど,そういう意味ではMacOS Xでは,カーネルもメモリが増えれば快適に動いてくれそうな気もするわけです。
 まぁ,別にいいです。そんなに高かったわけではないし,大きな画像を開いたりすると必要になるのがメモリですから,これはこれでよしとしましょう。
 さぁて,次は800MHzのG4カードかな・・・



2002年10月22日(火)
ガラスのZ80

 シャープが液晶のガラスの上に,一緒にIC間で作り込んでしまう「システム液晶」というのものを開発したことは,ちょっと技術に明るい人ならご存じのことかと思います。
 特にTFT液晶は,その構造上,液晶の画素1つ1つにトランジスタのスイッチが作り込まれているわけでして,例えばXGAの液晶なら,実に240万個ものトランジスタがびっしりと並べられていることになります。
 かのMC68000というCPUのトランジスタの数が68000個といいますから,個数だけでいえば今の液晶の方がずっと多いということになります。
 ただ,ICというのはトランジスタの数というよりは,そのトランジスタを配線していくことも重要で,n型やp型のシリコン,酸化膜,アルミ配線などを何層にも重ねて,ようやく完成するものです。そこが表示素子としての液晶パネルとは違うところです。
 しかし,同じ半導体なんだし,TFTのガラス基板の上にICを作れないものか,という発想は一度は誰でも考えつくことで,おそらくいろいろな人が試行錯誤を繰り返してきたと思いますが,やっぱり問題が多すぎて断念してきたというのが,その歴史だろうと思います。(具体的な問題点は少々難しいので割愛します。)
 シャープが開発したのは,このガラス基板の上にICを作り込んだものです。パネルと一緒にパネル駆動用のドライバICを一緒に作り込めれば,パネルの外にICを付けなくて済みますし,すっきりとまとまります。
 しかし,今回は,一歩進んで,このICに大規模なロジックICを作ることの成功したそうでして,20日そのデモンストレーションが行われたとのことです。
 で,今回のデモンストレーションに作られたのは「ガラス製」のZ80。そう,なんとあのZ80CPUです。
 ベストセラー8ビットCPUであるZ80の生まれは1976年といいますから,25年も前ですね。それが今になってガラスの上に作られてデモをすることになるとは,Z80の設計者も考えつかなかったでしょう。Z80はザイログとシャープが仲良しだったこともあり,当初からセカンドソースを供給するメーカーとして,シャープは大量にZ80を売りさばいたことで知られています。
 まぁ,ここまでなら「ふーん」ですまされる話なのですが,私が今回度肝を抜かれたのは,その「ガラスのZ80」を動かして見せたことです。しかも,MZ-80の頭脳としてです・・・
 WEBで公開された写真を見ると,MZ-80Cのような感じですね。MZ-80は私も実家においてありまして,「古パソ」のコーナーの写真を見て頂ければ面白いかと思うのですが,CRT,キーボード,カセットデッキが1つの筐体に収まったタイプでして,しかも当時のユーザーの嗜好を反映して,車のボンネットのようにキーボードの部分からバカっと開いて,中をメンテナンスできるような仕組みになっています。
 WEBの写真では,こうして口を開けたMZ-80のメインボードの,Z80が収まっているはずのソケットにコネクタをさし込み,ここからプラスチックケースに入っている「ガラスのZ80」につなげています。
 そして,見事にMZ-80はパソコンとして機能しているわけです。
 いや,これはね,なかなか感動ものです。MZ-80が現役だった当時,ガラス製のZ80なんて考えもつかなったわけですし,逆に出来上がったこのZ80が,MZ-80を動かす程に「Z80として完璧」な存在である,という事実が,なんともまぁ,面白いではないですか。
 こういう事例はかつても感激したことがあって,トランジスタ技術の1994年頃の記事で,LSIの論理設計をHDLというハードウェア記述言語で行うというのがあったのですが,その時の題材として選ばれたのが,6502という8ビットCPUでした。
 6502をHDLで言語設計し,結果をFPGAという実チップに書き込みます。これをAppleIIに接続して電源を入れると,なんとまぁAppleIIが動き出すのです。当然といえば当然なのですが,当時6502も先端の8ビットCPUだったわけで,これが言語によって記述され,結果をちょこちょこと書き込んで実チップに出来るということが,なんともすごい技術の進歩だなと思ったんです。
 話が逸れましたが,シャープによると,今回Z80を選んだのは,現在実装が可能な技術でデモンストレーションを行える高度なICとして,だったそうです。というのも,このガラス製の論理LSIは,まだクロックが3MHz程度止まりで,Z80を使ったパソコンでもクロックが2MHzのMZ-80でなければ,動かしてみせることは出来なかったんですね。
 まぁこの「ガラスのZ80」が製品になることは絶対にあり得ないわけですが,Z80でコンピュータを覚えて,今でもとても大好きな私としては,ぜひ欲しいなぁ,などと思ってしまいます。
 進んでいく技術で,ふと過去を振り返って,こんないたずらをやってみる。日本のエンジニアもなかなかいいセンスをしてるなと,思いました。


