2002年10月11日(金)
世界の英知が結集
ここ最近,極めて忙しかったのは今抱えている仕事が大きな壁にぶち当たり,これをどうにかしないと前にも後にも進めないという八方ふさがりだったのが理由なのですが,これを一気に打開するべき,先方の担当者と膝詰めで話を付けるということになりました。 その,先方というのが,海外の方なのです。 しかもヨーロッパはオランダ,アメリカ,そして日本の神戸と東京という混成チーム。私を除いて,まさに世界の英知が結集した感じです。 これまで時差の関係で,効率的な話し合いも出来ずにここまできてしまいましたが,それぞれが勝手に判断して進め,後になって「そんなはなしはきいてへんで」ってなことがたくさんあって,ここは一つきっちり話を付けましょうと,まぁこういうことなんです。 私はそのプロジェクトだけではなく,他の部分も担当していますから,私が海外に出向くことは非現実で,それでオランダとアメリカからわざわざプロフェッショナルに出向いてもらったのです。 時間は1週間。朝から深夜までひたすら討議,討議。初日も空港からこちらに直行し,すぐにディスカッション開始です。 その内容はここにかけない極秘事項なのですが,なにぶん私は大阪弁と共通語のバイリンガルではあっても,他の言語を操れないカスな人間ですので,非常に疲れました。 ただ,面白いもので,相手も簡単な英語で話をしてくれますし,こちらの日本語も通訳される前に頷いているところを見ると,それなりにわかってくれているような感じです。 それに,やはり双方が抱え込んだ難問を解決していく過程で,なんというか,結束力のようなものが出てくるもんですね。これは,互いに相手のせいにしていた状況から,みんなの問題だという仲間意識によるものが大きいようで,顔を合わせて話をするという「リアル」な世界の特異性を,改めて感じた次第です。 オランダというと,私のイメージでは「人間先進国」です。 ヨーロッパは例えていうなら「おじいさん」の世界で,アメリカや日本が遭遇する問題は,すでにもう経験済みだったりすることが多いです。それゆえ考え方やとらえ方にもゆとりがあり,その結果人間にフォーカスする姿勢が自然に根付いています。 例えば,ヨーロッパは自動車発祥の地であり,つまり自動車との付き合いは世界中で一番長いわけですが,ヨーロッパの国々の道路や交通に関する法律は,歩行者のために存在します。実際,ヨーロッパでは,自動車が大きな顔をして道路を走りません。歩行者そばにいれば,徐行して止まって,行き過ぎるのを待ってくれるんですね。 日本はどうかというと,日本の道路交通法は,自動車中心の考え方で出来ています。いかに自動車が走るか,に観点があるので,歩行者の保護はその次です。 それゆえ,日本のドライバーはギスギスしてますよね。 日本は壊すことに躊躇がないのですが,ヨーロッパでは古いものと新しいものを共存させることに美しさを感じるようで,例えば日本でも京都が外国の方に人気の観光スポットであるのは,こうした感性ゆえなのかも知れません。 特にオランダは,人を中心とした先進性があるように思います。 安楽死が法律で許されているのも世界でここだけです。キリスト教の国であるにもかかわらず,死を選ぶことも自らの権限であるという人間中心の考えがすばらしいです。 ある意味では合法ドラッグもそうですね。自己責任にゆだねる,成熟した社会をうらやましいと思えます。 そんな国からはるばる来られた彼らの話は,どれも興味深いものでしたが,特に面白いのが結婚に関する概念です。 小学生のお子さんがいる30歳半ばのリーダーの彼は,婚姻届は出しておらず,社会的な結婚はしていません。日本では非常に驚かれるケースだと思うのですが,オランダではそれほどのことではないそうです。 なにより,結婚によって生まれる権利や保障が,結婚をせずとも一緒に住んでいると証明できれば受けられるそうで,日本とは結婚に対する考え方の違いが大きいと思いました。 もう一人,40歳を過ぎたおじさんも,一緒に住んで何十年にもなるけど,婚姻届は出していないんだそうです。そんな紙切れでつながった関係ではなく,もっと大事なつながり方があると思ってる,というのが彼の意見。 同僚の友人がその時いったのですが,日本人は,その紙切れに印鑑を押せることが相手に対する誠意なのだ,と意見は,私も賛成です。 ところでフランスでは,結婚は社会に対する契約であり,それゆえ結婚をしないと社会からの権利や保障を受けられないというのが考え方としてあるのですが,この席でもある人の友人のフランス人は「二人がおじいさんとおばあさんになって,ふとこれまでを振り返った時に,ああ一緒にいてよかったね,と思えた時に,それを記念して結婚しよう」と決めて,一緒に暮らしているんだそうです。 結婚というは,人間ならではの「夢のある拘束力」です。拘束力には窮屈な感じがあった当然ですが,それらに対する回答を模索しているのがアメリカで,考えることを避けているのが日本とすれば,ヨーロッパはもう結論を出しているんだなと,こういう話をっきていてつくづく思いました。 彼らは日本人の数倍のパワーで仕事をこなして予定を完遂した後,笑顔で帰国しました。私にとっても,仕事がきっちりまとまった事以上に,フランクで作らない彼らに接したことで,自分にこそ高い壁があることに気付き,そしてその壁を壊すことは実はとても簡単なことだと知り得たことが,大きな収穫だと感じました。
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