2002年10月29日(火)
ナポレオンとヒ素とニッポニウムとノーベル賞の雑文

 28日ですが,フランスの研究チームが,ナポレオンの死因について調査した結果を発表しました。
 ナポレオンというと,19世紀に颯爽と登場した英雄ですが,セントヘレナ島に幽閉され,ここでヒ素で毒殺されたというのが,今まで根強く残っていた「興味ある」死因の1つでした。根拠は,頭髪から検出された,大量のヒ素です。
 ナポレオンが重度の胃潰瘍に悩んでいたという話は有名な話で,肖像画で胃のあたりを押さえている彼の姿は一度は目にしたことがあるでしょう。(ま,そもそもこの肖像画で胃のあたりを押さえている,というのはこじつけっぽい気がしますが,それでも胃潰瘍だったという話はどうも事実のようです。)
 今回発表になったナポレオンの死因は,通説どおり,胃ガン。重度の胃潰瘍が進行して胃ガンになるケースはごく自然で,彼が毒殺されたという話は,英雄ゆえの俗説だったと考えるのが妥当なんでしょう。
 では,ヒ素はどうやって説明をつけるのか,なんですが,私はこれがちょっと驚きだったんです。
 19世紀,毛髪の保存には「ヒ素」が使われていたんだそうです。保存剤としてのヒ素にどれほどの効力があるのか私も知りませんが,毒性の高いヒ素をわざわざ使うというのも,なるほど当時の状況を考えるとわかる話です。なんといっても錬金術によって無機化学が進歩したヨーロッパのことです。ヒ素も今より身近な存在だったのかも知れないです。中国では不老長寿の薬として水銀を飲んでいたといいますし。
 ナポレオンの頭髪から検出された大量のヒ素は,彼が皇帝に即位した直後の頭髪からも同じように検出されたといいますから,やっぱり「ヒ素による毒殺」は,死んでも英雄でありつづけるナポレオンにふさわしい俗説だったというしかないようです。
 ヒ素といえば,英語ではアンチモンといいますね。極めて毒性が強い元素ですが,その昔,ヨーロッパのある寺院で,飼育していた豚に少しだけヒ素を混ぜたエサを食べさせたそうです。
 すると,豚の寄生虫がヒ素の毒性で全滅し,なんとまぁ豚はまるまる太ったんだそうです。この話を聞いた坊さんが,うちの若いもんはみなやせ細っているから,この魔法の薬で太らせてやろう,と,ヒ素を飲ませたんですね。
 栄養失調で痩せている人間に,猛毒のヒ素ですからたまったものではありません。全員死んでしまいました。それで坊さんは,「豚にはきいても僧侶にはきかない薬だ」という意味をこめて,アンチ=モンクと名付け,転じてアンチモンと呼ばれるようになったんだそうです。
 まぁ,近現代以前に発見されたり命名されたりした元素の名称には,それなりに面白いゆえんがあるものがあって,アンチモン以外にも探してみると面白いお話が出てくるかも知れません。もちろん,ウソも混じってるでしょうね。私にはこのアンチモンの話,本当かウソかわかりません。子供頃よんだ真面目な本にそう書いてあったので,今でも信じているというそれだけのことです。
 そうそう,その本には,明治時代の日本で,東北大学の小川先生が新種の元素を発見し,ニッポニウムと名付けたんですけど,この原子番号43の元素,天然には存在しない事がわかって,結局周期表から削除されることはなったんだとありました。
 幻のニッポニウムということになってるんですが,私の読んだ本にはここまでしか書いておらず,仕方がないのでちょっと調べてみました。
 原子番号43の元素は,人工的に作られテクネチウムと命名されるのですが,最近の研究では,この小川先生の発見した元素は,テクネチウムによく似たレニウムという元素だったらしいことがわかってきました。
 レニウムの発見は1925年,ニッポニウムは1908年ということですので,残念ながらニッポニウムはまさに「幻のニッポニウム」となってしまったようです。
 国名を名付けた元素には,アメリシウム,フランシウム,ゲルマニウム,ポロニウムがあったりするんですけど,ニッポニウムもおしいところまで来ていたんですね,残念です。
 しかし,驚くべきは「文明開化の音がする」といわれた明治時代に,実は世界でも最先端の研究をやっていた日本の科学水準です。戦前の日本は科学大国,それも基礎研究に強さを誇った国でしたから,こうした明治時代の研究姿勢が後に昭和の初期にかけて花開くことになったんだと思います。
 戦後,基礎研究から民需への指向,そして科学から工業へシフトする中で,実は世界最先端の研究をこつこつ続けて,今年もノーベル化学賞の受賞者が,しかも2名も出たことはすごいことだと思いました。


2002年10月30日(水)
安売りDVD-R

 松下電器のHDDレコーダ,DMR-HS2を購入して,懸案だった8mmビデオのダビングがそろそろ片付き始めました。
 なにせ大量のDVD-Rが必要だったわけですが,まだ高価であることもあって,しっかりとしたケースに1枚1枚入っており,しかも10枚ではなく5枚組で売られていますから,まとめ買いをする私のような人間には,持って帰ることがまず大変です。
 いわゆるスピンドルケース(最近は太陽誘電でさえも,CD-Rでスピンドルケースで売ってるんですね,驚きました。)でまとめ買いをしたいところですが,まだ種類が少なくてお値段と信頼性を比較した上で最適なものを選べないんですね。
 そこで知ったのが,あるMac関係のパーツを売っている通販サイト。Macはご存じの通り,世界で最初にDVD-Rドライブを標準で搭載して,自宅でDVDを作成する世界を提案したマシンです。消耗品として用意されていたApple純正のDVD-Rディスクが,どういうわけだか高品質で安かったということもあり,1年くらい前は「知る人ぞ知るDVD-Rの人気ブランド」だったりしました。
 そんなわけで,MacとDVD-Rの関係は実は密接だったり親近感があったりするわけですが,この通販サイトではMacのオプションという扱いで,非常にいい品質のDVD-Rをバルクで安く販売してくれています。
 価格は50枚で約12000円。1枚あたり240円ですから,5枚では1200円という感じですね。送料,代引き手数料はサービスです。
 確かに150円程度のDVD-Rもありますが,これは非常に評判が良くないです。書き込む前にエラーではじかれるならまだしも,書き込み後にエラーが頻発してブロックノイズだらけになったりする話はしょっちゅう耳にしますから,やっぱり安かろう悪かろうです。
 安売りのメディアは概して台湾メーカーのものが多いのですが,本来出来ないメディアに対して2倍速書き込みが出来るように,TDKのメーカーコードを打ち込んだスタンパで粗悪品を作りまくっていたのも台湾メーカーでしたから,あまりいいイメージはないんです。
 ただ,台湾国内の事情としては,日本ほど粗悪品というイメージはないそうで,皆ごく普通に使っているんだそうです。もちろん日本製のものも売られていますが,これらは高価な超高級品として大事に扱われているようです。
 で,台湾製のメディアですが,メーカーによってばらつきがあるのもまた事実でして,今回のメディアのメーカーは,実は日本のメーカーにOEMで供給していたりする実力者です。(あ,筆記用具メーカーのセーラーが売っているDVD-Rは,実はあまり評判の良くない150円くらいで売られているDVD-Rと同じ供給元なので,あれはよろしくないとのことです。)
 ラディウスが台湾メーカーから供給を受けて日本で販売しているメディアは私もたくさん使ってみました。非常にいい成績で,エラーもありません。台湾にもこういういいメーカーがあるんだなと思いました。
 CD-Rはまだしも,DVD-Rの場合は,その中身を作成するのに膨大な手間と時間がかかります。マスターからの取り込みに実時間,CMのカットを手動で行い,タイトルを付けて1時間,ダビングするのにまた実時間。1枚のDVD-Rを仕上げるのに半日つぶれるんですね。こんなに貴重な時間を費やして,それがエラーで死んだり,耐久性が悪くて1年後には読み出せなかったりすると,それはとても悲しいじゃないですか。
 だから,少々高くても,いいメディアをDVD-Rには使わないと,駄目だなぁと思うわけです。
 今回の通販で助かったのは,50枚ものDVD-Rを配送してくれたことです。いつものようにケース入りのものをアキバで買うとなると,もう持って帰るだけでも一苦労です。いつも30枚ほど買っていましたが,2週間ほどで使い切ってしまうんですよ。我ながら恐ろしいです。
 早速2枚ほど使ってみましたが,問題は全くなし。書き込みも良好で,再生も問題は出ていません。耐久性や信頼性はまだなんとも言えませんが,なんにしても管理をきちんとしないと,持つものも持ちませんから,まずはそれからかなぁと思っています。


2002年10月31日(木)
DVD-RAM陣営にはいりました

 我が家にDVD-Rによる記録の文化が到来して少し時間がたちました。なかなか便利に使っているのですが,もともとDVDはパソコンと親和性が高いもの。私の家にもコンピュータがいくつかありますが,それが家電としてのDVDとリンクしないのはなんとなく許せないので,ここは1つ安くなったことも手伝って,パソコンにDVD-Rを用意してみようということになりました。
 個人的には,DMR-HS2でのダビングや録画をしつつ,パソコンで映画を見たり編集をしたりできると便利なので,モニタをテレビと共用しているデスクトップに取り付けるのはちょっとしたくないところです。
 で,白羽の矢が立ったのが,VAIO U。いやー,こいつに荷が重いのは百も承知なんですけどね,モニタが独立しているマシンって,こいつしかないんですよ。
 そうと決まれば,どんなドライブにするかです。IEEE1394接続の外付けモデルを買うのも良し,ATAPIの内蔵ドライブを買って,家にあるATAPI-IEEE1394変換基板と外付けケースをつかって見るのもよしで,そのあたりはどうにでもなります。
 むしろ問題なのは,乱立する記録型DVDの,どれにのるのか,です。
 私の場合は,DMR-HS2がDVD-RAMを採用しているので,必然的にこれになります。
 最近日立LGから,DVD-RAM/R/RWの扱えるマルチドライブが出ていますが,これはこれでカートリッジに入ったDVD-RAMをさし込むことが出来ないんですね。
 かといって,松下から年末に出るマルチドライブを待つのも,高価だしなぁと迷っているところに,DMR-HS2に搭載されているドライブとほぼ同じといわれている,LF-D310というドライブが安売りされているという話を耳にしました。
 内蔵型で25000円ほど,IEEE1394の外付けで30000円ほどですから,まぁ安くなったものですね。確かにマルチドライブがもう1万円ほど出せば買えてしまうんですけど,私は別にDVD-RWに魅力を感じていませんから,この1万円はむしろもったいないと思っています。
 ますDVD-ROMがあり,これを1回かけるようにしたのがDVD-R。DVD-ROMとの互換性は非常に高いとされています。CD-ROMとCD-Rの関係と同じですね。
 何度でも記録できるようにしたのがDVD-RWなんですが,実はこいつがくせものです。CD-RWのような互換性の高さはなく,DVD-RWは読み出せないドライブが結構多いとされています。
 そもそも,DVD-RWもDVD-Rと同じく,連続したデータを記録する構造になっていますから,コンピュータのデータ記録のようなランダムアクセスの頻繁に起こる用途には向いていません。そのかわり,ビデオレコーディングについては最初から考慮されていました。
 DVD-RAMというのはちょっと変な位置づけで,ランダムアクセスが出来て,読み書きの寿命が10万回と多く,しかも標準ではカートリッジに入っています。
 その昔,松下電器が世界で始めて相変化型高密度光ディスクをPDという名称で販売したことがあったのですが,いわばこれのDVD版が,このDVD-RAMです。PDやMOのような感じで使える利便性は,やはりDVD-RWにはありません。
 その代わり,ビデオレコーディングに使用することは考えられていなかったようで,後になってVRモードというビデオレコーディング用のフォーマットが用意されたりしました。(DMR-HS2はこのフォーマットで記録します)
 そういう位置づけで考えると,私はCD-Rは頻繁に使ってきましたが,CD-RWはほとんど使って来ませんでした。いちいちディスク1枚分のデータを揃えておかなければなりませんし,パケットライトでファイル単位の読み書きを随時行えるようにすると,他のマシンで読み書きする時に同じパケットライトのソフトがないと駄目だったりしますから,非常に面倒。それくらいならCD-Rで持ち歩きます。
 それに比べてMOの便利なこと。ドライブの数が少ないのは致命的ですが,ドライブさえあればどこでも読み出すことが可能です。速度は速くないにしても,ファイル単位で読み書きできる利便性は,当たり前と思ってしまうと他のメディアに移った時にショックを受けてしまいます。
 この段階で,すでにDVD-RWは脱落。私には必要のないものです。
 ややこしいのは,DVD+RWとDVD+Rの存在です。これは純粋なDVDとは違って,反乱分子の集合体が作った規格で,DVD-RやDVD-RWの弱点を見事に解決しています。彼らが協調するのは,DVD-ROMドライブとの互換性の高さです。
 しかしながら,実際は互換性の低さが指摘されていたり,DVD+RWはなんとなくわかるが,DVD-RよりもDVD+Rの方が互換性が高いなんてのはどうでもいい話で,すでにDVD-Rは十分な互換性を持っていたりします。メディアの価格がDVD-Rは圧倒的に低いですから,もう勝負は付いているとも思います。
 てなわけで,私の場合,カートリッジ付きのDVD-RAMとDVD-Rが扱えれば,もうそれでよい事になりました。
 結局価格差を考えて,IEEE1394の外付けモデル,LD-D340JDを買うことにしました。価格は29800円。豊富なバンドルソフト,とりわけDVD-RAMに記録したビデオ映像を見たりMPEGに切り出すことの出来るツールが付いているのが決め手でした。
 早速つないでみます。ソフトのインストールやアップデートに時間がかかりましたが,今は問題なく動いています。しかし,DVD-Rを作るって,大変なんですね。
 DMR-HS2のような,ビットレートを調整してぴったりに記録してくれることもないし,一度ディスクイメージを作ってからDVD-Rに記録しますからHDDもたくさんいる。それにメニューやボタンなど,全部自分で配置したりリンクを張ったりしないといけないんですね。DMR-HS2では,ダサいメニューしかないですけども,ボタン1つで出来ますから楽でした。
 結局VAIO UでDVD-Rを作ることはせず,一度DVD-RAMに記録したマスターをVAIOで編集,これをDMR-HS2のHDDにダビングして,ここから再エンコード含むダビングをDVD-Rに行って完成させています。それでも時間はかなり短縮されましたし,作業そのものも楽になりました。
 そんなわけで,あまり活用されていないDVD-RAM/Rドライブですが,まぁデータのバックアップや配布には便利でしょうから,まだまだ使い道はあると思います。MacOS XでもDVD-RAMとしては標準で使えるようですし,いいんじゃないかと思います。


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